やばい人とは距離をとろう

 さてはて、ここで一般論の問題だ。


 始業式。新たな学年の始まりの日に遅刻、しかも理由は寝坊。さらに本人はニコニコと謝罪の言葉を述べる。


 こんな女子、というか人間がいたらどうするか。……誠也達常識人の答えは“関わらない”だ。そんな人間なんらかの問題を持っているに違いないから。ただ、問題があるとすれば――


(席、目の前なんだよなぁ)


 物理的に近すぎる事。この距離では関わりができることは必至であり避けようがない絶対的な理不尽である。しかもこの少女、天城はおそらく、いや確実にコミュ力お化けである。そう誠也は確信している。だって――


(あの鋼の精神はそうじゃないと説明がつかない)


 そういうわけで目の前の天城という少女との関わり合いは最小限にまで削る事を脳内裁判で決定した誠也は、担任たる藤沢先生が朝礼を締め括り鳴ったチャイムと同時に席を立とうとする。その目論見は――


「和泉君!私天城天音っていいます。よろしく!」


 輝かんばかりの笑みで封殺された。本人は自覚なしのことであろうが。


「あ、ああ。よろしく天城さん」


 天城の挨拶。それに誠也はやや引き攣り気味笑みを返す。周りからの好奇に満ちた視線を感じながら。


「えへへ。早速友達できちゃった」

「お、おおう?」

「私、引っ越してきたばっかりだからまだ友達いなくて。だから誠也君が友達になってくれて嬉しいです!」

「はは……それは良かった」


 そう言って彼女は快活に、爛漫に笑った。


 それに対して誠也は“引っ越してきたばかり”というフレーズに頭を抱えることになった。誰だって初めては大切だ。初めてのお菓子、初めてのゲーム、初めての学校、初めての“友達”。これでおそらく距離を取ってもしばらくの間は付き纏われることになるだろう。この一瞬でどうやって友達認定されたのかは不明だが、今彼女にとって誠也は唯一の友達で最初の友なのだから。


「それじゃあ私、ちょっと行ってきます!」

「行ってくる?」

「はい、お話ししてみたい人がいっぱいいるので!じゃあね!」


 そう言って立ち上がり誠也の隣を通る、と同時にふわりと香る薔薇の芳香。横からわかる整った顔立ち。美しい。とても美しい少女である。人並みにテレビを見る誠也をしてもそう見ることのない類の美少女。

 きっと多少素行に問題があろうとも普通の男子、もしかすると女子ですら繋がりを持てるだけで喜び勇む存在。そんな中、問題を運んできかねない厄介な存在としか見えない誠也は少しズレているのだろう。一部男子が嫉妬の目線を向けているあたり間違いでもないが。


「疲れた」

「大変でしたね。誠也君」

「ああ、本当だよ」


 いつのまにか天城の席に座っていた深月は誠也の事を労った。彼の思考をなんとなくだが理解しているから。


「誠也君のお友達……今年はさらに減りそうですね」

「本当だよ……はぁ、ああいうのは周りから見るので十分。俺は傍観者でいたいのになぁ」

「誠也君はそういう星の元に生まれていますから」


 誠也はモテる。面倒見が良く性格は基本温厚(陽奈を除く)。顔も悪くないし頭もいい方。そういうわけで年2回告白イベントがある程度にはモテる……が、それが原因で男友達は少ない。そして今年は更にひどくなりそうなのだ。あの超美少女によって。


「本当に見るのもされるのも嫌だよ。虐めは」

「誠也君はやり返しますけどね」


 ⁂


 つつがなく始業式は終わり放課後。サッカー部である一颯とそのマネージャーをやっている陽奈。この二人と別れた後誠也と深月は第二校舎に向かっていた。


「久しぶりの部活です」

「俺は今戦々恐々としているよ」

「長谷川部長、きっとそわそわしているんでしょうね」

「あの人サプライズに命かけてるからな。しかも表では優等生で通してるもんだから、部長のサプライズ欲が俺たちに集中する」


 そしてたどり着いた部室前。二人は顔を見合わせてアイコンタクト。ここは男の意地で誠也が先陣を切ることにし、ドアノブに手をかけ一息に扉を開く!


