第24話 はゆると紅愛ちゃんと渡くん①
風に吹かれて舞う落ち葉に頬を撫でられ、私は目を覚ましました。
ずいぶん長いこと眠っていたようです。水溶き片栗粉に浸したみたいにずっしりと重い身体を起こして、私はあたりを見渡しました。
そこは、昨日の公園でした。明るい空の下で見ると、思いのほか広々としていることがわかります。
私はベンチの脇に倒れていました。隣にはエルンストもベルジェもおらず、あの謎のお兄さんの姿もありません。あの人は本当に、何者だったのでしょうか。一瞬、ぜんぶ夢だったのかなと思ったけれど、私の瞳の奥にある小さな脳の頼りない
「あ、いたいた!
突然、耳馴染みのある声で名前を呼ばれて、私は顔を上げました。
公園の入口のほうからぽってこぽってこ駆けてくるのは、
やがて、
昨日は本当に長い一日でしたから、話せば長くなります。けれど二人には、話さなければならないことも話したいことも、山ほどあるのです。そして話すためには、一旦のびしろくんの身体を出る必要があります。そう思って、紅愛ちゃんに
「…………これは……?」
無意識のうちに、そう呟いていました。
その声は、明らかな人間の女の子の声として、私自身の耳に届きました。
私の見つめる先の地面には、二つの手が置かれています。その手に、私は見覚えがありました。
というより、それは過去十五年以上、文字通り切っても切り離せない関係にあって――そして今の私が、どんな富や名声よりも渇求している、私自身の手に、ほかならないのです。
徐々に不安定になっていく呼吸に合わせて、私は両手を握ったり開いたりしました。
視界の中の白く細い指が、意図した通りに動きました。
「紅愛ちゃんっ!!」
私は生まれてこのかた発したことのない大声で叫びました。
「ど、どうしたの!?」
「鏡……鏡を持ってませんか……?」
紅愛ちゃんは
そこには、まったく身に覚えのない罪で死刑判決を受けたかのように目を見開く、私の顔があります。
思わず、紅愛ちゃんの鏡を取り落としてしまいました。
ついに念願叶って、私は身体を取り戻したのです。なのに、この気持ちはいったいなんなのでしょう。この、本当は一文字も自分で書いていない小説で芥川賞を受賞してしまったみたいな気持ちは。
「さっきから、どうしたんだよ映?」
ふいに、渡くんが隣にしゃがんで、私の肩をぽんと叩きました。
「地べたに四つん這いになってたかと思えば、鏡見つめて変顔しやがって。なんか、いつもの映じゃないみたいだ」
「あ……あの……」返事に窮する私に構わず、次々と言葉を浴びせてきます。
「なあ映。奇行に走るほどストレス溜まるような出来事があったんならよ、俺でよけりゃ相談に乗るぜ?」
「渡くん……どうして、私を下の名前で呼ぶのです……?」
そこでようやく、私は
「は、はあ?」渡くんはすっかり困惑した表情で私を見下ろします。
「映のほうこそなんだよ、その他人行儀な呼び方。俺たちは三歳の頃から、お互いを下の名前で呼び合ってきたじゃないか」
渡くんはその後もなにか喋っているようだったけれど、私の耳には届きませんでした。
身体中をがたんごとんと特急列車が通過していくみたいに、心臓の音がけたたましく鳴り響いてます。
今にもばちんと弾け飛んでしまいそうな胸を、服の上から必死に押さえつけても、私の視界は上映開始前の映画館のように、少しずつ暗くなっていきます。
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