第129話 ラグ・スレイヴ強襲

 一年生用校舎を抜け出したアルトは、ガシャンと窓の割れる音を聞いて振り返る。

 すると、ラグレシアから送り込まれた触手が四方八方から校舎に取り付き、窓ガラスを突き破っている光景が目に入った。もう少し逃げ出すのが遅かったら、あの触手の群れに襲われていたことだろう。


「アイツら、血眼になってオレ達を探し回ってるぜ。ま、触手に目は無かったけどな」


 ウィルは軽口を叩いているが、普段のような余裕さは感じられない。額から冷や汗と思われる水滴を垂らしているし、いつものニヤけ面ではなく真剣そのものであった。


「一体どれだけの触手を操れるんだ、ラグレシアは。これ以上もっと増えていったら、いよいよ逃げ場なんて無くなるぜ」


「そうなる前に本体を破壊しないと。時間が掛かれば、その分捕まった人達の衰弱も激しくなってしまうし」


 ラグレシアは魔法士を捕らえても直接的に殺しはしないが、捕縛されたままでは体は弱っていく一方だ。

 その被害者達のためにも、今から作ろうとしている除草剤がキーアイテムになるし、何が何でも研究棟に辿り着かなければならない。


「コッチだよ、アルト君。敵に追尾されてはいないね?」


 そう手を振りながら小声で問いかけてくるのはロッシュだ。

 アルトよりも先に校舎から出ていた彼は、リンザローテらを護衛しながら部室棟近くの物陰に隠れていた。この場には触手の姿はなく、数少ない安全地帯になっているらしい。それも時間の問題ではあるだろうが。


「ええ、大丈夫なはずです。ロッシュさん、この部室棟の先に研究棟がありますから、急ぎましょう」


「そうしたいんだけどねぇ……少々問題があってね」


「なんです?」


「アレさ」


 ロッシュが促した先にアルトは目を凝らす。

 と、目的地である研究棟が月明かりに照らされてボンヤリと見えるのだが、


「…既に触手に纏わり付かれていますね」


 暗闇にウジャウジャと蠢く不気味なシルエットは間違いなく触手の群れであった。

 まさかアルト達の先回りをしたというわけではないと思うが、既に制圧されてしまったらしく、これでは乗り込むのも容易ではない。


「アルト君、ボクとキミで先陣を切って攻めこむしかないと思うんだ」


「そうですね。手をこまねいているわけにはいきませんし、この事態を収められるのは俺達だけなのですから」


「うんうん、その意気だよ。S級魔法士であるボクとキミならば、きっと切り抜けられるハズさっ!」


 ポンと肩を叩いてきたロッシュに頷き、アルトは背後にいたリンザローテへと振り返る。


「リンザ先輩、敵は俺とロッシュさんでなんとかしますから、後のことは頼みました。魔法植物用の除草剤さえ完成させられればきっと打開できますし、もし俺達が触手にやられたとしても目的を果たすことを優先してください」


「分かりましたわ。あなたの期待に応えるためにも、わたくしなりの全力を尽くしますわ」


 そのリンザローテの返答を聞いたアルトは、身を隠していた物陰から立ち上がり踏み出す。

 未だ外部からの救援は現れていないし、今ドワスガルの中で戦えるのは自分達だけだと使命感に燃えていた。生徒会メンバーの一員として、この学校を守るために退く気は一切無い。


「キシュも援護頼むね」


「まっかせなさーい! ダーリンの真のパートナーこと、このフェアリーキシュの力を見せつけてやるわ!」


 フフンとドヤ顔で腰に手を当てるキシュを引き連れ、ロッシュと共に駆け出していくアルト。全身に魔力を漲らせており、戦闘態勢は万全に整えて猛スピードで大地を疾駆していくのだ。

