第6話壺

 月末。この時期になると、毎月飲み会が開かれる。飲み会といえば、酒の力を借りることで皆が明るくなり「一発芸やります!!」「○○さん、一気飲みするって~」などわいわいと騒ぐ、そんなイメージ。

 しかし、僕が入っている大学のサークルの飲み会は、そんな愉快を絵に描いたようなものとは異質のものだった。


 オカルトサークル。僕が所属しているサークルである。運動を面倒だと感じてしまう僕が「大学ではサークルに入るのが当然だろう」という周りの声に気圧さて止む無く選んだのが、唯一興味のあるオカルトだったのだ。


 このオカルトサークルでの飲み会が他とは異質だった。毎回十人ほどで集まり、順々に怖い話をしていく。その話をツマミに酒を飲むという変わり者達による宴なのだ。


「お、サークルからのお知らせだぜ」

同じサークルの友達と昼飯を食べているときに、丁度メールが届いた。


『今月も三十日に飲み会やります。場所・時刻はいつも通りで。今回は、ゲストも来るので是非参加して下さい。』


「今回は、お前がいつも話してるあの人が来るんだろ?楽しみだな」

と僕の肩を友人が叩いてきたので、期待してろよと返しておいた。

 そう、今回の飲み会はいつもとは一味違うのだ。異質な宴のなかでも異質な回。僕に恐怖というスパイスを与えてくれる人、あの人に無理を言って参加してもらうのだ。


飲み会当日。

この日はたまたま講義がなかったので昼まで寝て過ごし、準備などいろいろ行ってから一時間ほど早く家を出た。ゲストを呼びに行くため、家まで迎えに行く。


 家のチャイムを鳴らすと

「もう来たのか。まだ時間には早いだろう」

と今回のゲストであるユキタカさんが出迎えてくれた。"まだ準備してない"と家の中へ招かれる。


「ルーズそうに見えて、時間にはキッチリしてるんだな」

「いや、今回が特別なだけですよ。凄く楽しみですからね。皆も今回の飲み会が待ち遠しいって言ってましたよ」

あっそ、とユキタカさんが寝転がる。よく考えると、普段から化粧などしていないので、準備なんて何もないじゃないかと気が付く。


その後も、ユキタカさんが時間ぎりぎりまで寝転がっていたので、急いで家を出るハメになった。


「あ、ちょっと待て。忘れ物」

とユキタカさんが引き返す。戻って来た彼女の手には大きな鞄が握られていた。何ですか?と聞くと


「それは見てからのお楽しみ」

と笑顔ではぐらかされた。





ーーー危うく集合時間に遅れるところだったが、なんとか時間に間に合った。


「えー、今月もオカルトサークルによる飲み会を行います。今回は、特別ゲストとして、普段からお話に聞いているユキタカさんに参加してもらいました」

では、皆さん楽しみましょう、と部長がビール片手に挨拶をした。乾杯する。


「それでは、今回も交代制で行きましょう。では俺から」

と部長から順々に怪談を話していく。

 今回はなかなか面白い話ばかりだ。皆、ゲストが来るということで力が入っているらしかった。

 僕の番になる。僕はいつも、ユキタカさんと体験した出来事を話しているので、今回も体験談について話した。

 つい最近出向いた廃墟についてだ。最初は、何も起きないのでただの廃墟じゃないかと思っていたのだが、ユキタカさんが「ルール」について語りだした所から雲行きが怪しくなった。その後、二人で風呂場を見に行き、天井に張り付いているヒトらしきものを見つけたと話す。


「うわぁ、それは怖かったな。俺もルールの辺りで鳥肌が立ったよ」

部長が感想を述べてくれた。皆も僕の体験談は怖かったらしく"本当にそんな体験するんだな"と怖がってくれた。普段から作り話じゃないかと疑っていた先輩も


「ほんとのこと」

とユキタカさんが言ってくれたので信じてくれたようだ。ただ

「こいつは走って逃げたよ」

この発言は余分だったが。


 僕の後も怪談が続き、盛り上がってきたところでユキタカさんの番となった。

 ユキタカさんは、吸っていたタバコを消し「では」と咳払いをする。

「まずは挨拶代りに一つ」



***



 これは夢の話。体験者は普段から「これは夢だ」と気付くことがあるらしく、このときも夢だと分かったらしい。

 夢の中では、体験者は一人で駅のホームで電車を待っている。そこへ


「 まもなく、電車が来ます。その電車に乗るとあなたは恐い目に遇いますよ~」

と精気のない男のアナウンスが流れる。


 何を言っているんだ?と不思議がっているところへ電車、といっても普通の電車ではなく、遊園地にあるようなお猿さん電車のようなものがやってくる。


 中には数人の顔色の悪い男女が一列に座っている。

体験者は、変な夢だなと思いつつ、自分の夢がどれだけ自分自身に恐怖心を与えられるか試してみたくなり、その電車に乗った。いざとなったら、自分から目覚めることができると考えたのである。


