第131話 魔法の除草剤をブッかけろ!

 大きなバケツの中に入っている粉末状の除草剤は充分な品質であったが、これではラグレシアという超巨大な魔法植物を枯らし尽くすには足りない。

 ではどうするのかというと、この粉末をアルトが全身にかぶり、敵の中核に体当たりを仕掛けるという作戦であった。

 普通の状態で近づいても無数の触手に捕縛されるのがオチだろうが、除草剤まみれならば敵も触れることが出来なくなり、難なく防衛網を突破可能だ。


「アルト君、待ちたまえっ。その粉はボクが引き受けよう」


「え、ロッシュさんが? でも、お客さんであるロッシュさんにそのようなコトをお願いするのは……」


「いや、元はと言えばボクが悪いんだ。ボクが持ち込んだ魔法植物の種子があんなになってしまって、キミ達に迷惑を掛けたのは紛れもない事実。だからこそ、その償いをするためにボクは何だってやる所存さっ!」


 確かに種子を持ち込んだのはロッシュ率いるブロデナンゾ校ではあるが、それはあくまで合同展示会のためであり、学校祭というイベントを盛り上げるための一環であって悪気があったわけではない。

 それに、盗人さえ現れなければ今回の事件は起きなかったわけで、多少はロッシュらに責任はあったとしても、本来責められるべきは彼ではないのだ。

 が、ロッシュはそう思っておらず、自らの失態だと自責の念に駆られているようだった。


「お願いだ、アルト君。ボクのワガママではあるけれど、せめてこれだけはボクにやらせてほしい」


 そこまで懇願されれば、アルトとて拒否するのは憚られる。

 もしアルトがロッシュの立場ならば同じようにしていただろうし、彼の気持ちを理解出来るからこそ寄り添おうと思ったのだ。


「じゃあ、お願いできますか? この除草剤をかぶったアナタを俺が抱えて飛行し、ラグレシアに突っ込むという策でいいですね?」


「ああ、それでいこう。さあッ、アルト君ッ! その白いのをボクのカラダに遠慮なくブッかけてくれたまえッ!」


「は、はい……あの、服を着たままでいいのですか?」


「構わんよ! さあ、ホラッ!」


 両手をバッと広げて催促するロッシュに、アルトは少し遠慮がちになりながらもバケツの中の除草剤を振りかける。ベタついているためロッシュの体に引っ付いて、これを洗い落とすのは大変であろう。

 ほどなくしてロッシュは全身真っ白になり、金髪だった髪も見る影もない。


「うむっ! こういうのも悪くないねッ!」


「え…? そ、そうですか…?」


「よぅし、アルト君! ボクを抱えてくれ!」


「あ、ちょっと待ってください。俺は上の服を脱ぎますので……」


 アルトが纏うのは特注の制服で、決して安くは無い代物だ。洗えばいいとはいえ、やはり大切にしたいと思うのは貧乏出身だからでもあるだろう。

 コート型の上着と黒いシャツを脱いで、アルトはエミリーに手渡す。


「エミリー、コレを預かっておいてくれ」


「うん! にしてもアルト君、結構イイカラダしてますなぁ!」


「あ、あまり見ないでちょうだい……」


 ヨダレを垂らしてニヤニヤとしているエミリーは、こんな状況とはいえ想い人の裸を見られてご満悦のようだ。

 それはナリアも同じで、彼女は至って平静を装いつつもチラチラと視線を飛ばしている。


「じゃあ行きますよ、ロッシュさん」


「おうともさ!」


 全身粉まみれでありながらも、何故かテンションの高いロッシュをお姫様抱っこで抱える。結局、人を運ぶ時はこのやり方が一番であり、もうなりふり構っていられないのだ。


「キシュ、合体いけるね?」


 使い魔であるフェアリーキシュの力を宿し、くるぶしから光の翼が形成された。

 そうして床から少し浮き上がったアルトは、ホバークラフト走行の要領でガッシリと閉められた扉の前へと移動する。


「ウィル、扉の開閉を頼む。それと俺が出ていった後、エミリー達の護衛もね」


「任せておけ」


 グッと親指を立てるウィルに頷き、アルトは徐々に開かれる扉の先を睨みつける。

 と、廊下で待っていましたとばかりに触手が襲い掛かってきた。

 この触手達はラグ・スレイヴと違ってパワーが無いため、扉に阻まれて侵入を果たせず立ち往生していたのだが、都合の良いことに扉が開いたことを確認し再度攻撃をしてきたのである。


