第2話 生徒会長リンザローテとデュエルせよ

 新入生の少女エミリーを上級生の魔の手から救ったアルトは、騒ぎを聞きつけて参上した生徒会長によって退学処分を言い渡されてしまった。

 確かに魔法を行使して相手を負傷させてしまったのだが、先に攻撃を仕掛けてきたのは上級生の男子生徒であり、これは正当防衛として処理されてもいいはずだ。


「アルト君は私を助けてくれただけなんですよ! というか校長先生でもないのに、退学を言い渡すなんて生徒会長の権限の範疇なんですか!?」


 エミリーは更に食って掛かり、生徒会長に詰め寄る。自分を救ってくれた恩人が不当な扱いを受けている事に腹を立て、黙ってはいられなかったようだ。


「生徒会は学校運営に深く携わっているのですわ。そのトップである生徒会長には大きな権限が与えられており、校則違反者や秩序を乱す者に対する処分も可能としているのです。お分かりかしら?」


「でも、こんなの職権乱用ですよ!」


「このわたくし、リンザローテ・ガルフィアの決定は生徒会の総意であると理解して頂く! いい加減に礼節を弁えないアナタにも、しかるべき処分を与える事も出来るのですよ!」


「無茶苦茶を言う…!」


 傲慢さを隠さない生徒会長リンザローテに対し、エミリーは怒りで拳を震わせていた。今にも殴り掛かりそうな程にエキサイトしている。

 だが、そんなエミリーを見て逆にアルトは冷静になっていた。このまま彼女達に言い合いをさせるのは得策ではないと、エミリーの肩をポンと叩いて引き下がるよう促す。


「ありがとう、エミリー。俺のためにこうも怒ってくれて」


「ア、アルト君……このままじゃ本当に退学になっちゃうんだよ?」


「俺に考えがある。任せておいて」


 アルトはエミリーに代わってリンザローテの前に立ち、校長との面会を願い出た。


「最高責任者である校長先生の判断を仰いでからではダメなんですか?」


「わざわざ校長先生の手を煩わせる必要はありませんわ。多忙なお方なのですから」


「しかし特権というもので言うならば、俺にもありますよ。こういうのが」


 ブレザーの内ポケットから生徒手帳を取り出したアルトは、最初のページを開いてリンザローテに突き付ける。

 そこにはアルトの名前と共に、特待生を示す魔法印が押されていた。


「そりゃS級魔法士ともなれば特待生として迎えられるのは当然ですわ。で、どうしたというのです?」


「特待生に関する処分を決定するのは校長のみである……と、校則欄に書かれていますよ」


「えっ…?」


 虚を突かれたように、リンザローテは目を点にして口を開けている。どうやら、アルトの指摘した校則について失念していたようであり、アワアワと動揺しながら冷や汗までかいていた。


「じゃあ、アルト君を罰したり出来るのは校長先生だけってコト!?」


「らしい」


「ええー! じゃあ、やっぱり不当な越権行為じゃないですか! もしかして、この校則を忘れていたんですか会長!」


 何故か強気になるのはエミリーで、餌を頬張ったリスのように頬を膨らませながらプンスコと問い詰める。よほどリンザローテを敵視しているらしい。


「と、当然知っていましたわ! これは……そう、引っかけ問題のようなもので、試したんですのよ。アルト・シュナイドが当校の特待生について理解しているかを」


「ウソつきだ……ウソを平然と言う悪党だ……」


「失敬な! ともかく、今から校長先生のもとへ赴いてケリを付けようではありませんか!」


 指摘されて逆ギレ状態のリンザローテは、苦しい言い訳をしながらも校則通りに校長の判断を仰ぐべく、アルトらを管理棟と名付けられた施設に連れ込む。


「この管理棟には教職員の皆様方の事務室や研究室、そして生徒会室も入っています。いわば、ドワスガル魔法学校の中枢頭脳部なのですわ」


 管理棟は外観こそ質素であるものの幅広で、階数も十階と周囲の校舎より大きい。遠くからでも目立つこの建物こそが、ドワスガルの中核を担っているのだ。


「生徒会長のリンザローテです。お忙しいところ恐縮ですが、お時間を頂けますでしょうか?」


「どうぞ、入りなさい」


 最上階にある校長室の扉をリンザローテがノックすると、低い男性の声で返事があり、ノブの無い扉は自動的にゆっくりと開く。


「入学式まで後一時間を切っていますが、どうしたのですかな?」


 部屋の中には大きなデスクが置かれていて、その前にタキシードを着こなした老齢の男性が立っていた。整えられた白髪の似合う彼こそが、ドワスガル魔法学校の校長を務めるオブライアン・ケイレスだ。


