第130話 侵入するラグレシアの尖兵達
アルトは研究棟の内部に入り込んだラグ・スレイヴを撃破し、リンザローテらを追って資材庫へと入る。
幸いにも、まだ資材庫周囲はラグレシアの侵略を受けておらず、それは外でロッシュが奮戦しているおかげでもあった。
「リンザ先輩、コチラは無事ですね?」
「ああ、アルトさん! お怪我はありませんか?」
無傷のアルトの姿を見てホッとしたように、リンザローテは除草剤の調合に必要な素材を探しながらも笑みを浮かべる。
「俺は大丈夫です。けど、敵の侵攻が激しくて……ラグ・スレイヴとかいう人型の化け物も現れ始めましたし、早くラグレシア本体を破壊しませんと。それで、素材の方は見つかりましたか?」
「調合台を含めて必要な物は見つけましたが……問題は、素材の量が少ないことですわ。これでは、あの巨大な魔法植物を枯らし尽くすことは不可能ですわね……」
「なんてこった……」
資材庫に貯蔵されていた除草剤用の素材は想定よりも少なく、並みのサイズの魔法植物ならともかくラグレシアを枯らすには全く足りなかった。
「キシュ、どうにかできないものかね? この量でもさ」
「むーぅ……まあ策は無いでもないよ。魔法植物の中枢部には、魔力を生み出す核があるの。この核さえ破壊してしまえば、ラグレシアは力を維持できなくなって死に至るわね」
「核か……しかし、簡単に破壊できるものなの?」
「いや、生命維持の中枢だからかなり頑丈だよ。レイ・ルクスでも一発じゃ貫通できないと思う。でも、そこに除草剤をブチ込んでしまえば破壊できるハズ」
そもそもとして、本体への接近が困難だから薬に頼る事を選んだわけで、核の破壊方法を得てもどうしようもない。
アルトはまた振り出しに戻ってしまったのかと、小さく唸りながら額に手を当てる。
「だとしても、ラグレシアに接近できなきゃなぁ……」
「方法はあるよ。除草剤は粉末状なんだけど、それを体にぶっかけた状態で突っ込めばいいのよ。そうすりゃ敵の触手も触れてこられないものねー」
「…な、なるほどね」
全身に粉末状の除草剤を振りかけて纏うことで、敵が物理的に接触してこられないようにするというのがキシュの案であった。確かに天敵となる危険物に触れるなど自殺行為だし、それは人間で言うならば強酸に突っ込むのと同じだ。
「粉をかぶって敵さんに突撃か……こんな状況ならやるしかないけど、ちょっとねぇ……」
「頑張りどころだよダーリン」
「ああ……ともかく、まずはサッサと調合しないと」
物が出来上がらなければ作戦も何もない。
アルトは魔法薬の調合が得意なシュカと共に、調合台に素材をセットしようとしたが、
”ドン!”
