第132話 化け物植物の中心核
ロッシュを抱えながら研究棟から飛び立ったアルトは、学校中心区画に視線を向ける。
そこには本来、レクリエーションホールが建っているはずなのだが、今は違っていた。見るからにおぞましい全高十数メートルの物体が鎮座しているのである。
「ラグレシアの花が開いている……少し前まで蕾だったのに、いつの間にか開花していたのだな」
魔法植物ラグレシアは、熱帯雨林などに生息している一般植物のラフレシアに酷似しており、真っ赤な五枚の花弁に白い斑点が浮かび上がっているのが特徴だ。その花弁に囲われた中央部は大きく窪んでいるのだが、窪みの中で球体の核が怪しく発光して不気味なランプのようになっている。
正直なところ、こんな植物にあまり近づきたくはない。ラグレシア本体の気色悪さだけでなく、周囲を囲う大量の触手がうねる様子も鳥肌もので本能的に拒絶しているのだ。
「ロッシュさん、覚悟はよろしいですね?」
「ああ、行ってくれアルト君! あの化け物はボクの手で葬ってみせるよ!」
気合充分のロッシュの頷きを見たアルトは、呼吸を整えてから一気に加速していく。
ラグレシアに対する不快感は完全に取っ払うことは出来ないが、これ以上戦いを引き延ばすのは得策ではなく、囚われた者達を救出するためにも死力を尽くす他にない。
「触手が来る…!」
アルトを迎撃するべく、触手が対空迎撃に打って出る。
だが、今となってはもう恐れるほどの敵ではない。魔法を使わずとも、これらを排除する方法があるのだから。
「ふははは! ボクの手に掛かればこの程度!」
ロッシュは前方から迫ってきた触手を掴み、その手に付着していた除草剤の効果で朽ち果てさせる。
もはやロッシュは人間兵器そのものであり、触れるだけで倒すという恐るべき存在と化していた。
「このまま一気に突っ切るんだ、アルト君!」
「はい!」
激進するアルトとラグレシアの距離はどんどん近づいていく。
最初は接近することすら困難な相手であったが、除草剤とロッシュの献身によって道は開かれたのだ。道といっても地面ではなく空中に描くラインであるが。
『ダーリン、ラグレシアの中央部が見えるね?』
『ああ、五枚の花弁に囲われた中心部分は抉られたように窪んでいる』
『そこで発光するのが核だよ。ブッ壊しちゃって!』
『よし、やってやるさ!』
と気合を入れたのはいいのだが、しかしアルトは顔をしかめて少し減速した。
「な、なんだこのニオイは…? 腐臭のような……」
動物や人間が腐敗したかのような、強烈な悪臭が鼻腔を強く刺激してきたのである。ラグレシアの形状参考となっているラフレシアも同様に悪臭を放っていることで有名だが、その特徴もコピーされているようだ。
『アイツのベースデザインとなったラフレシアってね、受粉活動のためにハエなどの虫を利用するんだけど、それら虫を引き寄せるために臭いニオイを放っているんだよ。でも、ラグレシアは繁殖能力を持っていない完全独立型生物だから、そんな機能なんて必要ないのに臭いんだよ。設計者は何を考えていたんだろうね?』
『い、いや分からないケド……』
『ま、それはともかく、アレのニオイは我慢するしかないよダーリン』
『ああ……』
頭痛もするし気分も悪くなってきたが、ここで引き返すわけにはいかない。
アルトは吐き気に襲われながらも、やけくそ気味に突撃していく。
「申し訳ありませんけど、ロッシュさんも我慢してください」
「ボクのことはお構いなく! というか、あの核とやらをどうやって潰すんだい? 除草剤が効くそうだけど、ボクの体に振りかけた分で全てだっただろう?」
「……あのぉ、ロッシュさん。俺に一つ案があるんですけど……アナタに負担が掛かる方法ですが……」
一つ案が思い浮かんだアルトであったが、躊躇って言葉を止める。その方法はロッシュに危険が生じる可能性が高く、それを強要するのは酷ではないかと思ったからだ。
