第3話 アルトVSリンザローテ

 生徒会長リンザローテとデュエルと呼ばれる魔法戦闘対決を行うことになったアルトは、校長に先導されてデュエル会場へと向かう。会場は学校敷地内の外縁部に存在し、古代文明の円形闘技場に似た、いわゆるコロシアム型の施設であった。


「そういえば、校長先生とアルト君は知り合いなの? アルト君の夢や目標がどうこうって言っていたけど…?」


「まあね。この学校に俺をスカウトしてくれたのは、俺の地元にたまたま観光に来ていた校長先生なんだ。今まで学校とか通った事が無かったんだけど、俺の魔法士の能力を評価してくれて是非ってさ」


「そうなんだ。校長先生から直々にお誘いが来るなんて、さすがはS級魔法士だね」


 希少なS級の魔法士ともなれば引く手数多であり、どの魔法学校も喉から手が出るほど欲しいものだ。というのも、優秀な魔法士を輩出すれば学校の評価が上がるわけで、元から才能のあるS級を抱き込んでおけば安泰だからである。


「それでさ、アルト君の夢って聞いてもいい?」


「笑わないでくれよ。俺はね、地元に学校を建てたいと考えているんだ」


 アルトは少し恥ずかしそうに頭を掻きつつ、エミリーに対して自信無さげに語る。


「学校を?」


「ああ。俺の出身であるボラティフ地方は王国の中でも特に貧しい地域で、公共サービスが全然行き届いていない。学校の一つすら無くて、それで俺も通えずにいたんだ」


「そうなんだ……」


「校長先生に誘われた時は嬉しかったけど、それと同時に、地元にも学校があれば皆が勉強をする機会が得られるのになと思った。俺以外にも学校に通いたい子供は沢山いたしさ……俺は特待生として学費やらを免除されているから他の地方でもやっていけるけど、他のヤツらは貧しさ故に難しい。だから地元に学校を建てて、貧困層でも通いやすいような体制を整えたいんだ」


 それがアルトの夢と目標であった。若干十五歳の少年が抱くには壮大であり立派ではあるが、しかし実現するには様々な困難が立ち塞がることだろう。

 けれども、こうした夢があるからこそ単身で見知らぬ地に赴き、逆境のような状況でも立ち向かう気力が湧くというものである。


「そのためにも俺自身が学校でしっかり学び、ちゃんと卒業しなくちゃならない」


「じゃあ絶対に退学になるわけにはいかないね! 応援しているから、頑張って!」


「おうよ!」


 拳を突き上げるエミリーから鼓舞を受け、アルトは会場入り口である門を開いた。




 一方、会場の利用許可を得たリンザローテは、先にバトルフィールド内にて仁王立ちして待っていた。A級である自分よりも格上のS級と戦うと考えれば緊張もするが、同時に名を上げるチャンスでもある。既に生徒会長という名誉を持っているものの、勝利すれば更に評価を得られるだろう。

 そんなリンザローテの背後から近づく者がいた。


「リンザローテ、S級の新入生とやり合うって本当か?」


「ヴァルフレア様! ええ、わたくしも把握していなかったS級魔法士が入学してきまして……ですが彼は早々に問題を起こしまして、彼が負けたら退学を審議する会議に掛けられる事になっているのですわ」


 ヴァルフレアと呼ばれた男は、アルトと同じくS級の魔法士だ。鋭い目つきと白銀の長髪が特徴的な美男子で、身に纏うのは指定のブレザーではなく、漆黒のローブのような特注制服であった。彼もリンザローテと同じ二年生を示すバッジを付けている。