 体験者は、電車の後ろから三番目に座った。辺りは生暖かい空気が流れており、本当に夢なのかと疑うほどリアルな臨場感があった。


「出発します~」

と男の声。これから何が起こるのだろうと不安と期待でドキドキしている。


 電車は、ホームを出るとすぐにトンネルへ入った。トンネルの中は紫色で怪しく照らされている。この光景は、子供の頃に見た遊園地の景色だなっと考えていると


「次は活けづくり~活けづくりです」

とアナウンスが流れる。活けづくり?魚の?などと考えていると、急に後ろからけたたましい悲鳴が聞こえる。


 振り向くと、一番後ろにいた男性の周りにぼろきれのような物をまとった小人が群がっている。よく見ると、男性は刃物で体を裂かれ、本当に魚の活けづくりのようになっていた。悪臭と男性の悲鳴が響く。


 体験者のすぐ後ろには髪の長い女性が座っていたが、男性の悲鳴に反応することもなく、黙って前を向いたまま気にもとめていない様子。体験者は想像を超える展開に驚き、怖くなったのでもう少し様子をみてから目を覚まそうと思った。

 気が付くと、一番後ろの席の男性はいなくなってしまい、赤黒い血と肉のみが残されている。


「次はえぐり出し~えぐり出しです」

と再びアナウンスが流れる。すると今度は二人の小人が現れ、ぎざぎざのスプーンで後ろの女性の目をえぐる。平然と座っていた女性は一変し、鼓膜が破れるかと思うほどの大きな声で悲鳴をあげる。


 体験者はこれ以上付き合ってられないと、夢から覚めようとするが


「次は挽肉~挽肉です」

とアナウンスが流れてくる。後ろからは小人が何か機械を運んでくる。機械からは「ウィーン」と音がする。その音がだんだんと大きくなって顔に風圧を感じ、もうだめだと思った瞬間に目が覚めた。


 どうやら、なんとか悪夢から抜け出すことができたようだ。この夢のことを友人に話しても、皆面白がるだけだった。所詮は夢だから。


 それから四年が経ち、大学生になった体験者はこの出来事を忘れて過ごしていた。そんなある晩……


「次は挽肉~挽肉です」

あの場面からだった。

やばいと思い『夢よ覚めろ、夢よ覚めろ』とすぐに念じ始める。しかし、今回はなかなか目覚めることができない。小人がやってくる。挽肉にするための機械を持って。

夢よ覚めろ、夢よ覚めろ

顔に風圧を感じる。


……周りがふっと静かになった。目覚めることができた。今回も何とか逃げられたと思い、目を開けようとしたとき


「また逃げるんですか~?次に来た時は最後ですよ~」

とあのアナウンスの声がはっきりと聞こえた。




***



ユキタカさんが話終えると、皆顔を見合わせた。怖いからではない。

 皆、当然のように知っている話なのだ。


 猿夢。僕もインターネットで読んだことがある。確か、この話を読んだ人も同じような夢をみるという、有名な都市伝説だ。しかし、読んだ後も僕自身は何も起こらなかった。今でも多少の怖さは残っているが、ユキタカさんが話すネタとしては意外だ。他の皆もそう感じているようだ。


