第128話 氷結円盤”アイスディスク”

 ラグレシアの展開したバリアフルシールドは学校の敷地全体を包み込み、それが壁として立ちはだかって外部からの干渉を遮断している。

 これは内部に留まった者にとっては脱出不可能な監獄そのものであり、生徒や学外からの来賓客は次々と触手に捕まっていく。


「コッチにはまだ触手は来ていないみたいだな」


 リンザローテを抱えて撤退してきたアルトは、一年生用校舎の周囲に触手の影がないことを確認しながら降下していく。

 どうやらラグレシアはデュエル会場など人気が多い場所に集中して触手を送り込み、餌となる魔法士らの捕獲に躍起になっているようで、夜になって無人状態である校舎には興味を示さなかったのだろう。

 そんな校舎の屋上から侵入したアルトは自分の教室を目指し、リンザローテも隣に並んで暗い廊下を歩く。


「こんな非常時でなければ、アルトさんと二人きりで暗闇に包まれた校内を歩くなんて肝試しのようで楽しめましたのに……まったく……」


 と小さく呟くリンザローテは、普通の巡回としてアルトと夜間の学校内を歩けたのなら最高に楽しかっただろうと思ったようだ。

 それに今は学校祭という特別なイベント中でもあり、その雰囲気を味わいながら想い人を独占できる状況など何度も巡ってくるものではない。

 いわば理想のシチュエーションに近いのだが、ラグレジアという怪物のせいで台無しになっており、リンザローテは恨み節全開であった。


「あ、この本ですよリンザ先輩。ナリアが言うには、どこかに魔法植物用除草剤の記載があるはずなんです」


 教室に辿り着いたアルトは、自らの席から一冊の古ぼけた書物を取り出す。

 そしてパラパラとページをめくり、目的の記述を発見した。


「コレかな…? えっと……”厄介な魔法植物にも効果テキメン! 作り方教えちゃいます!”ですって」


「ふむふむ。どうやら魔法薬調合の応用で作れるようですわね。素材は…ウチの学校にも置いてある物ですわ。研究棟の魔法薬研究部になら調合台もありますし、早速向かいましょう!」


 幸いにもドワスガルには魔法薬研究部が存在し、多数の素材を取り揃えている。それらを利用すれば、書物に書かれているような除草剤も精製可能だ。

 リンザローテに頷き返したアルトは、教室を出ようとするが、


「ン、何か気配がする……コッチに近づいてくるような……」


 動体の気配を察知し、直後にゴンと重い物体が落下したかのような鈍い音が廊下に響く。

 もしかしたら触手の襲撃かとアルトは警戒し、リンザローテを庇うように立ちながらもゆっくりと様子を確認する。


「人、か…?」


 覗き込んだ廊下の先、そこにいるのは人型のシルエットで、しかも複数人の集団であった。それらがコチラに向かって歩いてきており、間もなくアルトらの教室の前まで到達するだろう。

 ひとまず触手ではないことに安堵しながら、アルトは闇夜のせいで判別の付かない相手の接近を待った。もしかしたら闇魔法士のような悪意ある存在かもしれないと疑心暗鬼になっていたのだ。

 しかし、怪しむ必要はなかったとすぐに判明する。


「って、ロッシュさんじゃないですか!」


 教室の間近まで来たその集団を引き連れていたのはロッシュであった。

 それに、彼に付いてきていたのはナリアとエミリー、そしてウィルとシュカというお馴染のメンバーであったから更にアルトは驚く。


「おや、アルト君も無事だったのだねっ! 良かったよぉ、キミ達のことを途中で見失ってしまったから、てっきり捕まってしまったのかと心配していたんだよ。けど、どうしてキミとリンザはココに?」


「この本を取りに来たんです。魔法植物に効く除草剤に関する情報が乗っているので。ロッシュさんこそ何故校舎に?」


「実は触手から逃走している最中に彼女達と遭遇してね。ナリア君がキミに貸した本の中に、あの化け物植物に有効な手立てが載っていると聞いて、それでその本を探すために立ち寄ったのさ」


