第127話 包囲網の中で
魔法植物ラグレシアは更に触手の数を増やしており、自身の周囲に張り巡らせて外敵の接近を妨げている。
これではアルトが空中から攻め入ろうとも、圧倒的な物量による対空迎撃によって落とされてしまうだろう。たとえ加速魔法スパークルブーストを使ったとしても、その効果時間である十秒以内に決着が付けられるとは思えない。
ある意味ハクジャよりも厄介な敵であり、アルトは一度作戦を練り直すためにリンザローテらとの合流を目指した。
「デュエル会場も襲われている…!」
数分前までデュエルで盛り上がっていた会場にも触手が殺到しており、生徒達が逃げ惑っている。人間から魔力を吸い出すラグレシアにとって、このデュエル会場は極上の餌場でしかないようだ。
その中で、リンザローテとロッシュが必死に応戦し、アルトは二人のもとに舞い降り支援する。
「大丈夫ですか、リンザ先輩!?」
「今はなんとか……ですが、このままではもちませんわね……」
魔力には限りがあり、いくらリンザローテがA級で保有魔力量が多いといっても、永遠に戦えるわけではない。いずれ力尽きて触手の餌食になってしまうだろう。
そうしているうちにも、生徒や学校祭のために訪れていた客が次々と触手に捕まっていく。助けようにも手に負えない状況で、まさに阿鼻叫喚の地獄であった。
「リンザ、アルト君! ここは撤退しよう! こうして戦い続けてもジリ貧になり、勝てる戦いも勝てなくなってしまうよ!」
「しかし、皆さんを見捨てるわけには…! 捕らえられてしまった方もいますし……」
「そうした人々を助けるためでもあるんだ! アルト君、キミがリンザを抱えていってくれ! ボクは陸から追いかけるから!」
アルトとて他の生徒達を救いたいと思うが、ロッシュの言う通り現状を打破できるプランは持ち合わせていない。
しかも、オブライアン校長らに伝令すら送れていないわけで、今この場で最も実力のあるアルト達が仕留められては、それこそ誰もラグレシアに対抗できる者はいなくなってしまう。
「リンザ先輩、ロッシュさんの言うように退きましょう!」
「くっ…! 仕方ありませんわね」
生徒会長として責任感の強いリンザローテは歯がゆい思いをしながらも、アルトに抱えられて戦場を一時的に離脱する。
そんな二人の耳に悲鳴や怒号、果てはフレイムバレットの爆発音などが聞こえてきて、かなり心苦しくはあるのだが今は逃げに徹するしかなかった。
「アルトさん、このまま湖の方へ飛んでくださいな。そうして校長先生と合流し、支援を要請しましょう」
「分かりました!」
アルトはハイスピードで飛翔して追撃してきた触手を振り切り、そのまま学外へと出てオブライアンがいる湖を目指そうとした。
が、そう簡単に見逃してくれるラグレシアではない。多くの人間を捕獲し魔力を奪ったことで更に成長し、新たなる能力を開花させたのだ。
「なんだ、アレは!?」
学校の敷地外縁部に沿うように、まるで古代文明のビル型建造物のような太く長い触手が十本も地面から突き出してきたのである。これによってドワスガルは包囲され、外界から隔離されたような状態になった。
「あの柱に似た触手は一体なんなんですの…? 威圧的な巨大さではありますが、特に攻撃をするような様子はないですわね」
「ですが、魔力を帯びて妙なプレッシャーを与えてきます。何か仕掛けてくるつもりなのかも」
そうアルトが口にした直後、リンザローテが柱と例えた巨大触手が薄く発光しはじめた。しかも一本だけではなく、共鳴するように十本全てがである。
「魔法を使ってくるのか…?」
警戒を強めたアルトは、バリアフルシールドを展開して全方位からの攻撃に備える。相手がどのような手段を講じるつもりなのかは知らないが、S級のアルトによるバリアならば、ある程度は防ぐことは可能だろう。
しかし、攻撃は飛んでこなかった。呪い系や状態異常を引き起こす魔法も発動されず、アルトは困惑する。
「一体どういうことですかね?」
「あの柱達の隙間、ご覧になってアルトさん」
リンザローテが指摘するのは、柱状の触手と触手の合間である。約百メートルづつ離れているのだが、その隙間に半透明の膜が形成されているのだ。
「もしかしてバリアフルシールド…? あの柱状の触手がバリアの発生器となっているのかもしれませんね」
アルトの予想は当たっていて、柱はバリアフルシールドを発生する能力を持っている。そして、各柱がリンクすることでバリアを拡大させ、ラグレシア本体を中心部としてドーム型の保護フィールドを形成するのだ。
これによって外からの侵入も難しくなっただけでなく、内側から外に脱出することも困難になってしまった。
『キシュ、敵の狙いはなんなのかな?』
『ラグレシアはある程度成長すると、自力で魔力を精製することが出来るようになんのよ。このフェーズに入ると、周囲を縄張り化して外敵から身を守るための防御壁を作るんだ』
『魔力を自力精製出来るなら、捕らえた人間は用済みとなって解放してくれるとか……そんな甘いヤツじゃないよね?』
『残念だけど、死ぬまで魔力を吸われ続けることになるね。ヘタに解放して反抗されたら困るでしょ?』
無慈悲な道理を説くキシュだが、別に非情というわけではない。こういう場合、ありもしない希望を抱かせるよりは、的確な打開策を考えさせるべく現実を突きつける方が良い。
『じゃあさ、敵のバリアを突破できないかな?』
『ダーリンの魔法力でも厳しいねぇ……大人数で集中砲火を浴びせるとかしないと、相当な耐久度だから』
そうなれば、もはやドワスガルからの脱出は叶わないだろう。恐ろしい監獄に囚われの身となり、その主である化物に捕縛されるのを待つしかない。
だからといって諦めるアルトとリンザローテではなく、次の手を考案する。
「どうにか親玉を倒せないものだろうか……ン、そういえば魔法植物に関する話を誰かとしたような……」
「わたくしとではないですわよ?」
「となるとぉ……ああっ! 教室でナリアに執事についてレクチャーしてもらった時だ! あの時に借りた古代の雑学書に、魔法植物に効く除草剤の記載があるとか言っていたんだ」
「アルトさん!? わたくし以外の女子に教えを乞うとはどういうコトですの!?」
「あ、暴れないでくださいリンザ先輩!」
せっかく自分が二人きりで執事について教えたというのに、他の女子にも頼むなんてと憤るリンザローテ。手足をバタつかせ、まるで小さな子供が駄々をこねるような滑稽さだが、本人は全く気にしていない。
『キシュ、魔法植物に効果がある除草剤なら、あのラグレシアにも有効でしょ?』
『恐らくね。試してみる価値はあるよ』
『であるのなら!』
確実とは言えないようだが他に手立てはなく、アルトはナリアから借りた本の在り処を思い出す。
「あの本は……そうだ、俺の机の中に仕舞ってあるんだった。リンザ先輩、一年生用の校舎に飛びますよ!」
「で、ナリアさんとはどんな風に練習をなさったのですか!?」
「それそんなに気になります!?」
まだ言うリンザローテをなだめつつ、アルトは自分の教室がある一年生校舎へと飛び立つのであった。
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