第126話 真紅のラグレシア

 デュエル会場を出たアルトは、レクリエーションホール崩落という惨事を目の当たりにしながらも、事態を呑み込めず唖然として立ち尽くす。

 それは他の生徒達も同じで、アルトに続いて外に出てきた者達も同様に言葉を失っていた。


「皆さん、デュエル会場内に避難してくださいませ! わたくしとアルトさんで現場に向かい、状況を確認してきますわ」


 この非常時でも冷静なのはリンザローテで、ダテに生徒会長を務めているわけではなく率先して指示を出す。


「アルトさん、申し訳ありませんが協力をお願いいたしますわ。校長先生をはじめに多くの先生方は今、森の中の湖にて来賓の方々をもてなすバーベキューを行っているため、すぐには駆け付けられません。ですから、わたくし達がまず動き、暴走しているという魔法植物に対処しなければなりませんわ」


 学校から湖までは少し距離があるため、オブライアン校長らは事件に気が付いていないかもしれない。しかもバーベキューなどで盛り上がっているとなれば、尚更物音などが掻き消されてしまう可能性がある。

 そうなれば、まずは伝令として生徒会のメンバーを送って校長らに状況を知らせる必要があるだろう。

 だが、その間にも魔法植物による被害が拡大する恐れがあるため、動ける者が鎮圧に向かうべきだとリンザローテは判断したのだ。


「リンザ、ボクも行こう。この一件、ボク達にも責任がある……だからこそ、せめて力添えをさせてほしいんだ」


 ロッシュの表情から明るい笑みは消えて、かなり真面目な眼差しとなっている。このような事態を引き起こしてしまった責任の一端があると猛省し、その罪滅ぼしの意味も籠めて協力を申し出たようだ。


「S級のアナタが加勢してくだされば心強いですわ。では、わたくしと共に」


 頷くロッシュも引き連れ、リンザローテは未だ土煙が舞うレクリエーションホール跡地に急行しようとしたが、


「アレは…?」


 学校中心部へと続く道、その先で何かがウネウネと蠢ている。

 それは夜の不気味な暗闇が錯覚させたのではない。奇妙な物体が、しかも無数に動いているのだ。


「おそらく魔法植物の触手だっ! リンザ、下がれ!」


 そうロッシュがリンザローテに警告した直後、蠢く何かが道を突き進んできた。


「まさか、発芽してもうあんなに成長したと言うんですの!?」


 道の脇に設置されているランタンの灯りに浮かび上がるシルエットは間違いなく触手で、これはレクリエーションホールで盗人二人を捕縛した物と同一形状であった。どうやら新たな獲物を求めて、学校中に張り巡らせようとしているらしい。

 その触手はバインドロープと同じような太さで、数え切れないほどの物量で迫ってくる光景は恐怖でしかない。


「リンザ先輩、ここは俺が! キシュ、手伝ってくれ!」


 叫ぶアルトはフェアリーのキシュを召喚し、援護を求める。


「わぁ!? なんていうタイミングで呼び出したのよ!」


「それについては謝るけど、キシュの助けが必要なんだ!」 

 

「魔法植物の触手とか、チョーキモいんですけどォ!」


 召喚されて目覚めた瞬間、視界に気色の悪い触手の群れが飛び込んでくれば悪態もつきたくなるだろう。

 だが、アルトを手助けするのがキシュの役割であり、魔力の翼で滞空しながら魔法を放つ。


「効けばいいケド……いっけー! フレイムバレット!」


 火炎系攻撃魔法であるフレイムバレットならば、植物に対して有効なダメージが期待できる。それに続いてアルトもヴォルカニックフレイムを発動し、まとめて焼き尽くす算段であった。


「これで燃えてくれれば…!」


 アルトとキシュが繰り出した火炎弾によって十数本の触手を灰と塵に還したが、それでも次々と現れ突撃してくる。一本一本は貧弱でも、無尽蔵の物量で押し切る算段のようだ。


「キリがないし、このままではマズいな……キシュ、俺と合体してくれ!」


 キシュを呼び寄せ、アルトはフェアリーの力を身に宿す。

 この一体化によって魔法力が強化されるし、特攻の如き強襲を回避するためには機動性を向上させる必要があった。


「この触手はどこから来ているんだ…?」


 翼で上昇したアルトは、ヴォルカニックフレイムやアイスランス等で触手を粉砕しつつ、それら触手の元となっている親玉を探す。根本となる部分を破壊して、まとめて行動不能に陥らせようと考えたのだ。

 と、アルトは敵の中心部と思われる物体を発見した。それはレクリエーションホールが建っていた場所に陣取っている。

 

「アレは、蕾なのか?」

 

 魔法植物という名に相応しく、全高十メートル超えの巨大な蕾がいつの間にか出現していたのだ。真紅のソレは種子から一気に成長し、花開く寸前の状態のようであった。

 そして、この蕾の根元から無数の触手が伸びており、あらゆる方角に伸ばされている。


『ダーリン、あの魔法植物はラグレシアだよ。古代文明で製造された生物兵器の一種で、扱いにくい事から試作型が数個作られただけのハズなんだけど……』


『相当に珍しいってコトだよね? なんでそんな物が発掘されちゃったんだ……』


『運が悪かったとしか……種子の状態では、どのような魔法植物なのか見分けは付きにくいしねぇ』


 数個程度しか試作されていない物品が、遥か時を超えた未来で発掘される確率はいか程なのだろうか?

 しかも、兵器として製造されて一般には出回っていない品なわけで、そのような危険物を掘り当てたなどロッシュも夢にも思わなかっただろう。


『あの化け物植物は触手で人間を捕らえて魔力を吸収するんだ。そうして栄養源として成長していくのよ』


『命までは奪わないの?』


『生命力までは吸い出さないから、直接的に殺されたりはしないよ。でも、長時間拘束されていれば徐々に衰弱していくことになるし、助け出さなければ最終的には死に至るね……』


 ラグレシアは捕縛した人間から魔力を奪い、その魔力を餌として成長するようだ。

 蕾の大きさから考えても、既に相当数が被害者になっているのは間違いなく、これを放置しておくわけにはいかない。


「ラグレシア本体を破壊するしかない。このまま飛んでいけば、一気に接近できるはずだ!」


 意気込むアルトは、翼からの推力を得てラグレシアと呼ばれる魔法植物本体に空中から近づこうとする。

 しかし、


「そりゃ迎撃してくるよな…!」


 ラグレシアとて生物である以上、防衛本能や自己保存本能が備わっており、人間のような高度な知性こそないが身の危険を察知することは出来る。

 無防備となっていた空中からの接近に勘づき、その要注意対象であるアルトを叩き落とすべく多数の触手を伸ばしてきたのだ。


「一筋縄ではいかないな、これは」


 触手の軌道は直線的で、翼を使った立体的で複雑な回避でやり過ごす。

 だが、肝心のラグレシアに肉薄するのは容易ではなさそうだ。

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