第17話

「ミステリアスな感じは出してないやろ。色々あんねん。お替わりもらっていい?」

「飲むの早いねーあんまり飲み過ぎはよくないよー」と言いながらあやは素早く次のビールを持ってきてくれた。

「てかさ、お兄さん名前なんて言うの?」

唐突に名前を聞かれた。こうゆう場所では自己紹介なんてするのだろうか?

適当に嘘の名前を言おうと思ったが、何故か気づけば本当の名前を名乗っていた。

「慧悟、漢字は難しいから説明できひん、今まで生きてきて1回も上手に書けたことない」

「えーどんな字なん?」

興味があるのかのかある振りなのか解らないがあやは紙ナプキンとボールペンを持ってきた。

それに僕は名前を書いた。

「うわ、本間に綺麗に書かれへんね」

「いや、紙ナプキンには上手に書かれへんやろ、グシャってなるやん」

けなされているような感覚ではなく、どちらかと言うといじってきているというような感覚に近かった。客を不快にさせない絶妙なラインの言葉選びだった。こうゆう接客をこの店に通っている人間は好んでいるのだろうか?

客層を見ると30代前半〜40代前半くらいの客が店に残っていた。お酒も飲めて、若い女の子と近い距離で会話ができる。そうやってこうゆう店にハマっていくのだろう。現実社会相手にされなくてもこの場所はお金さえあれば、チヤホヤともてはやされる。

プロではなく感覚的にはノリのいい素人といった感じの絶妙さが世の男性には心地いいのだろう、あわよくばご飯にでも誘えそうな、または付き合えそうな絶妙の距離感がこのバーカウンターを挟んで客と定員との攻防が行われているようだった。

「慧悟は、なんで朝までおりたいん?後なんでさっきめっちゃ走ってたん?」

もう、名前で呼んでくる、やはり距離の詰め方が尋常じゃなく早い。

「いや、朝まで飲みたい気分なだけや、走ってたんも走りたいから走ってた、別になんも意味ない」

「そーなん?変なの。明日休みなん?何か悪い人にでも追いかけられてるんかと思ったわ」

少しドキッとしたが、平静を装い会話を続けた。

「明日は仕事。でもいつも朝まで飲んでるからええねん」

「慧悟、本間はバーテンちゃうやろ?仕事何してるか当ててあげよっか?」

「朝まで飲んでも大丈夫な仕事かー見た感じサラリーマンじゃなさそうやし、アパレルとか?やっぱりバーテン?」あやという女の子は一方的に話を進めていた。

「よく言われるけどどっちも外れや、美容師やってんねん」

何故かこの子のペースに飲まれてしまう。本当の事を言ってしまった。自分の個人情報をためらいもなく話している。酒と女の組み合わせは情報を引き出すにはもってこいのものなのかもしれない。

「あー、ぽいぽい、美容師なのに朝まで飲んでて髪の毛切れるの?たか今度髪染めてよ」

「仕事はちゃんと出来てるよ。ほないつか来たらやってあげるよ」


 美容師あるあるで、大抵こうゆう飲みの場で髪の毛切ってよとか髪染めてよという奴は店に来ないことが殆どだ。だから鵜呑みに等はしてはいけない。

社交辞令的に相手が美容師だと出る言葉なのだろうか?最初の頃は嬉しかったが、今では何も思わなくなっていた。

こうゆう時に自分は冷めているなと客観的に思う。もしノリのいい美容師ならぐいぐい行って、本当に来店させ自分の顧客に出来るかもしれない、でも僕はそれをしない。

心のどこかで諦めているのだろうしガツガツするのもめんどくさい。

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