第5話
「俺、そんなこと言うたっけ?朝なんて酔っぱらってるからなんも覚えてへん」
スパッと言い放ったその言葉は失礼なような気もしたが、そのような悪気を微塵も感じさせなかった。
まぁ昼間にあれだけへべれけになっていたのだから記憶などないだろう。
「お兄さん知らんまにご飯頼んでるやん、こっち来て酒飲もや」
言われるがまま僕は食べかけのパスタとビールを持って席を移動した。
「ほな乾杯しよか」
亮太郎の声とともに3人で乾杯した。
「お兄さんここ来るの始めてやんな?俺は亮太郎でこっちはよく来る島田さん。皆んなからは島さんて呼ばれてる。お兄さんは名前なんて言うん?」
「僕は前田慧悟です。24歳で美容師してます」
「えー美容師ええやんオシャレやん、もてるやろ?俺はめっちゃ普通のサラリーマン」
島さんが先に反応した、世間では美容師だとオシャレだとかモテるというイメージは払拭できないのだろう。
「いや、そんなことないですよ、給料安いし服なんて買えませんから」
華やかそうに見えて実際美容業とは過酷で体育会系だ、僕の給料なんて時給にしたらもの凄く少ない。
「まぁ若いからこれからやって俺なんかもう35やでもう働きたくないわ」
島さんの見た目はもっと若く見えたが大分年上だった。
タメ口で話していた亮太郎という男もそれぐらいの年齢に見えてきた、そうゆう風貌だった。
「ほな、亮太郎さんもそれくらいですか?」
「失礼やな、俺まだ27やぞ」
「こいつめっちゃ老けて見えるやろ?貫禄ありすぎんねん自分わ」
言葉選びを失敗したと思ったが2人が笑ってくれたのでほっとした。
「今日、亮太郎さんの事見ましたよ昼くらいに」
「えっ!?どこで?変なことしてなかった?」
本当に記憶がないんだなと改めて思った。
「僕弁天町の美容院で働いてるんですよ、ホーム出たらすぐあるところの」
「あー、あっこか俺家あの辺やねん、あそこタワマンあるやん、俺ん家その近くなんやけどあの下に降りる階段急すぎて毎日死にそなんねん」
これは弁天町に行ったことがある人間にしかわからない話で島さんはぽかんとしていたが僕は確かにあの階段は危険でいつか酔っ払いが転げ落ちるだろうなと思っていた。
その転げ落ちそうな人間が目の前にいる。
束の間3人で談笑していた、どうでもいいことを話してなんとなく素性が解ってくる。でもまだ確信めいた質問は誰もしなかった。
島さんは結構大きな会社で働いていて給料もいいらしい本当かは解らないが僕の倍くらい貰っているようだ。
島さんの下の名前は竜次で親から「竜の次に強いから竜次にした」と話していた、でも誰も下の名前で呼んでいなかった。
亮太郎は工業高校を出て大学にもいったようだが、何故か気づいたらバーテンダーになっていたらしい。
そしてこの店の店長に昇りつめたようだ。
「島さんもう終電の時間や昨日は逃して朝まで飲んでたやろ、今日は帰りや」
時計を見ると12時前だった。
「うわ、ほんまや今日朝まで飲んで全く仕事身入らんかってん」
こんな人でも僕よりお給料を貰っているのが不思議だった。
「お前は帰らんでええんか?朝早いやろ?
駅一緒に行くか?」
はっ、とした。普通はそうだみんな家に帰る。終電に合わせてみんな計算して動いている。
「僕、明日休みなんでもう少し飲んでいきます」
「そか、ほな亮太郎お会計で、今日はお前の分払ろといたるわ、こっからのは自分で払えよ」
何故か僕が今まで飲んだ分を島さんが払って行った。酔っ払いとは不思議な行動をとるものだ。
島さんが帰った後店にいた客も徐々に減り始めた。
完全に出来上がってしまっておそらく時間の概念が無いものや、ワンチャン狙ってもの凄い駆け引きを繰り広げている男女のグループ。
その残った客の中で僕だけが何もなかった。
終電も無く、駆け引きをしているわけでもない、ただ酒を飲み頼み続ければもう少し此処にいられるそれだけだった。
「島さん、ちょっと苦手か?」
亮太郎が突然聞いてきた。
「いや、そんなことないですよ、奢ってくれたし、優しそうやし」
「ほなよかった、一緒に帰らへんから、ちょっと嫌やったんかなて、島さん距離の詰め方えぐいから苦手な人もおんねん、中身はええ人なんやけどな。まぁ次も会ったら仲良したって、ほとんど毎日来るから」
「こちらこそ初対面で良くしてもらって、久しぶりによく笑いました」
「なんやねんそれ、自分病んでんの?仕事おもんないんか?」
「あー、まぁうっとおしいやつとかはいますけど、病んではないです。もう一杯ビール貰ってもいいですか?」
「自分もう結構飲んでんで、もうやめて帰りや、普通の人はこんな時間まで飲まへんし、帰って明日の準備すんねん」
意外とまともなことを言うなと思った。今日の昼間、正確には昨日の昼にベロベロで歩いていたとは思えない。
この人になら今の自分の現状を話してもいいかなと思った。話しても笑わずに聞いてくれて冗談にしてくれそうな気がした。
「うーん、僕ね家がなくて最近この辺で寝てるんですよ」
突然の告白に亮太郎もはぁ?といった顔をした。
「いや、酔うててもおもんないで、もうちょいおもろいこと言いな」
「それがね。本間なんですよ」
亮太郎の中で何かが繋がったのか、思い出したように話し出した。
「えっ、ほなさ今日の朝店の前通ったやん?
あれって寝起きでその辺ふらふらして歩いてたん?」
「そうですね、昨日はこの角の路地で寝てました、それで朝起きて歩いてたらこの店の前通ったんです」
「いや、ごめんな、お前アホなん?普通ネカフェかビジネスホテル泊まるやろ。何で働いてるのに家なくて路上生活しとんねん、お前それしだして何日目やねん、いや体絶対地面で寝たら痛いやん、昨日雨やったし、風呂どないしてるん?」
堰を切ったように問いただされた、それに一つ一つ答えていった。その間も酒はどんどん進んだ。
「そうなんですけど、こんな経験中々できないと思って、いけるとこまで道で寝てみようかなと」
「変なやつやな、俺やったら絶対どっか泊まるか友達の家行くわ、自分友達おらんの?」
「うーん、あんまりいないですね、専門から大阪やし学校では地味やったし職場の人ともそんな仲良くないですし、鞄に必要な服とかだけ入れて、都島の家から歩いてきたんですよ、そしたらここめっちゃ夜なのに明るくて人も沢山いて、狭い路地もあったからここで寝たらええやんってなったんですよ」
「自分、虫みたいやな、確かにここは明るいけど汚い街やで」
確かに自分は虫のようだった、明るいところに集まりそこを巣を作り居座ろうとしている。
たとえ虫だとしても明るくて24時間光がある街をここしか知らなかった。
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