 ナリアもまたアルトと同じ発想に至ったようで、ロッシュに護衛されながら校舎を目指したようだ。


「で、どうなんだい? ヤツを退治できそうなのかい?」


「可能性はあります。研究棟にある素材や調合台で作れそうなので、今から向かうところだったんですよ」


「よし、じゃあ早速研究棟とやらに行こう。これ以上、敵に好き勝手やらせるわけにはいかないからねっ」


 S級魔法士であるロッシュも加われば心強いし、魔法薬調合に詳しいシュカがいてくれればスムーズに除草剤も精製出来るだろう。

 しかし、だからといって勝ち確定というわけではない。まず、研究棟に辿り着ける保証が無いのだ。


「この大人数で動くと目立つし、エミリーやナリアはこの場に残った方が安全かもしれない」


「ちょっと待ってアルト君、それは心細すぎるよ! あのキモい触手がうろついていて、ココにもいつ来るか分からないんだもの」


 エミリーの不安も当然で、シェルターに避難しているのならともかく、この校舎は決して安全な場所ではない。今はまだ敵の攻撃を受けておらず無事ではあるが、縄張りを拡大させるラグレシアの触手がいつ侵入してくるか分からないのだ。

 そして、それを証明するように再びの危機がアルト達に迫っていた。


「アルトさん、窓の外をご覧になって!」


 リンザローテの指し示す先、窓の外を何本かの触手が横切っている。アルト達を追ってきたモノの一部のようで、偵察するようにゆっくりとした動きで壁を這り進む。


「俺達を追いかけてきたヤツらか……この校舎に長居するのはマズいですね。早く脱出しましょう」


 こうなればエミリーとナリアを置いていくわけにもいかず、アルトの先導で一同は教室を出る。そうして、まだ触手の到達していない出入り口から外に出て、次の目的地である研究棟を目指そうとした。

 が、


「アルト、廊下の奥から触手が来るぞ!」


 最後尾のウィルの叫びにアルトが振り向くと、廊下の向こうから触手の群れが勢いよく突進してくるのが見えた。どこからか侵入を果たし、養分となる人間を発見して飢えた獣のように迫ってくる。


「チィ…! 俺とウィルで抑えるから、ロッシュさんはリンザ先輩達と先に行ってください!」


 リンザローテらの護衛はロッシュに任せ、アルトとウィルが殿を務めて敵を迎撃する。幸いというか、デュエル会場での襲撃に比べれば触手の数は少ないため、この戦力でも充分に撃退可能だろう。


「ウィル、悪いけど付き合ってくれ」


「申し訳ないんだけど、俺は女の子とお付き合いしたいんだ」


「そーいう意味で言ったんじゃないよ! ほら、敵が来るぞ!」


「へへ、分かってるよ。いくぜ、スプレッドウインド!」


 間近まで接近してきた触手に対し、拡散風魔法のスプレッドウインドをお見舞いするウィル。衝撃波のように吹き上がる風が前面に展開し、触手の侵攻を阻むのだ。


「俺が仕留める!」


 そこにアルトがアイスディスクを叩きこむ。

 これは氷系攻撃魔法の一つで、薄い円盤状の氷を形成し、フリスビーの要領で飛ばして相手を切り裂くのだ。切断力はそれほど高いとは言えないが、柔らかい触手程度であれば充分に通用するだろう。


「いけッ!」


 勢いよく放り投げられた青白いディスクは、廊下に現れた触手達を切り刻んでいく。並みの植物より防御性能が高いとはいえ、人間や魔物よりは脆く簡単に散り果てる。

 このアルトの魔法によって正面の触手は撃破したが、まだ気は抜けない。

 ココに人間がいることを探知したラグレシアは更に増援を送ってくるはずなので、その前に脱出するべくロッシュ達の後を急いで追いかけた。

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