「ええ、実は……」


 リンザローテはアルトの関わった一連の事件についてオブライアン校長に報告し、その処遇をどのように下すかについて意見を請う。


「ふむ、なるほど分かりました。ですが聞いたところによると、アルト君はエミリー君を守る目的で仕方なしに魔法を行使したのではないですかな? その行為を咎めるというのは、疑問を抱かざるを得ませんな」


「しかし……我が校ではデュエルや競技以外で魔法戦闘を行うことを禁じていますし、そもそも認められた魔法以外を勝手に行使するのは問題ですわ。一歩間違えば、他の生徒にも被害が発生する危険があるからです」


「確かにそうですな。ですが、王国の法律では危険な魔法行使に対する正当防衛が認められているのも事実です。我が校は王国の法を尊守する立場を表明していますし、彼を罰するのはやり過ぎだと思いませんかな?」


 オブライアン校長は優しく諭すようにリンザローテに説く。どうやら彼はアルトを処罰する気はないようで、話を聞いたアルトとエミリーは安堵し目を合わせて頷き合う。

 だが、リンザローテは引き下がらず、語気を強めて尚も提言を続ける。


「わたくしは納得しかねますわ。もっと厳格な態度を示されるべきかと!」


「聡明で冷静なアナタにしては珍しく取り乱しているように見受けられますが? 何を焦っているのです?」


「い、いえ別に取り乱してなど……とにかく、承服いたしかねると申し上げます」


「ふむ、どうしてもと言うのならば……デュエルで決着を付けるのはいかがですかな?」


 と、オブライアン校長は案を出す。

 しかし、アルトはデュエルとやらについて詳細を知らず、生徒手帳をめくって該当の事柄が記された箇所を探した。


「デュエル……カードゲームで対戦するのか…?」


「アルト君、ワタシが説明しましょう。デュエルとは魔法士同士による力比べですよ。力比べと言っても、互いの魔法力を駆使したバトルですがね」


「魔法で攻撃し合ったり、術を掛け合って戦うという事ですか?」


「ええ。いろいろと物騒な世の中ですからな、魔法を犯罪に使う悪人も少なくはありません。そういう相手と対峙した時に身を守れるよう、魔法学校においてはデュエルという形で戦闘訓練を行っているのですよ。デュエルクラブという課外活動もあったり、結構盛んに執り行われています」


 本来であれば、魔法とは平和な世界を作り上げるための力であるのだが、残念ながら悪事に利用する魔法士も存在するのが現状だ。

 そうした悪意ある魔法士と遭遇してしまった場合に備え、自己防衛のためにも戦闘訓練を積んでおいて損は無い。実際にエミリーを襲った生徒のような人間がいたわけで、アルトはその通りだなと頷く。


「デュエルで二人が戦い、アルト君が勝利したら、この事件に関して彼の処遇について一切追及しない。もしリンザローテ君が勝利したのなら、教職員会議においてアルト君の今後について改めて審議する……という条件でね。我々の議論が平行線のまま続くより、よほど建設的でしょう?」


「S級魔法士に勝利したという実績があれば、ヴァルフレア様からの評価も上がるかも……分かりましたわ。さっそく、デュエル会場を準備いたします」


 ブツブツと呟くリンザローテは、オブライアン校長の案を承諾して校長室を出ていく。


「すまないね、アルト君。しかし、こうでもしなければリンザローテ君は諦めそうになかったのでな。それにね、ワタシはキミが負けると思っていないからこそデュエルを持ち出したんですよ。リンザローテ君はA級魔法士で優秀ですが、キミならば勝てるはずです」


「やってみます。ここで退学となるのは困りますし」


「キミの夢と目標のためにもね。さ、ワタシ達もデュエル会場へ向かいましょう」


 入学早々に退学させられそうになったり、生徒会長と魔法で戦う事になるなど、前途多難としか言いようのないスタートだ。

 そんな状況でもアルトは挫けず、目の前の障害を乗り越えるべく全身に魔力を流してデュエルに備えるのであった。

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