「ン、理解したぞアルト君。ボクをあの核に直接ぶつけるってやり方だろう?」
「ええ、まあ……アナタ自身に敵に対する特攻効果があるわけなので、最も効果的な策だと思うのです。けれど、かなり危ないでしょうしオススメはできませんが……」
「研究棟で言ったろう、アルト君? アレを倒すためにボクは何だってやる所存だとねっ。だから、ボクの身の安全など気にしないでくれ」
「そう仰るのなら……俺も出来る事はしますし、全力でアナタを援護しますから」
ロッシュの覚悟が含まれた言葉を受け、アルトは返答しながら巧みな回避機動を行いラグレシア本体に肉薄した。
そして花弁の一枚を踏みつけ、水泳の蹴伸びの要領で更に加速。中央部の核が間近に迫った。
「今だ、アルト君! ボクを放り投げてくれたまえッ!」
「頼みましたよ! よっこらしょっ、と!」
お姫様抱っこで抱えていたロッシュを力任せに投げ込むアルト。ぞんざいな扱いに見えるが、なりふり構っていられないのだ。
そうしてアルトのもとから放物線を描いて飛んでいくロッシュは、ラグレシア中央部、花弁に囲われた核へと落下する。
「ふははは、抱き着いてあげちゃおう!」
ロッシュは倒れ込んで、全幅二メートル程の核に全身を使ってしがみつく。大の字になって体を擦りつける様子は不審者のようでしかなく、尊厳が失われているような気がしないでもないが、アルトの他にオーディエンスもいないので特に気にしていないらしい。
すると、核に異常が現れた。ロッシュに触れられている部分から腐り始めていき、その腐敗は球体の核全体に及び始めたのだ。
「効いている…!」
アルトの眼下、核が壊れていくのと同時にラグレシアの花弁にもヒビが入っていく。水分を含んだような瑞々しい印象だったのに、シワシワになって表層が割れている。
「相手は総崩れだな!」
触手達も動力を失って地面に落下していき、ラグレシア全体の力が消失した。
となれば、これはもう攻撃のチャンスでしかない。
『ダーリン、こんなヤツ燃やし尽くしておしまい!』
「ロッシュさん、そこから退避してください! コイツに魔法を叩きこみます!」
キシュの煽りを受けたアルトはロッシュに退避を促し、攻撃用の魔力を動員する。
そして、得意魔法になってきている炎系連弾魔法、ヴォルカニックフレイムを解き放った。
「これで終わらせてやる!」
火山弾が如き灼熱の塊が何十発と撃ち出され、次々とラグレシアに着弾していく。
本来ならば対魔力性能が高く、弱点の炎系魔法であっても有効なダメージを与えるのは困難であろうが、核からの魔力供給が止まった今のラグレシアでは防ぎようもない。ヴォルカニックフレイムによって各所が爆発によって弾け飛んでいき、一通りの攻撃が終わった後には根っこ部分しか残っていなかった。
「やっと勝てた……」
その根も延焼によって崩落していき、エネルギー源を失った触手は塵と化して消滅していく。学校を覆うように展開されていたバリアも解除され、ようやく悪夢から解放されたのだ。
「アルト君、本当にすまない。ボクのせいでこんな事になってしまって……」
「いえ……それより、アレはまだ動けるのか!?」
ラグレシアの使い魔的な存在であるラグ・スレイブが、アルトの視界の端でゆっくりと動いているのが見えた。触手と違って独自のエネルギー源を持っているため、主が死んでも行動を続けることが出来るようなのだ。
「てことは、リンザ先輩はまだ…! ロッシュさん、あそこにいるラグ・スレイヴを! 俺は研究棟に戻ります!」
ラグ・スレイヴ複数体を抑えているリンザローテの身が危ないと直感し、アルトは翼を翻し研究棟へと急いで引き返すのであった。
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