「猿夢ですよね?僕も聞いたことがありますけど、怖いですよね……」

部長が気を使ってくれているが、実際は皆『ユキタカさん』ってこんなもんなのか?と拍子抜けしていた。

そんな中、ユキタカさんが


「気を使ってくれなくていいよ。これくらいオカルトマニアなら知ってるだろ?」

だから挨拶代りだよ、と付け加える。


「この話は、知った人にも影響が出るという都市伝説だ。今の所、私には何も起こってないがな」


「私がしたいのは"知った人にも影響が出る"話さ」

そう言うとユキタカさんが、ある場所の地名を上げた。同じ県に住む人なら大体が知っている所だ。

そこの山にある神社の話だっと、ニヤッと笑った。


 その神社には古くから神主がいないため、近くにある別の神社の神主が手入れをしていた。

 神主は件の神社へ度々赴いては、社の掃除を行っていた。

 ある日、神主がいつも通りに手入れをしていると床の一部が抜けてしまった。どうやら、床板が腐っていたらしい。


 いい機会だから床板を変えるか、と業者に連絡を入れる。程なく、業者が到着し床板の取り替えを行っていると、床下に手掘りの階段が発見された。

 作業に立ち会っていた神主も、この神社に地下室があるなんて聞かされておらず驚く。


 その後、神主と業者は話し合って一緒に地下室を見に行くことにした。古い神社だと、地下に遺骨が保管されていることがあるからだ。


 土を固めただけの階段を下りると扉もなく、暗い空間が広がっている。ライトで中を照らす。

土がむき出しになった床には壺が一つ保管されていた。


 暗く、はっきりとは見えないが黒と白の模様が入っているようだ。

 業者にライトを渡し、神主が壺を拾い上げる。


 壺の感触がおかしい。陶器のざらざらとした感触や、つるつるとした感触ではない。細い紐が幾つも巻きつけられているような感触。


 神主は不思議に思ったが、とりあえず地上へ持ち出すしかないだろうと業者に呼びかけて一緒に戻ることにした。

 その時、地上からの明かりで壺の全体がはっきりする。業者と共に壺を見て、二人の動きが止まった。

 二人とも見てはいけないとでもいうような、引き攣った顔をしている。


 髪だ。紐だと思っていたのは人間の髪。白い壺に、長い髪が幾つも幾つも巻きついている。

 髪は壺の内側から出ている。壺が真っ黒になるほどに。


地上に戻った神主は

「これは、あってはいけないものだ。そう感じる。他言無用にしてくれ」

と持ち帰った。


 それから数日後、業者の下に神主から電話が入る。

「私は近いうちに死ぬ。もしかしたら、君にも悪いことが起こるかもしれない。しかし、私にはどうすることもできない。多分他の人に頼っても無理だ。捲き込んですまない」

 いきなりの電話だったが、業者はすぐに理解した。

あの壺のことだ。神主の電話越しの声色からして、本当にどうしようもないのだろう。

 どの道、業者には頼る宛ても無く、あの壺の現在の在処も知らない。やるせなさい想いが彼の腹の中に残るだけだった。


ーーー電話から数週間後に、神主と業者が自宅で亡くなっていたのを発見される。

 最後までもがき苦しんだ跡と、口から髪の束を吐き出している状態で。


「亡くなった業者の同期から聞いた話だ」

ユキタカさんが話を締め、一服する。


「か、髪ですか?」

皆が静まり返っている中で、つい口を開いてしまった。


「ああ、業者本人から聞いたって言ってたよ」

「その後も、壺を見た人は不幸な目にあったらしい。業者の死体を発見したのは同期の人だったらしくてな、彼もチラッと見てしまったらしい。何故か業者の死体現場に置いてある壺らしきモノを。」


「……話してくれた彼の左手の指は三本しかなかった」

タバコを消すと、ユキタカさんが鞄を開いた。中からは黒いビニール袋の塊が出てくる。袋の周りはびっしりとお札。

まさか。

「じゃあ、皆で見ようかーーー」



***




 あの後、女の先輩が悲鳴を上げて倒れてしまったので、結局袋の中身を拝見することなく、飲み会はお開きとなった。


「根性なし共め」

ユキタカさんは家に送る最中、ずっと愚痴っていた。あれくらいで、と。


「自分に不幸が降りかかると思うと、皆怖くなりますよ」

「お前は見たくないのか?」

ユキタカさんから問われる。僕はどうなのだろう。あのまま、ビニールの中を覗くことになっていたら。


 ユキタカさんが鞄を渡してくる。「見てみろよ」と言いたいらしい。

 心臓の音が速くなる。それでも、僕の体は熱くなるのではなく、むしろどんどん冷たくなっているように感じる。


 死ぬかもしれないというのに自分から見ろというのだ。一瞬、自殺する人の気持ちってどんなものなのだろうと考えたが、すぐに消える。

 僕は自分の人生に満足するとまでは言わないまでも、面白おかしく過ごしていると思っている。ユキタカさんと知り合ってからは、特に。

 そんな、普通では知りえない異質な世界を教えてくれた張本人は、目の前で鞄を突き出している。

 僕は、慕っているこの女性に「死ね」と言われているように錯覚する。いや、試されているのか。


 鞄を受け取る。今ならまだ間に合う。「僕には無理です」と断ればいい。

 怖い。壺が怖い。それ以上に、何よりも僕が恐れているのは、自分自身にだ。死ぬのが怖いとかそんな気持ちとは程遠く、僕は願ってしまっている。


 見てみたいと。


 神主が、この世にあってはいけない物だと言う程の壺。そんな不吉の塊のような存在を、純粋に見てみたいと思ってしまっているのだ。


 鞄を開く。頭の中では、正常な僕が悲鳴を上げて拒んでいるのに、狂った僕が悲鳴を上げて喜んでいる。

 ビニール袋が、深夜の道路で暗く灯っている街灯に照らされる。僕は死にたいのか?


 お札が幾つも貼られたビニールの口を開く。この中に壺が……。


 瞬間、景色が暗転し、視界が霞む。ユキタカさんと連れ添って道路に立っているはずなのに、地面から浮いているような錯覚を起こすーーー。


「そこまで」

とユキタカさんから鞄を取り上げられた。


「そんなに怖いなら、見なければいいのに」

言葉とは裏腹に、彼女はビニールに手を入れる。中身が見えてくる。


 壺。しかし、壺であるが、彼女が語った話のように髪は巻きついていなかった。

 偽物、とユキタカさんがつぶやく。


「本物が、こんな粗末な保管されているわけないだろ」

僕は地面に座り込んだ。腰が抜けたようだ。


「しかし、さすがだな。私が見込んだだけはある。中身を確認しようしてたとき、いい顔してたぞ」

満面の笑みだったよ、とユキタカさんがニヤッと笑う。


「じ、じゃあ本物は?あの話は嘘だったんですか?」

「いや、本当の話だよ。本物はもっと厳重に保管してあるんだよ」

「私の家で」


 この日以降もサークルによる飲み会は開かれたが、ユキタカさんが招待されることはなかった。


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