第11話

何より聖子にこんな電話をかけさしてしまって申し訳なかった。

いつも聖子に助けられてばかりだ。


少し目を閉じて後悔しても仕方がないと思うことにした。前を向かなければ。こんな嫌な日だからお客さんに集中しよう。そして解約の電話をしなくては・・・

頭はパニックを通り越し冷静になっていた。今日やることを頭が整理してくれている。

スタッフが出勤し始め店長が話しかけてきた。

「今日の前田やる気感じるなー何かええことあったやろ?」

「その逆じゃボケナスが!」と言いそうになったが、心に留め、適当にあしらった。

この人は全く人の感情が読めないし、的外れな事しか言わない、本当に嫌になる。


 宗教的な朝礼が終わり、1人目のお客さんを終えてから、日野に呼び止められた。

「前田さん、今日何かいつもと違いません?体調悪いんですか?」

この子は人の感情に敏感でささいな仕草によく気が付く、本当に美容師に向いている。

ただ心を見透かされたようで嫌だった。今日の朝から今まであった事をこの子に話してしまえば少しは楽になると思ったが、そんな情けない先輩にはなりたくなかった。一応彼女は僕を尊敬してくれている。

「元気やし、なんもないよ。ありがとう。すぐお客さん来るから準備しよか」

「ほないいんですけど、無理しないで下さいね」この子のようなアシスタントなら本当に安心して仕事を任せられる。

「あ、日野ちょっとだけさ俺昼出るからさ次のお客さんヘルプ着いてくれへん?」

「全然いいですけど、どっか行くんですか?」

「いや、ちょっと電話するだけ」

日野のヘルプもあってお客さんを早く終わらすことができた。

1時間ほど時間が出来たので昼食のついでに今家を契約している管理会社に電話を掛けた。


電話を掛けると自動音声に繋がった、「お住まいでのトラブルなどのご相談の方は1を、退去希望の方は2を、家賃の・・・僕はすかさず2を押した。すぐにオペレーターに繋がった。オペレーターは女の人でマンション名と名前を聞かれた。

「すいません、サンガ都島の、401号室の前田です。家を引っ越したいと思い電話しました」

「退去のご連絡ですね、ありがとうございます。前田様はいつ頃引っ越しのご予定ですか?」

「できれば最短がいいんですけど、今月中とかは難しいですかね?」

「今月中ですか?少し確認してまいりますのでお待ちください」

保留音が鳴る、やはりこう何ヶ月か前に伝えるものだ、でも空家賃を払うのも勿体無いないし困ったものだ。

「前田様、お待たせいたしました」

考えている途中で、思ったより早い対応にびっくりした。

「今月での退去は可能なのですが、今月分の家賃は発生します。後、最短ですと来週うちの社員と破損部分が無いか確認してもらうことになるのですが、ご都合のいい日はありますか?」

「でしたら、月曜日はどうですか?」

「少し確認してまいります。少々お待ちください」

また保留音。

「お待たせいたしました。でしたら来週の月曜日の13時に家の中を見させて頂いてよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。では来週の月曜、13時によろしくお願いします」

「かしこまりました、ではその時間にうちの社員を部屋に向かわせますので、部屋の中でお待ち下さい」

「わかりました、失礼します」

「失礼いたします」


 美容師の悪い癖で、向こうが電話を切るまで待ってしまう。向こうもこっちが切るのを待つまでいるのだろう、それに気づいてすぐに電話を切った。

淡々と退去の手続きが進んだ。空家賃の心配は無くなった。しかし来週から本当に帰る場所が無くなる。

オペレーターの人の声は優しそうだったが、淡々と業務をこなしているようだった。自分も営業中に電話に出ることがあるがこんな感じを相手に与えているのだろうか?

 

 そんなことも考えていたが頭の中には自分の残してきた荷物を何処かに保管してしなくてはとか、久しぶりに帰って真希と鉢合わせないか、自分の荷物はもう捨てられているのではないかと、色々なことがら頭の中を駆け巡った。




















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