S級魔法士と魔法学校 ~入学初日に退学させられそうになった俺が伝説を残して卒業した件について~

ヤマタ

第1話 アルト・シュナイド、退学を言い渡される

「アルト・シュナイド、現時点をもってこの魔法学校から追放処分としますわ!」


 新天地での充実した学校生活を夢見ていたアルト・シュナイドは、現実を受け止めきれずに目の前が真っ暗になり言葉を失った。

 あろうことか、入学初日に生徒会長によって退学を言い渡されてしまったのである。


「どうして、何故こんなことに……」


 額に手を当てるアルトは、この事態の原因となった事件と経緯を頭の中で回想する。

 それは、十数分程前の出来事であった……




「ここがドワスガル魔法高等学校か。てか、いくつ建物があるんだ…?」


 ドワスガルは、約千人程の生徒を擁する三年制の魔法高等学校だ。大きな校舎や学生寮がいくつも立ち並んでおり、小さな町一つに匹敵する敷地面積を誇っている。 

 しかも、周りを豊かな自然環境に囲まれていて、広大な森や湖といったこれらの場所も学校の所有物だとパンフレットに記載されていた。

 この魔法学校に入学することになった一人の少年、それがアルト・シュナイド十五歳である。黒い頭髪は短く切り揃えられていて、指定のブレザーを着用する姿はごくごく一般的な生徒だ。


「とりあえずクラス分けを確認しないとな」


 正門を通り過ぎたアルトはクラスの振り分けを確認するべく、発表会場であるレクリエーションホールと名付けられた多目的施設を探す。迷子になりそうだったのでパンフレットで位置を確認すると、どうやら敷地の中心部付近にあるようだ。

 現在地からは少し距離が離れているため、多少面倒だなと思いながらも歩み始めるが、


「ん…?」


 フと、アルトは目的地に向かう途中で足を止める。視界の端で一人の少女が男に無理矢理手を引かれ、古びた大きな倉庫の物陰に連れ去られる現場を捉えたからだ。

 別に正義のヒーローを気取るつもりはないが、何か良からぬ事が行われようとしているならば放ってはおけない性分で、アルトは足音を殺しながら少女が連れ込まれた場所へと近づいた。

 すると、なにやら話し声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっとヤメてください! 手を離してください!」


「おう、暴れんなよ。なにもよ、オレはキミに危害を加えようとしているんじゃないんだぜ? 少しお話しようって言ってんだよ」


「イヤです! 私はこれから入学式に出なくちゃですし、こんなところで道草を食ってる場合じゃないんです!」


「おいおい、新入生なら上級生の言う事を聞かなくっちゃあなァ? それがドワスガル魔法学校の掟なんだぜ?」


「そ、そんな掟があるなんて聞いてないです!」


 男の着用するブレザーの襟元には、二年生を表すバッジが付けられていた。どうやら新入生の少女に目を付けて、自分が上級生であることを盾にして言う事を聞かせようとしているらしい。


「うるせェなァ。ちょっとカワイイからって調子に乗ってると殴るぞ」


 確かに背の低い少女には子犬のような愛くるしさがあり、世間一般には可愛いと認識される容姿をしている。

 しかし、少女の幼い顔は恐怖に引き攣っていて、セミロングの茶髪を振り乱して抵抗していた。


「マジで殴るぞ! 黙って俺の言う事聞いてりゃいいんだよ!」


「ヒェッ……」


 この一連の会話を耳にして、上級生の男子生徒がクズであると確信したアルトは、サッと姿を現して二人の間に割って入った。


「その手を離せよ」


「なんだ、テメェ!」


 アルトによって少女から引き剥がされた男子生徒は、敵意を剥き出しにしてキッと睨みつけてくる。その眼力には結構な迫力があるのだが、アルトは引き下がらず逆に睨み返した。


「このコが嫌がってんの分かんない?」


「テメェ、女の前だからってカッコつけてんじゃねェぞ!」


「そんなんじゃない。単にオマエみたいな迷惑行為を働くヤツが許せなかっただけだ」


「ンだと! 新入生のクセして生意気言いやがって!」


 男子生徒は飛び下がってアルトから距離を取りつつ、右手の掌を向けた。

 この動きを見たアルトは身構えつつも、恐怖で固まってしまっている少女の前に移動して庇うように立つ。


「アイツ、魔法を使う気だ。キミ、俺の後ろに隠れていて」


「は、はい!」

 

 促さるままに少女はアルトの背中に隠れ、うずくまる。こうして身を縮こまらせるのが彼女に出来る精一杯だ。


「二人まとめて痛い目に遭わせてやるよ! くらえ、フレイムバレット!」


 男子生徒が叫ぶと、掌の前方に赤い魔法陣が現れて、そこから拳大の火球が飛び出した。灼熱を帯びたソレは、銃弾のようにアルト目掛けて一直線に飛翔していく。

 このままでは直撃するかに思われたが、


 ”パチン”

 