 そうしてアッという間に研究棟へと接近し、アルトは触手の群れに対してヴォルカニックフレイムを叩きこんだ。

 この火炎弾による奇襲は成功し、出入り口付近に陣取っていた触手をまとめて焼き払う。


「いいぞっ、アルト君! そのまま突破口を開くんだ!」


 続いてロッシュもウインドトルネードを放ち、立ち塞がる敵を強烈な旋風に巻き込んで細切れにしていく。

 この二人の強力なS級魔法士の攻撃によって触手達は大きな損害を被り、一時的に後退して防衛網に隙ができた。


「今です、リンザ先輩! 研究棟の中に!」


 チャンスを突いて、リンザローテはナリア達を率いて研究棟の正面入り口から内部に突入、資材庫を目指していく。

 それを見送ったアルトは、このまま外部の触手を牽制し、建物への侵入を阻止すれば勝てると思ったが、


「なんだ、アレは!?」


 これまでの触手は人間の腕程の太さで、単体では大きな力は無いし脅威ではなかった。

 だが、今アルトの視界に入り込んできたのは、幅五メートルにも及ぶ極太のモノであった。学校敷地周囲を囲う柱状の触手よりは細いものの、たった一本でも人間を叩きのめす事が可能な大きさだ。

 しかも、その触手の先端はドリルのように鋭く掘削に適した形状をしており、研究棟の側部に勢いよく激突して外壁を貫通したのだ。


「ダーリン、あの触手はただ質量を活かした突撃兵器ってだけじゃないよ!」


「どういうんだ!?」


「内部が空洞になっていて、ラグレシアが生み出す魔物”ラグ・スレイヴ”の通り道になんのよ。いわばパイプというか、戦場に子分を送り込むための輸送船みたいな役割があるってワケ」


「なんだと…! あの化け物植物め、どんだけ多機能な生命体なんだよ……」


 ラグレシアはいよいよ本調子を取り戻してきたようで、次々と能力を復元し立ち塞がってくる。これ以上成長してしまったら、本当に手に負えなくなりそうな勢いだ。

 そんな相手に苛立つアルトは、全開魔力でアイスディスクを形成し巨大触手に叩きこむ。

 が、ほとんどダメージとなっていない。表皮を削ったものの切断には至らなかった。


「クソッ! 研究棟の中にラグ・スレイヴとかいう魔物が入り込んだようだ!」


「アルト君、外の敵はボクに任せたまえ! キミは早く施設内の敵を! すぐにボクも追いつくから!」


「ええ、行きます!」


 通常の触手をロッシュに任せ、アルトは正面玄関を蹴り開いて研究棟へと突入する。


「これがラグ・スレイブなのか…!」


 パカッと開いたパイプ型触手の先端から、漏れ出すように人型の物体が零れ落ちる。ソレは深緑のカラーリングをしており、クネクネと体をくねらせながら立ち上がった。

 しかも一体や二体ではない。何体もがゾンビのようにゆっくりと歩み出して、アルトに迫ろうとしているのだ。


「ダーリン、あのキモイのを倒しちゃいなさい!」


「ああ!」


 アルトは狙いを定め、フレイムバレットで狙撃する。

 その鈍重な動きならば回避されないと高を括ったのだが、


「なんとッ!?」


 ラグ・スレイヴは急に機動力を手に入れ、ジャンプして躱してみせた。

 しかし、これがラグ・スレイヴの通常性能である。先程までは目覚めたばかりで調子が悪かっただけで、全身に魔力が満ち始めたことにより魔法士並みの動きが可能となったのだ。


「チィ! こうも動きが速いとは…!」


「ダーリン、来るよッ!」


「こうなったら! キシュは俺の後ろに下がって!」


 敵が複数体ならば範囲攻撃が有効であり、アルトは右手を突き出してスプレッドウインドを放つ。以前、リンザローテを襲った不良生徒の集団相手に使用した魔法で、広範囲に旋風が吹き荒れるのだ。

 実際にラグ・スレイヴ達は宙を舞って吹き飛ばされ、壁に激突するなどして体が折れ曲がる。

 だが、それで絶命したわけではない。生命力も尋常ではなく、ダメージを自己修復しながら再び立ち上がろうとしている。


「させるものかよ!」


 敵の復活を阻止するべく、アルトはフレイムバレットを今度こそ直撃させ、ラグ・スレイヴの群れを鎮圧するのであった。

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