という何かが激しく衝突する音が資材庫の中に響き渡る。
「なんだ…?」
訝しむアルトが顔を上げた直後、その音の正体が姿を現した。
「さっきのデカブツか!?」
正面玄関近くの壁を貫通した巨大な触手が、今度は資材庫へと突撃してきたのである。ドカッと鋼鉄を破壊して大穴を開け、その触手の先端が大きく開いた。
「コッチにまで来るなんて!」
触手から再びラグ・スレイヴが多数産み落とされて、ノッソリと立ち上がってくる。その際のグチャッと気味の悪い音が妙に耳に絡みつき、キシュは顔をしかめた。
アルトは不気味な敵を減らすべく魔法を叩きこむが、しかし対処できる物量を超えていた。
しかも断続的に触手を通じてラグレシア本体から供給されてくるので、ここはもう安全地帯ではなくなってしまったのだ。
「おいアルト、ありゃなんだってんだ!?」
ウィルはシュカを庇うように立ちながら応戦し、フレイムバレットを唱える。
「ラグレシアの下僕なんだってさ。とにかく資材庫はもうダメだな……クソッ、調合する時間さえ稼げれば!」
「ならアルトさん、地下の魔物研究部の部室をお借りしてはいかがです? あそこは地上階よりも頑強な設計になっていますし、簡易的なシェルターにもなりますわ」
「それしかありませんね。ヤツらの触手は地下潜行もしてきますが、かと言って他に逃げ場もありませんし……」
上の階に逃げたところでラグ・スレイヴの追撃からは逃れられないし、外に出るのも危険だ。地下も決して安全ではないものの、しかしもう逃げ場など無い。
「アルトさん、ここの敵はわたくしが抑えますわ。ですから、あなたは皆さんと一緒に行ってくださいな」
「無茶ですよ、そんなの!」
「だとしても、少しでも時間を稼がなければなりませんわ。あなたはラグレシア本体に攻撃を仕掛けるという大役を担っているわけですし、この中で次に戦闘力と魔法力があるわたくしが引き受けるのは当然でしょう?」
「リンザ先輩……」
「わたくしはドワスガルの生徒会長……学校や生徒の皆さんのため力を尽くす覚悟はできていますわ。それに、あなたならば必ず成し遂げて下さると信じていますもの。さぁ、お行きなさいアルトさん!」
リンザローテに促され、アルトはやむを得ずといった感じに小さく頷く。
確かにリンザローテの魔法士としての実力はドワスガル校の中では高いのだが、だからといってラグ・スレイヴ十体近くを同時に相手にするのは困難だろう。
それは彼女自身も理解していることであり、負けると覚悟しての行動であった。アルトらが除草剤を調合する隙を作るため、己を犠牲にしてでも立ち向かおうとしているのである。
「すぐに決着を付けて、必ず助けに戻ってきますから!」
アルトはリンザローテの意思を汲み取り、無碍にしないためにもシュカらを誘導して資材庫を出る。
「コッチだ! エントランスにある階段から地下に行ける!」
以前のグロット・スパイダー戦での記憶を呼び起こし、アルトはエントランスに設置された階段を目指す。
リンザローテが抑えてくれているおかげで追撃に遭わず、このままなら順調に目的に辿り着けると思われたが、
「今度はなんだッ!?」
エントランスまで来た時、バンと正面玄関が開いて何者かが中に弾き飛ばされたように転がり込んできたのだ。
敵なのかとアルトは警戒したが、その正体はロッシュであった。
「ロッシュさん!? 大丈夫ですか!?」
「ああ、アルト君……すまない、ボクの魔力も底を突き始めていてね。動きが鈍ったところに付け込まれて吹っ飛ばされてしまって……」
いくらS級のロッシュでも、魔力が無くなってしまえば一般人と変わらない。身体能力の強化も解除されてしまい、触手の攻撃を避けるだけの脚力も失われてしまったようだ。
そんなロッシュを追うように、外から触手が正面玄関を通じて侵入をしようとしていた。
「ロッシュさん、皆と一緒に地下に!」
アルトはウインドトルネードで触手を一掃しつつ、先にロッシュ達を逃がす。
「ダーリンも早くぅ!」
「ああ!」
一時的に敵が退いたのをチャンスと、手招きするキシュに付いてアルトも地下へと降りる。
そして魔物研究部の部室に入り、重く頑丈な扉を閉めた。
「ここなら暫くは凌げる。いずれは突破されるだろうけど、少なくとも調合くらいは出来るはず」
アルトはウィルが運んできた調合台に素材をセットし、ナリアから借りた本を参考にしつつ、シュカの協力を得ながら魔法を掛ける。
そうして十数秒後、虹色に包まれた素材が融合を始めて溶け合っていき、少し粘り気のある白い粉末状の除草剤が排出された。
「これで完成かな?」
人間の胴体程の大きなバケツを満たした粉末を一つまみし、アルトは匂いを嗅いでみるが無臭であった。
「多分ちゃんと出来てるよ、ダーリン。魔法の力を感じるし」
「よし……けど、これを全身にブッかけるのか……」
やはり躊躇いの気持ちが生じてしまうのも仕方がないことだろう。
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