第15話

「お兄ちゃん、火貸してくれへん?」

気を抜いていたのとあまりにも突然声をかけられたので体がビクッとした。

驚いて「何ですか?」と反射的に声の方に顔を向けた。

するとさっき僕を見ていたママチャリに乗っていたおじさんがそこに立っていた。

「いや、火貸してくれへん?」

このおじさんは火がなくて煙草を吸っている僕を見ていたのだろうか?勇気を出して火を貸してくれと懇願してきたのだろうか?

きっとそうでは無い。これだけ時間があったのだ家に帰るなりコンビニでライターを買うなりできたはずだ。

これは口実で何かもっと裏があるぞとこの街の空気が教えてくれる。

「あぁー、火ですね」

と言い、ライターを渡した。

おじさんは、ライターを手に取ると煙草に火をつけた、煙草の銘柄はピアニッシモ、女性がたまに吸っているのを見かける細長くて、軽い煙草だ。

「変わった、煙草吸うてますね。火無かったんですか?用事済んだら家帰って寝て下さいね」

不気味な空気を纏うこのおじさんにあまり近づかないほうがいいと冷たくあしらった。

ホームレスの一件から起きている間は、むやみに近づいて来る人間や、嫌な視線には警戒しようと決めていた。警戒していたのに一瞬の気の緩みで見知らぬ誰かをここまで至近距離に近づけてしまった。

 今できる最善は一刻も早くこの場所からこのおじさんを引き離すことだった。

おじさんは黙ったまま煙草を吸っていた。何を考えているか解らない人間が近くにいることで、さっきまでの眠気は無くなっていた。

唐突に「君、なんぼなん?」と聞かれた。

意味不明なことを急なタイミングで発せられたので頭の整理が追いつかなかった。

「はぁ?」

本当に、はぁ?と思った。脳から直接言葉が神経を通して口から出た感じだった。

「いや、私ね君見た時にビビッときたの。なんぼやったら私と寝てくれる?」

唐突に発せられた気持ちの悪い女言葉にも驚いたし、いきなりおじさんにナンパされている状況が理解できなかった。

この人は多分同棲愛者なのだろうと遅れて理解した。

別に偏見や差別的感覚はないが、僕はいたってノーマルで女性が好きだ。こいつは何を言っているんだ?とイライラした。

恋愛は自由だがそうゆうのはお互いの価値観の合う人間とやってくれ。

「なんぼとかないんで、さっさと消えてくれますか?」

強い口調で見た目はおじさん、おそらく中身は女性のおじさんに言い放った。

「本間に無理かなー?ほらお金あげるからどう?」

財布からおもむろにお金を出してきた。おじさんが出した金額は諭吉7枚だった。一瞬心がぐらついた自分が愚かだと思った。金によって体を売るような人間に今自分は見られているのかと。金を払えばへこへこと着いて来るアホのような売女のようにこの人間に見られているのかと思うと、ますますイラつきと自分に対して吐き気がしてきた。

「いらないです。帰って下さい」

自分に対しての気持ち悪さと、今目の前にいる人間に対する気持ち悪さで頭がどうにかしそうだった。

「始めはあれだけど、慣れれば気持ちいいのよ?のんけから目覚める子もいるんだし」

交渉は決裂しているのにこいつはこの場を離れない。僕が移動しても絶対に追いかけてくる、人気が無くなるまで待つような人間だ、しつこいに違いない。頭の中を回転させる。

この人間は断り続けてもここに居続けるだろう、僕がどんな行動をとっても離れない、そんなしつこさがこの人間から滲み出ていた。

YESかNOシンプルな2択。NOと言っているのに引き下がらない。この場合必然的に答えはYESと言わないと終わらない。

それが明白になったところでこの人間がどちらのタイプなのかも解らない。こんな人間を掘るのも嫌だし、掘られるのはもっと嫌だった。


「殺してしまおうか?」


一瞬思ったが直ぐに振り払った。

僕は頭の中を整理して新しい煙草に火をつけた。

「もーしょうがないなー1回だけやで、根負けやわ」

「えっ、本間に?お酒も買ってあげるね、ここではあれやし場所変えようか?」

人間の目に火が付いた瞬間を今見た気がする。この糞みたいな状況でそれを目の当たりにした、人間のやる気というか、目的を達成したような、この今現在進行形でおきている状況にこの人間は人間の活力たるものを目に宿していた。もっと違う形でこの目を見たかった。

「ほなコンビニ寄って行こうか、何でも買ってあげる。お酒飲むやろ?」

YESが出たものだから、もう有頂天になっているこの人間にコンビニで酒を何本か買ってもらった。

「あのーどこに行くんですか?」

知らない路地をぐんぐんと勢いよく進んでいく人間に尋ねた。

「この先に男同士でも大丈夫なホテルあるからそこ行こうか」

僕は言われるがままコンビニの袋を持って、この人間の後ろについて行く。小汚い路地を抜けて、謎の高架下のような白い壁、白い蛍光灯に照らされたトンネルのような通路に入った。此処より先は一般人立入禁止と言わんばかりの異様な空気感だった。多分ここが最後で今しかこの状況を打破できないぞとこの街の空気がそっと教えてくれているような気がした。

「ねぇ、ねぇおじさん」

自分でも気持ちの悪い、甘ったるい猫なで声で話しかけた。今思い出しただけでも吐き気がする。

有頂天のこの人間は「何だい?もうすぐ着くよ」と満面の笑みで振り返った。

この気持ちの悪い人間を僕はもう人間と思うことを止めた。

それが振り返った瞬間に僕は手に持っていたビニール袋をそれの頭上にふゎっと投げた。

人間は急に飛んできたものや、予想外の攻撃に対して無意識に避けることが出来ず、受け取るか防ごうとする習性がある。

目の前にいるそれは前者で、両手を上に差し伸べ受け取る体制に入った。その瞬間、この目の前のそれは今から掘れるか、掘られるか快楽を満たせる未来を頭にめぐらし隙だらけになった。

目の前のそれの希望は本当に一瞬で終わった。

それが両手を高々と上げ袋を受け取ろうとした瞬間に踏み込み間合いを詰めた。

それから左肝臓に1発、その振り抜いた反動でアッパー気味にみぞおちに1発。

0.5秒程で全ては終わった。人体の急所を連続で攻撃した。もうそれと呼んでいた物はしばらく立てない。

目の前のそれは夜に食べた物を吐き出し、立ち上がれずに悶絶していた。僕はそっとそれの財布からさっき見せつけられた7人の諭吉を抜いてそれの吐いた吐しゃ物の横を駆け抜けた。

もし通報されれば捕まるのではないか、もしくはゲイの軍団に詰め寄られレイプされるのではないか、色んなことが頭をよぎった。

しかし向こうも売春的な行為をしているのだから通報はされないだろう。僕が行ったことは正当防衛だと言いきかせた。だが報復はどうだろう?売春しようとしてくるような奴だやりかねなくも無い。人数が多いとこちらに勝ち目は無い。

冷静に考えてはいるが、実際は焦っていた。多分あの気持ちの悪いそれが動けるまで後20秒〜30秒くらいだ。何処かに身を隠さなくてはいけない、走って亮太郎の店に行こうか考えたが、あの店は無駄にオシャレで全面ガラス張りで中が丸見え状態だ。あそこに行けば安全だがきっと見つかると迷惑をかける。

そう思った矢先に、いつもキャッチをしているガールズバーの前に女の子が立っていた。たまに顔を見るくらいで、名前も知らない。でもここだと思った。走って彼女に近づいた。

「今、店空いてるか?」

















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