 数人の女子生徒を取り巻きとして従えるヴァルフレアは、リンザローテの肩に手を置いて新入生を排除するよう依頼した。


「この学校のS級魔法士は俺一人でいい。そうじゃなきゃ、俺の特別性が失われちまうからな。せっかく作り上げた特権もハーレムも壊れかねない。それは許せん」


「はい。ヴァルフレア様の障害となる者は、わたくしが排除いたしますわ」


「頼んだぞ。この勝負にオマエが勝てたら、婚約関係になってやってもいいぞ」


「本当ですか!?」


「ああ、だから失敗するなよ。無能はいらないからな」


 それだけを言い残し、気だるげにアクビをしながらヴァルフレアは取り巻き連中と共に観客席へと下がる。この勝負を見届けようとしているようだ。

 直後、バトルフィールドにアルトが姿を現した。


「逃げずにちゃんと来たことは評価いたしますわ、アルト・シュナイド」


「退学にされちゃ困るんです。俺はこのデュエルに勝ち、入学式に参加します!」


「ふっ……わたくしも入学式で挨拶をしなくてはなりませんから、さっさと決着を付けてしまいましょう。校長先生、立会人をお願いいたしますわ」


 デュエルには勝負をする生徒以外にも、第三者の立会人が必要となる。レフリーとしての役割を持ち、戦闘不能判定や開始の合図を行うのだ。


「分かりました。それでは、始め!」


 バトルフィールドの端に立ったオブライアン校長が片手を上げて開戦を宣言する。


「いきますわよ! アクアプリズン!」


 先手必勝と、リンザローテは両手を突き出して魔法を唱えた。

 するとアルトの周囲から大量の水が出現し、彼の体を包み込んだ。まるで水による監獄で、巨大な球形を形成して全方位から圧力を中心部のアルトに加える。


「フフフ……いくらS級であるとはいえ、これだけの水圧で閉じ込めてしまえば!」


 アクアプリズンは、A級魔法士以上でなければ扱えない高等魔法だ。水に囲われるせいで呼吸を阻害され、しかも言葉を発せないので魔法の詠唱を不可能にする。事前に対策をしておかなければ、まず脱出出来ないだろう。

 この先行攻撃は一撃必殺とも言え、並みの魔法士であれば瞬殺できる。

 だが、アルトには大して効いているようには見えなかった。


「苦しくないというの…?」


 アルトはもがき苦しむこともなく、片手を軽く動かす。

 と、水の監獄がバシャッと内側から弾け、球形が崩れて霧散してしまった。リンザローテ自慢のアクアプリズンを打ち破ったのである。


「なんと!?」


「お婆ちゃんが教えてくれた……防御魔法のバリアフルシールドは、こういう使い方も出来ると」


「自分の体表面に展開したバリアを四方に膨張させ、内側からアクアプリズンを破裂させるように崩したと!? けれど、そんな力技をするには尋常じゃない魔法力が必要になるはず……これがS級魔法士だというの!?」


 さらっとアルトはやってのけたが、これは容易なことではない。バリアフルシールド自体はポピュラーな防御魔法であるものの、彼の強い魔法力と相まって規格外の性能を発揮したのである。


「今度はコチラからいきますよ!」


 そう叫ぶアルトは、片手をリンザローテへと向けた。


「どんな魔法を…?」


 普通、魔法の発動には詠唱が必要なため、相手がどんな攻撃をしようとしているか唱える内容で分かるのだが、アルトは無詠唱で行使するため予測できないのだ。

 焦りを隠せないまま構えるリンザローテに対し、アルトの近くに現れた魔法陣から薄く発光するロープ状の物体が射出された。


「これは、拘束魔法のバインドロープ!?」


 リンザローテはそう推測し、回避を試みる。バリアフルシールドを張ろうにも飛翔するロープの速度が速かったため、詠唱が間に合わなかったのだ。

 ロープはリンザローテの至近距離で数本に分裂して、四方八方から迫った。


「くっ…! しまった!」


 もはや逃げ切るのは無理で、ロープはリンザローテの足や手を縛り上げて拘束し吊り上げ、しかも口の中にまでロープが突っ込まれる。無詠唱では魔法を扱えない彼女は、完全に無力化されてしまったのだ。


「勝負ありですな。勝者はアルト・シュナイド!」


 もう逆転の目は無いと判断し、オブライアン校長は判定を下す。


 アルトの学校生命が懸かったデュエルは、見事勝利で終えることができたのであった。

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