始まり
――ジリリリリリ
―パチ
「がっこう……」
朝六時
誠也はいつも通りの時間に起きてジャージに着替え家を出る。
自分磨きの一環として、いつの間にか習慣になっていた二キロマラソンを終えたら朝風呂に入り、朝食を食べまた家を出る。
学校は自転車で通える公立高校。
だが、今日は自転車を使わず徒歩で行くことにしていた。
一年の始まりの日。そんな日くらいはゆっくりと景色を見たい。
「おはようございます。誠也君」
「おはよう。深月」
そう、彼女が言ったから。
「久しぶり」
「はい。五日ぶり、ですね」
「そっか、五日か……家が隣でも意外と合わないもんだな」
「そう、ですね。でも今日からは毎日ですよ」
家が隣。中学生の時に引っ越してきた彼女は幼馴染みというには短いが、ただの友達というには関係は深い。もちろん彼氏彼女の間柄ではない。
「クラス替え楽しみですね」
「そう、か?出来れば前のままが良かったけど」
「確かに平和なクラスでしたね」
「イジメとか、そういうのも無かったし。心地良かったんだけどね」
心地の良い距離感を保ってくれるから、もしかすれば男含めて最も誠也と仲がいいかもしれない女性。
そんな彼女と他愛もない雑談をしながらいつも通りの、強いて言うなら花より葉が目立つ、葉桜の下を感慨深く歩いて行く。そうしていると同じ制服の子が目につくようになってきた。
今日は始業式。新しい環境に期待を抱き、みんなが浮かれている時期。だからかなんとなく通学路も普段より活気があるように感じられた。
校門の教師に挨拶。そのまま二人さっさと昇降口まで向かおうとするが、途中で誠也の肩をポンと叩く人物がいた。
「よっ、お二人さんおはようさん!」
「おはよう。
「おはようございます」
桐島一颯
これまた中学の時に知り合った友達でそのまま仲良くなった、親友とも言える間柄の人間。
「いやー、それにしても皆んな浮かれてるねー」
「昇降口前の光景を見てから言ったら?」
「悲惨、ですね」
昇降口前。つまるところ新しいクラス分けが書かれた紙が貼られている場所だ。
その前には抱き合い笑みを浮かべる勝者と、膝をつき打ちひしがれる敗者が多数。そして、そいつらを冷たい目で見る男どもが大量に。
「勝っても負けても、持たざる者からすれば羨ましいっていうことだ」
「うわー。俺も心配になってきた」
「大丈夫ですよ。きっと陽奈ちゃんと一緒になれます」
「深月さん!」
「でも、お前ら去年五月蠅かったからな。多分別だぞ」
「そんな……!」
意地悪言わない。と深月に叱られながらもクラス分けの紙にたどり着き自分の名前を探す。
「俺は……B組だ」
「私もです」
「俺もー。……陽奈一緒だぁ!!」
「騒音対策工事してもらうか」
「そんなに迷惑だった!?」
聞く分には楽しかったよ、と流しながら誠也は新しい教室に向かって歩き出す。
実際、一颯とその彼女である陽奈のいちゃつきは見ていて楽しいのだ。だから揶揄っただけで本当は一緒のクラスだといいなぁ、くらいには思っている。
ただ――
「おっはー一颯、深月!」
「おはよう!陽奈!」
「おはようございます」
「うんうん。おはよう!……それでヘタレな誠也君の挨拶は?」
これは嫌なのだが。
「おはよう」
「ふーん。ヘタレでも女子に挨拶はできるんだー」
「こうなるからしたくなかったんだよ!」
基本誰とでも上手くやる彼女は何故か自分に塩対応なのだ。いや、理由はわかってるのだが。それでもやはり釈然としない。
「ねね、深月。こんなやつ捨ててさ、もっといい男捕まえようよ」
「えっと、私は今の関係が気に入ってますから……」
「えー。でもこんなに深月が誘ってるのに、手を出して来ないんだよ?ゲイだって絶対」
「誘ってません!」
「誘われてねぇよ!」
思わず顔を引き攣らせながら突っ込む。往来の中心でなんてことを言うんだこの娘は、と。
「ま、別にいいんじゃねぇの?二人は友達なんだし、今のままで」
「えー、深月が乙女の顔してるところ見たいのにー」
「お前の欲望じゃないか!」
「そうだよ?私の欲望だよ?」
「こいつ」
堂々たる自己中宣言。ピキリ、と額に青筋浮かべた誠也。けれども素早く一颯が間に入る。
「はい。誠也君は先にクラスに行きましょ!」
「あ、おい、ちょ、離せ!」
「いやですー。俺の彼女には指一本触れさせませんー」
そのまま絡み合いながら小さくなっていく二つの背。それを見送る女子二人は苦笑し笑い合う。
「仲良いよねあの二人」
「誠也君も楽しそうです」
「ほんと深月は誠也大好きだねー。あれのどこがいいんだか」
肩をすくめて首を振る陽奈。それを困ったように苦笑しながら深月は言う。
「誠也君は優しいですよ。すごく」
「そうー?一颯が優しいって言うのはわかるけどー」
「ああ見えて優しいんです。誠也君は」
そう言って優しげに目を細めた深月を見て陽奈はふーん、とだけ呟いた。
そして声色を変えて、新しいクラスの話題に変えるのだった。
⁂
がやがや
がやがや
新しい教室。新しいクラスメイト。新しいことざんまいで浮ついた雰囲気が漂っており、あちこちにテンション高めのクラスメイトが散見される。因みに残りは緊張で固まってる奴らである。
そんな中、一颯はサッカー部仲間と談笑中で、深月と陽奈は二人でいろんなグループを回っている。というより陽奈が連れ回している。恐るべし、陽の者コミュ力よ。
そして誠也はというと……普通に一人だった。別に誠也の友達が少ないとかそういう訳ではないのだ。本人曰く友達を選んでいるだけ、とのこと。
そんな事を思いながら本人は目の前の空席をぼんやりと眺める。
「はーい。席着いて。一分前だけど朝礼始めるよ」
「「「はーい」」」
教師の登場。上背があり顔立ちも整っている方。だけど気怠げでやる気のなさそうな、そういうジャンルの男教師。30代。ちなみに好物はどら焼きで誠也と馬が合う人だ。ただ――
(顧問が担任か………なんか嫌だ)
部活だけでなく、教室でも一緒でいたいかと言うと、そうでもないのだが。だって生徒と教師だもの。
「それじゃあ1番、天城天音……あれ、いなくない?」
(ん?いない……俺の前空席!?)
誠也の苗字は
「んん?今日欠席者の連絡はなかったはず……初日から遅刻かな?」
まさかの遅刻。初日からそんな強烈なインパクトを残す天城天音とは一体どんな人物なのか。誠也は、クラスメイト全員が思ったその時――
「おはようございます!!」
スパァァン!と扉が勢いよく開かれ、一つの影が飛び込んできた。
「えっと、あれ、先生?……間に合ってない?」
「ガッツリ遅刻だよ?」
全員の視線が集中していることに気づいて、ようやっと自分が遅刻している事に気づいたらしいちょっと寝癖の残るその女子は困ったように笑った後――
「えっと……えへへ、寝坊して遅れちゃいました。ごめんなさい!」
大輪の華を咲かせた。
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