第9話 最初の授業
ミカリアは運んできた授業用資料などを大きなデスクに置き、教室前方に壁掛けされているボードの前に立った。新任教師である彼女も緊張しているようで、教え子達の視線を受けて少々脚が震えている。まるで産まれたての小鹿のようだ。
「で、では教えちゃいますよぉ。このミカリア先生が教えちゃいますよぉ!」
あまり人前に出るのが得意な性格ではないらしく、およそ教師らしくない言い回しである。
だが、逆にアルトは安心していた。教師という存在はカタブツなのではないかと想像をしていたのだが、ミカリアは人間味溢れる大人なので威圧感などはない。
「皆さんは錬成魔法学を知っていますかぁ? 素材となる木材や金属などに魔法を掛けて、別の物体へと変化させる錬成魔法を学ぶのが当授業なのですぅ。本来、錬成とは金属を溶かして、道具や武具を精錬加工するという意味が籠められた言葉でしたが、これと似た事を魔法で行うことから錬成魔法と呼ばれるようになったんですねぇ」
魔法は物理法則を超え、物体を別の物体に変化させる力も秘めている。それを錬成魔法と言い、魔法高等学校の必修科目の一つであった。
「では先生が実践してみますねぇ。例えば、この鉄と木材を素材として組み合わせてぇ……いきますよぉ、クラフト!」
ミカリアは右手の掌の上に、鉄の塊と木の端材を乗せる。そして”クラフト”と唱えると掌の表面に白い魔法陣が浮き上がり、二つの素材が淡く発光して浮き上がった。
そうしてミカリアは意識を研ぎ澄ませると、
「はい、出来ましたぁ。じゃじゃーん!」
素材が溶け合って一つの物体を形成した。それは園芸用に用いられる小さなスコップで、持ち手となる握り部分に木を、物をすくう先端部は鉄によって構成されている。
道具として機能する見事な造形で、ミカリアはさすが教師として採用されるだけあって魔法を扱い慣れているようだ。
「このように、クラフトと詠唱することで発動しますぅ。ですが、ただ魔法を使うだけでは成功しませんよぉ。完成品を脳内で強くイメージして、しっかり集中しないと失敗してしまいますからねぇ」
単に魔法を使えばいいというわけではなく、対象物を明確にイメージした状態で、しかも意識を集中させなければグチャグチャな異物が出来上がってしまうのだ。
ミカリアは簡単にやってのけたが、案外難しい魔法なのである。
「皆さんの中で錬成魔法が得意な方はいますかぁ?」
ミカリアの質問にアルトは手を挙げる。どうやら、彼にとって錬成魔法は特に難儀するものではなく得意分野のようだ。
しかし、他に手を挙げる生徒はおらず、教室の中で目立ってしまい多少恥ずかしく思った。
「ほぅほぅ。ではアルトさん、先生と同じようにスコップを作ってもらってもよろしいですかぁ」
「あ、はい。やってみます」
アルトはミカリアに招かれ、自席から離れて教室の前へと移動し、教師用デスクに置かれた鉄と木材に手をかざす。S級魔法士であるアルトは無詠唱で魔法を使うことが可能であり、二つの素材はスッと浮き上がって一瞬にしてスコップへと変化した。
「さすがS級ですねぇ。詠唱もなしに、こうも精巧に作り上げるなんて凄いですぅ」
「ど、どうも」
「そんなアルトさんなら、この希少金属も加工できるやもしれません」
と、ミカリアが取り出したのは、サッカーボール大の純白の金属であった。表層に一切の曇りはなく、光をギラリと反射して普通の金属とは異なる存在感を放っている。
「オリハルコンですか? かなりレアな物ですよね?」
「ええ、そうですよぉ。これはサンプルとして数年前に寄贈され、学校に保管されている物なんですよぉ」
「もしかして、それを錬成魔法で?」
「はい。オリハルコンはS級魔法士でも扱うのは難しい素材ですぅ。実際、これまでに他のS級の生徒さんがチャレンジしてみましたが、なんの反応もせずに失敗してきたのですよぉ」
ミカリアはオリハルコンをアルトに手渡し、錬金魔法であるクラフトを使って別の物体に変化させるよう促す。
「いいんですか? こんな希少品の形を変えてしまっても」
「大丈夫…多分。きっと校長先生も怒るどころか感心しますよぉ」
「じゃあやってみますが……」
アルトは掌の上に魔法陣を発生させ、その魔法陣の影響を受けてオリハルコンが宙に浮く。実は、こうして魔力が通じるだけでも大したものであり、並みの人間では魔力反応を起こす事すら不可能なのだ。
「いけそうだ…!」
そして、脳内で念じたイメージを投射し、オリハルコンを別の姿へと変化させるべく集中力を高める。
直後、
「出来ましたよ。どうです?」
アルトの手に短剣が収まっていた。純白の刀身は、素材時と同じように光を反射して眩い。恐らく切れ味も相当なものであろう。
「す、凄いですよアルトさん! うわぁ、先生感動ですぅ!」
ミカリアが感動と興奮ではしゃいでいるのと同じように、クラスメイト達もどよめいていた。オリハルコンの実物を見る機会すら貴重なのに、それを加工してしまうなど超常現象にも等しい出来事であるからだ。
アルトは短剣をミカリアに返還して、クラスメイト達の好奇の目を受けながら自分の席へと戻った。
「アルト君はタダ者ではないと思っていたけど、まさかここまでなんて驚き! サインもらっておこうかな!」
「そりゃ大袈裟だよ、エミリー。俺のサインなんて金にならないぜ?」
「いやいや。将来的にアルト君は有名人になりそうだし、そうなれば高額で転売できるかもしれない…うひひひ」
「て、転売するのは確定なんだ」
奇怪な笑い声を漏らすエミリー。学生時代のアルトによるサインを確保しておき、大人になって彼の名が王国内に轟いたら売り払う算段を立てているらしい。
漏れ出す欲望を隠さないエミリーに苦笑いするアルトに、ミカリアから次なる指示が言い渡される。
「アルトさん、先生のサポートをしてくださぁい」
「え、サポートですか?」
「オリハルコンを扱える程の力を持つ生徒さんに、錬成について先生が教えられるコトはありませんしぃ……なら、先生と一緒にクラスメイトの皆さんに助言するなどといった感じでお願いしますねぇ」
「なるほど。将来的に学校を建てるのが目標なのだから、これも良い経験になるか……分かりました、やってみます」
故郷に学校を建てるという夢に役立つかもと、教師の真似事をする決意をしたアルト。
ひとまずミカリアの指示に従い、錬成用の素材となる木材と鉄を三十人のクラスメイトに配布することから始めるのであった。
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