第7話 歩み寄る二人
頭にクエスチョンマークを浮かべるリンザローテに対し、アルトは言葉を続ける。
「生徒会長という役職に選ばれるくらいなんですし、勉学の成績も優秀なんですよね?」
「ええ、まあ。一応は学年トップクラスでして、わたくしも特待生ですわ」
「なら頼もしい。実は、俺はこれまで学校に通ってこなかったので、歴史学や数学などの一般教養科目についていける自信が無いんです。魔法学に関しては、お婆ちゃんからある程度教えてもらっているので、それを応用すれば大丈夫だと思うんですけど」
魔法学校では当然ながら魔法学を中心に学ぶのだが、他にも数学等の一般的な授業も存在している。そのため、魔法が得意なだけでは進級は出来ず、他科目の定期試験でもしっかり点数を取らなければならないのだ。
その点で言うと、アルトは不利であった。何故なら、これまで学校に通っていなかった彼は勉学をほとんどしてこなかったからだ。
「なるほど……しかし、それが責任を取る事に繋がるのですか?」
「一般科目で悪い成績を取り続ければ、どの道俺は進級も卒業も出来ません。ですが、会長が教えてくれれば希望があります。つまり、俺のことを助けることになる」
「助ける……」
「人助けをして責任を取るというやり方もあっていいのではないでしょうか。それが出来る能力が会長にはあるのですし、お互いの未来を考えれば最善の策だと思うんです」
リンザローテのキャリアも守られるし、アルトの進級も可能となって夢の実現に近づける。この案は二人にとって良い未来を引き寄せるためのものだ。
「分かりましたわ。それで納得して頂けるのならば、わたくしとしても有り難い限りです」
「良かった。いやぁ心配していたんですよ。学校に入る事になったのはいいけど、勉強にちゃんと付いていけるかってね……これで悩みも一つ解決です」
「ふふ、お人好しなのですね。本来ならば怒りをぶつけるべき相手にこうも……初めてですわ、あなたのようなお方は」
「さっきも言った通り、俺は会長に怒りを感じたりはしていません。むしろ、このような縁を作るキッカケとなったことに感謝してますよ」
これはアルトの本音である。故郷を一人で出てきたアルトには知り合いなんていないし、一から交友関係を築くというのは難しいものだ。しかも、不慣れな学校で右も左も分からないのでは、いくらS級魔法士であっても不安でしかない。
そんな状況下で、生徒会長という役職に就く上級生と縁が出来たというのは僥倖だ。最初の出会い方こそ不幸ではあったが、改めて良好な関係となれれば頼もしい相手になるのは間違いない。
「わたくしが力になれる事でしたら、勉強以外にも手を尽くしますわ」
「ありがとうございます。頼りにしてますよ」
「感謝を言うべきはわたくしの方ですわね……あの時、デュエルの後、ヴァルフレアから守って頂いたのですから」
アルトが割って入ってくれなければ、リンザローテはヴァルフレアに平手打ちにされていただろう。怒りと魔力で増幅された一撃は人を容易に殺せる威力となって、もしかしたらリンザローテは死んでいた可能性もある。
その暴力から守ってくれた事に対し、まだ感謝を示していなかったなと思い出してリンザローテは小さく頭を下げた。
「いえいえ。俺はお婆ちゃんの教えをもとに行動したまでですので」
「お婆様の教え?」
「はい。目の前に理不尽な暴力を振るう者がいたら、見て見ぬフリするなという教えです。俺の地元であるボラティフ地方は、ならず者が多くて事件が頻繁に発生する地でして、何の罪もない人が無法者に襲われる事も何度もありました。ですから、そうした悪意に立ち向かうためにも正義感を失ってはいけないと何度も聞かされたものです」
アルトの人助けを躊躇しない性格は、祖母の影響を強く受けた結果なのだ。たとえ離れ離れになっても、教え込まれた祖母の言葉を忘れることはない。
「なるほど、立派なお婆様なのですね。わたくしこそアルトさんのお婆様に教えを乞うべきなのかもしれません……」
正義とは程遠い所業でアルトを窮地に追いやってしまったリンザローテは、己の汚れた心を反省しつつアルトの祖母に会ってみたいと思った。アルトはしっかりとした良心を持っていて、しかも力の使いどころを見誤らない人間だとリンザローテは直感し、そのアルトを育てた祖母ほどの人格者に説法をしてもらえれば道を踏み外すこともないだろう。
「ともかく、勉強でも学校生活でも心配事があれば遠慮なくご相談を。曲がりなりにも生徒会長なのですから」
そう言って胸に片手を当てつつ、リンザローテは優しい笑みを浮かべる。
歪みかけていた自分を救い出し、手を差し伸べてくれたアルトに対して特別な感情を抱いた彼女は、心の底からアルトの力になりたいと願っていた。
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