「ロッシュさん、早速ですが除草剤の効果を試させていただきます!」


「ああ、ボクを触手に差し出すようにしてくれ!」


 腕を差し伸ばし、アルトは抱えるロッシュを迫り来る触手の前に晒す。まるで生贄かのような扱いだが、これが現状でのベストな戦法であった。

 そのロッシュの体に、何本かの触手が接触するが、


「効いているな!」


 体表面の除草剤が効果テキメンで、触れた直後に触手は腐って崩れ落ちていく。深緑のような色彩が失われ、茶色く濁って先端からボロボロと崩壊していったのだ。

 このダメージによって廊下にひしめいていた触手達は力を失い、もうアルトを追撃することも出来なくなってしまった。


「よし、これならいける!」


 アルトは強気になって、翼の推進力を強化し加速。そのまま道中の触手を蹴散らしながら一気に研究棟を飛び出して行った。




 同時刻、リンザローテは資材庫にてラグ・スレイヴ複数体を相手に健闘していたが、いよいよ追い込まれてしまった。S級でない彼女は魔法の発動にいちいち詠唱をしなければならず、アルトのように瞬間的な対処が出来ないことが大きく響いているのだ。


「も、もうダメですわね……」


 魔力の残量も心許なく、このまま継戦していたら空っぽになってしまうだろう。

 額に汗を浮かべるリンザローテだが、一つ希望を目の当たりにした。


「あの光は!?」


 資材庫に突き刺さってラグ・スレイヴを輩出していた巨大な触手は、いつの間にか姿を消していた。おそらく、逃走したアルトらを探すために捜索に出たのだろう。

 触手が抜けたことにより資材庫の壁にはポッカリと大穴が開いて、夜空を拝むことが出来るのだが、その漆黒の空を発光する何かが横切ったのだ。


「アルトさん…!」


 その正体はアルトで、ロッシュと共に飛び立った直後を目撃したのである。


「ふふ、上手くいったようですわね。そのまま、あの化け物植物を倒してくださいまし」


 時間稼ぎも無駄ではなかったとリンザローテは自己満足に浸っていたが、しかし彼女の命運もここまでであった。

 背後から迫っていたラグ・スレイヴが強烈なタックルを繰り出し、モロに受けてしまったリンザローテは床に転がった。


「クッ…!」


 そして、タックルをしたラグ・スレイヴはそのままリンザローテに覆いかぶさり、背中から何本もの触手を生やしリンザローテの手足に巻き付けて動きを封じたのである。


「アナタなんかに押し倒されても嬉しくなんかありませんわ! このっ…!」


 風系魔法でも繰り出してフッ飛ばそうとしたが、


「う、ぐっ……ま、魔力が吸われて…!」


 ラグ・スレイヴは更に触手を増やしてリンザローテの服の中にまで潜り込ませ、その柔らかく滑らかな肢体を蹂躙しながら魔力を奪う。無理矢理に全身から吸い出されているせいで、力も抜けて思考すらボヤけてしまっていた。

 これでは魔法の詠唱どころではなく、ぐったりとして抵抗できなくなっていく。


「……」


 無抵抗になった獲物を目の前にすれば、それを放っておく狩人などいない。

 他の残ったラグ・スレイヴ達も触手を伸ばし、おこぼれに預かろうとリンザローテに巻き付けた。


「……アルト…さん……」


 アルトの勝利を信じながらも目から光が失われ、意識も暗く落ちていく。

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