「………?」

「何も、ない!?」

「んな馬鹿な!?」


 中は完全な無人。春休みの間誰もこの部屋に来なかったのかテーブルの上には埃が溜まっており、それらは綺麗に積もっている。つまるところ何か動かしたような形跡はなくそれらしき装置はこの部屋には存在しないということ。


「さすがの先輩も間に合わなかったって事か?」

「確かに今日はそんな暇なかったとは思いますが……」

「……そうか、先輩も今年は三年生。もう受験勉強で忙しくなっていてもおかしくはない!」


 誠也達は高校2年生。したがって先輩は3年、最終学年且つ受験生であるということになる。そして今は4月。少し早いような気もするがそれなりのレベルを目指すならば決して早く過ぎはしない時期。よって流石の部長もサプライズの準備をする時間を取れなかった。そういう推論を誠也はした。そしてそれは――


「確かにその通り――」


 パァン!


「――ぃ!?」

「わっ!?」


 後ろから不意になったクラッカーの爆発音によって否定された。


「はっは!サプライズだ!どうだ!驚いたか?驚いただろう!」

「長谷川部長……!心臓に悪いので本当にやめてください!」

「その通りです!」

「む、それは悪い事をしたか――」


 誠也と深月も抗議に眉尻を下げるゴツい大男。身の丈190cmはありそうな巨漢はクラッカー片手に困ったように頭を掻く。が


「――だが断る」

「断らないでください」

「いや断固拒否する。何故ならこんな事を出来るのは高校生の間だけだからだ」


 手を前に大き突き出してNOを主張する長谷川部長。それに対し誠也が青筋を立てる。


「それな――」

「いいか?失敗が許されるのは子供の間だけ。つまり悪ふざけもそうだ。こう言ったサプライズは家族を除けば誕生日と言った日ぐらいにしか行うことができなくなってしまう。それはとても寂しい事だ……なら、将来の分も今やっておくべきだと思わないか?」

「な、なるほど?」

「誠也君。騙されちゃダメです。人に迷惑かけていることは変わりません」

「確かに!」


 一瞬部長の合ってるようで合っていない理論の丸め込められるも、深月によって正気に戻され再び部長に厳しい眼を向ける。しかし当の本人は謎にドヤ顔を決めておりそれが更に誠也と深月の炎に燃料を投下してくるのだ。まじでコイツどうしてくれようか……そう二人が思っていると、部長の後ろから一人の女性が現れた。


「長谷川君、謝罪」

「ん?水瀬か。だが、何故謝罪を?今和泉も納得してくれたのだが」

「いいから誠也君達に謝って。もう三年生なんだからそのぐらいはして」


 三年の良心こと水瀬明日香副部長である。普段は優しい彼女の迫力に驚いたのか素直に部長が頭を下げた。この世で1番信用ならない頭だが。

 それを溜め息つきながら見た水瀬。


「ごめんね?誠也君、深月ちゃん。こんなのが三年生で」

「む、こんなのとは――」

「シャラップ」

「……………」


(犬と飼い主かって毎回思うんだよな。ほんと明日香先輩には感謝だよ)


「あ、そうだ。さっき藤沢先生に会ったんだけど、なんか今日いい報告があるみたいだよ?」

「そうなんです?」

「それは楽しみですね」

「うんうん。あ、噂をすれば来たよ。ほら」


 廊下に半分出ていた水瀬が藤沢先生の姿に気づきそちらを指し示す。それに釣られて誠也も老化を覗き……


「二人いる?」


 藤沢先生の後ろにもう一つの影を見、なんと無しに嫌な予感を覚えたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ヒロイン登場

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