第8話 エミリーの対抗心
波乱に満ちた入学初日を乗り越えたアルトは、カーテンの隙間から差し込む朝陽に顔を照らされて名残惜しそうに目を覚ます。彼が身を任せたベッドは実家の物より弾力があり、被り布団は柔らかく包み込むような温もりがあってグッスリと眠っていたのだ。
「実家とは勝手が違うのに、こうも安らげるとは……この部屋の調度品の質の高さには恐れ入るな」
アルトは身支度を整えるべくベッドから降りる。
まだ不慣れな制服にぎこちなく袖を通しながらも、この服を纏うことで学生の身分になったことを再認識させられ、眠気で重たかった瞼も大きく開いた。
「今日から授業だもんな。しっかりしないと」
胸の内に秘めた、故郷に学校を建てるという目標のためにも怠けるわけにはいかない。生徒会長であるリンザローテの協力も取り付けたわけだし、後は自分の努力次第だ。
「卒業してお婆ちゃんにも良い報告が出来るように……さて、行ってきます」
方向音痴の気があるアルトは、学校案内図が記されたパンフレットを片手に、少々時間を掛けて一年生用の校舎へと辿り着く。昨日の入学式前に一度訪れた場所ではあるのだが、その道順を完全には把握していなかった。
「おはよう、アルト君!」
彼の所属する一年七組の教室へと入ろうとした時、背後からエミリーの元気な挨拶を受けて振り返る。朝であるにもかかわらず、ニコニコとして活気にあふれた小型犬のような愛嬌を振り撒いていて、アルトもつられて思わず優しい笑顔になった。
「おはよう。昨日はよく眠れた? いろいろとあったから、心配してたんだ」
「ちゃんと寝られたよ。これもアルト君が守ってくれたおかげ。もしあの時にアルト君が来てくれなかったら上級生に好きなようにされて、精神的に参っていたかもしれないし、そう考えるとアルト君は私のヒーローだね!」
「ヒーローだなんて、そんなカッコイイもんじゃないさ」
目をキラキラとさせながら称賛するエミリーに対し、アルトは気恥ずかしくなって照れくさそうに頭を掻く。今までは善行をしても祖母以外から褒められる事は少なかったうえ、エミリーのような正統派美少女に面と向かって礼を言われると年頃の男子としてはくすぐったい気持ちになるのだ。
アルトは自分に割り当てられた席に着きつつ、偶然にも隣の席であったエミリーと会話を続ける。
「そういえばさ、昨日の入学式が終わったあとに、生徒会長が俺の寮まで来たんだよ」
「ええ!? いわゆる、お礼参りってヤツぅ!?」
「闇魔法士の報復じゃあるまいし……そうじゃなくて、本当にお礼を言いに来てくれたんだ。ヴァルフレアから守ったことについてね」
「ああ、確かに生徒会長は騒動のあとスグにデュエル会場から出ていってしまったもんね。あんな横暴を働いてはいたけど、意外と律儀な人なんだね」
エミリーの視点では、リンザローテはただ嫌な上級生という印象しかない。そのため、彼女がワザワザお礼を言うためにアルトの寮を訪問したことに驚いているのだ。
「反省もしていたし、あの人は根っからの悪人とかではないと分かるよ。それにさ、勉強を教えてくれるって約束もしたんだ」
「家庭教師的なカンジで!?」
「うん。これで俺の落第の危険が少なくなって安心している」
「勉強なら私でも教えてあげられると思うケドなァ。魔法士としての判定はC級だけど、一般科目はそこそこ良い成績なんだから!」
リンザローテがアルトの家庭教師に就任したと聞いて、ムムッとエミリーは対抗するようにそう主張する。昨日の一件以来、アルトを意識するようになったエミリーは無意識のうちに嫉妬心をリンザローテに抱いていた。
「アルト君への恩返しとして、私にも勉強を教えさせてください! 頼みまする!」
「あ、ああ。一緒のクラスのエミリーの方が訊きやすい場合もあるだろうから、そういう時はお願いするよ」
「まっかせて!」
ドヤ顔で大きな胸をポンと叩くエミリー。魔法力ではアルトの方が断然格上なので、役に立てるポイントでアルトの気を引きたいと考えており、リンザローテに後れを取るわけにはいかない。
そんな会話をしていると、始業の時間となって担任教師のミカリアが教室へと入って来た。まだ若い女性教師であり、昨日の入学式前の自己紹介では新任であると語っていた。
「皆さん揃っていますかぁ? 記念すべき最初の授業を始めていきますよぉ」
おっとりとした性格であるらしく、それは口調にまで現れている。正直なところ頼りなく見えるが、柔らかい物腰や目つきからは母性のような温かさを感じさせ、親近感のある女性であった。
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