 と、アルトは顔の隣で指を鳴らす。

 直後、アルトと少女の周囲に半透明のバリアが展開された。


「いつの間にバリアフルシールドを!?」


「今展開したんだ。俺は唱えなくても魔法を使えるんだよ」


「コイツ、詠唱無しで魔法を使うだと!」


 男子生徒が驚愕するのも無理はない。というのも、普通は魔法を行使するためには呪文を唱えなければならないからだ。

 しかし、アルトは何も言葉を発さないままに魔法のバリアを形成して、向かってきていた火球を防いだのだ。


「クソッ、オレのフレイムバレットを弾きやがった……だがな、もっと叩きこんでやれば!」


 悔しさを滲ませながらも、二発、三発とフレイムバレットを撃ち込む男子生徒。攻撃魔法をこうも受ければ、さすがのバリアも無事では済まないハズだ。


「なん、だと…!」


 だが、アルトのバリアは一切ダメージを受けていない。ヒビすら入らず、少女をも守っていた。


「魔法ってのは人々を幸せにしたり、大切なモノを守るために使うものだとお婆ちゃんが言っていた。こんな風に使うもんじゃない」


「いいや、違うね。魔法ってのはな、己の強さを証明するための道具なんだよ! つーか、なにがお婆ちゃんが言っていただよ。テメェは歩くババァの迷言集ってか? 気持ち悪いから、故郷に帰って老い先短かいクソったれババァの面倒でも見てやれや!」


 あざ笑うような男子生徒の物言いに、アルトは苛立って舌打ちをする。祖母想いのアルトにとって、こういう暴言は許せるものではなかった。


「……」


「へへ、言い返せないってか?」


 口を真一文字に閉じるアルトに対し、男子生徒は口論で勝ったと薄ら笑いを浮かべている。魔法が通用しなかったのに、どうしてこうも強気になれるのだろうか。

 しかし、男子生徒は理解していなかった。これから身に降りかかる不幸を。


「エッ!?」


 一瞬の出来事であった。足元で爆発が発生し、男子生徒の体は宙を舞って地面に落下していたのだ。


「う、ぐ……」


 怒っていたアルトは、またしても無詠唱で魔法を放っていた。それはフレイムバレットと同じ魔法だが、比較にならない程のハイスピードで撃ち出され、男子生徒の足元に着弾して爆発。男子生徒はその爆発に巻き込まれてフッ飛ばされたのである。


「お婆ちゃんは、こうも言っていた。無礼者には容赦をするなと」


 アルトの呟きは、男子生徒には聞こえていないだろう。何が起きたのか理解すら出来ず、体に走る痛みに悶えながら呻いているだけだ。 


「あ、あの人死んじゃうんじゃ…?」


 守られていた少女は、事態が収拾したのを察してアルトの背中からヒョッコリと顔を出し小声で問いかける。

 

「いや、大丈夫。ワザと直撃しないよう撃ったし、多少の打撲とかすり傷程度だよ。それより、キミは怪我していない?」


「私は大丈夫です。あの、ありがとうございました! 私はエミリー・ハウムバルっていいます」


 エミリーは安堵して胸を撫で下ろしつつ、ペコリと頭を下げて礼を言う。もしアルトが来てくれなかったら、どうなっていたか分かったものではなかった。


「俺はアルト・シュナイド。キミと同じく新入生だよ」


「それにしては強いね、アルト君! へっぽこの私とは大違い」


「たまたま上手くいっただけだよ。さて、この件はさすがに報告しないとマズいよな」


 危機を脱した二人は、この出来事を通報するべく教師などの大人を探そうとした。

 しかし、その必要はなくなる。何故なら、この騒ぎを聞きつけて生徒会の一団が現れたからだ。


「いったい何事ですの!? フレイムバレットを使っていたようですが」


 その一団の先頭にいるのは、いかにも貴族系お嬢様といった風貌の女子生徒である。腰まで届く金髪ロングの髪は先端部でロールを巻いており、着用しているのもブレザーではなくドレスに似たタイプの特注制服であった。

 彼女こそ二年生にして一団を束ねる生徒会長であり、その美しい顔には困惑に似た表情が貼り付けられている。


「そこの新入生、名前は?」


 紅い瞳でアルトを捉えた生徒会長は、ビシッと指を差して名乗るように促した。


「アルト・シュナイドです」


「あなたがこの二年生を攻撃した場面は見ていましたわ。どういう理由でこんな事を?」


「この男がエミリーを無理に連れ去ろうとしたんです。俺は止めに入って、攻撃をされたから反撃しただけで……」


「ほう……この倒れている生徒を医務室へ」


 会長は部下に指示を出し、エミリーに手を出した男子生徒を医務室へと運ばせる。

 そしてアルトへ向き直り、気になっていた事を口にした。


「あなた、先程のフレイムバレットを詠唱無しで発動していましたわよね?」


「あ、はい。そこまで見ていたんですか?」


「ええ。まさか、S級魔法士なのですか?」


「一応、そういう判定を受けています」


 魔法を行使出来る人間は魔法士と呼ばれ、その力量や才覚によってSランクからDランクの五段階に分類される。中でもS級は極めて数が少なく、魔法を操る技術が飛びぬけて高い。

 このS級にもなると、魔法を詠唱無しでも扱える者もおり、だから生徒会長はアルトの分類を推測できたのだ。


「新入生にS級魔法士がいるなんて聞いていませんでしたわ……マズいですわね、ヴァルフレア様以外に当校にS級が所属することになるなど……こうなったら……」


「え、何か言いました?」


「いえ、コチラの話しですわ。とにかく、このような魔法事件を起こしたあなたを無罪放免とするわけにはいきません!」


 なにやらブツクサと独り言を呟いていた生徒会長はアルトを再びビシッと指差し、不愉快そうに眉を吊り上げる。


「待ってください! アルト君は私を助けるためにやったんです。何も悪くないと思います!」


「いいえ、このような乱闘騒ぎなど言語道断!」


 アルトを庇うエミリーの意見を切り捨て、生徒会長は一歩前に出た。


「アルト・シュナイド、現時点をもってこの魔法学校から追放処分としますわ!」

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