第12話

 しかし何をどう足掻こうと最低2回はあの家に帰らなくてはならない。


 とりあえずあまり連絡はしたくなかったが真希にメールを打った。

「来週の月曜日に住んでた家を引き払います。新しく住む所が決まったと聞いたので解約の手続きをしました。もし残っている荷物があるなら来週の月曜日までに新しい家に持っていってください。後勝手ですが今日の夜家に荷物をまとめに行こうとと思います。勝手な連絡ですがよろしくお願いします」


 こんな業務的なメールでいいのかと思ったが、もう僕たちは終わっている。もうただの他人だ。あまり情が無い方がいいと思いそのメールを真希に送った。もうアドレスも変えられていて未送信になりメールが返って来ると思ったが、未送信にはならず送信済みになっていた。


 営業が終わって早く帰りたかったが、あまりにもすぐに帰ると、何か言われそうなので1時間くらいカルテを書くふりをして時間を潰そうと思った。

途中で日野にレッスンを見てほしいと言われ好都合だった。

10時くらいに日野と一緒に店を出た。

「今日は前田さん帰るの早いんですね」

「疲れたからな、日野も早く帰って寝ろよ」

そう言って僕は環状線に、日野は地下鉄へと歩いていった。

いつも降りる大阪駅を通り越し、家の最寄りの桜の宮駅で降車した。歩くと家まで距離があるので普段は自転車を使っていたが、それもこの駐輪場には無かった。

駅前のコンビニで酒を4本買い込み飲みながら歩くことにした。

1本目のビールを飲みながらゆっくりと家路に向かう。

たった1週間しか経っていないのに少しこの街が懐かしく思えた。

都島の中々変わらない交差点。ラーメンと焼き飯が異常に安い中華屋さん。時間の感覚は無かったがさっき買った酒は全部飲み終えていた。

今日は眠れない気がしたのでまたコンビニで酒を2本とゴミ袋を買った。

ちょうどコンビニから出た時に雨が降り始めたが、家までもうすぐだったので傘を買うのは勿体なかった。


 またふらふらと歩いていると結構時間がかかったが家に着いた。思っていた以上に雨に打たれ体は大分濡れていた。

玄関の前に着くと当たり前だが電気は点いていなくて人の気配も無かった。

重い扉を開け中に入り電気を点けた。中はほとんどもぬけのからだった。


 どうやら真希の引っ越しはもうすでに完了しているようだった。

残されていたのは僕が持ってきた、ベットと洗濯機、後は残していった服くらいだった。

酒を飲みがながら買って来たゴミ袋に入らない服や大事にしている服を詰めた

ムシムシと暑かったので網戸にしていたが雨のせいもあってか余計にジメジメして気分が悪かった。

いらない服をゴミ捨て場に持って行き、必要な服だけをクローゼットに入れて纏めておいた。

洗濯機とベットの事はまた明日考えようと今の現実から逃げた。


酒も回り久しぶりにベットに横になった。

自分がつい最近まで寝ていたベットだが何か居心地が悪かった。

今思うと、久しぶりに風呂に入ればよかったが、もうそんな気力がも無かった。

虚無感、それが1番今の僕の感情に1番ふさわしいことばだった。今、此処にこの部屋にもう僕が存在している理由や意味は全く無かった。

久しぶりに道ではなく、柔らかいベットで眠れるのに全く嬉しく無かった。

ジメジメと湿気臭く、埃っぽい楽しくもない。暗黒に堕ちていく人間はきっとこんな感情や劣悪な環境で生活しているのだろう。

僕ももうそれに片足を突っ込んでいるのかもしれない。

この家に来て僕はもう笑わないし、終始無言だった。次第に強くなる雨がさっき感じさせた虚無感を膨張させた。

酒の力もあって睡魔がやってきた。唯一いいことは今だけは、人の足音を気にせず眠れる事くらいかと記憶が途切れる前に思った。

もし僕がこの家に名前を付けるなら「ここで僕が死んだ家」にしようと思い眠りについた。







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