第5話

リクはここから歩いて二十分程のところに自宅があると言ってきて、泊っていかないかと私を誘い出した。


「大分酔ったな?」

「まだ飲み足りないくらいですよ。もう少し貴方と話がしたい」

「これ以上飲んだら潰れるぞ。……とりあえず自宅まで一緒に行くから立て」


店を出ると夜風が肌寒く感じた。住宅地を歩いていくと街灯の明かりが低く路地を照らし出していた。あるマンションの前に着くと此処が自宅だと彼が告げてきたので、出入り口先で別れようとすると、中に入ってきてくれとせがんできた。彼は私に寄り添ってきて額を肩につけてきた。


「この匂い……どこか懐かしいな」

「酒の匂いで充満しているぞ?」

「ふっ。いちいち真面目に答えないでくださいよ。家に上がってください……」


彼は酔い潰れそうになってきていたので腕を私の肩にかけて支えるように自宅へと上がっていった。室内はあまり家具が置いておらずすっきりとした間取りになっている。靴を脱ぎベッドへ身体を寝かせるとまた私の腕を掴んできた。


「もういいだろう、本当に帰りたいんだ」

「ここまで来たんだから……僕を抱いていきませんか?」


私はため息をついて床にしゃがみこんだ。


「あのな、俺は誰も抱かない。君は何か勘違いをしていないか?」

「していない。初めて二人で会った時から貴方の事を知りたくて。ナツトさんの事もわかっていてわざと今日呼び出した」


ナツト以外の男とは関係など持ちたくもない。


ただそれをわかっているくせにこうして綺麗な顔立ちをしている彼の表情を眺めている自分が今にも何かで満たしたいという思いに駆られていた。ここまで媚びでも売りたいものだろうか。いや、相手をそういう思いにさせているのは私の方なのだ。


「顔……見せて」


彼は女性の様に囁きながら私を見つめてきている。私の心は追えぬ程衝動的に揺れていき少しずつ彼の顔に近づいていき、鼻先が当たる寸前で立ち止まった。


「ジュートさん。貴方は僕を必ず好きになる」

「それはない。ただ……君は寂しさを何かで埋めたいんだろう?」

「気づいた?」

「ああ。君はいつもそんな表情をしている。だが私で満たすことで本当に後悔はしないか?」

「しないよ。ママの言っていた通り、貴方は愛らしい人だ。僕が、堕としてあげる」


彼の何処か憂いを帯びた瞳に吸い寄られていく。私はその衝動を抑えきれずに息を潜めながら彼の唇に口づけをした。

均等に整うふくよかな真紅の花弁は何度触れても甘美だ。その奥に舌を交えるとお互いの忍ぶ密やかさが露に浸して溶けていく様で、彼の秘部を知りたいと直に身体が覚えていきそうになる。

彼は私のうなじに両手を添えてその二つの大きな瞳でこちらの顔を眺めていた。


「初めての感覚がしないな。この目も鼻も唇……どれを見ても全てが欲しくなる」


此の遣る瀬無さは何だろうか。その手が顔の部位を触れてきては背筋に誘惑の糸が絡み始める感触が覚えていくのをこの身体に透過させた。私は生唾を喉で飲み込む仕草を見せると彼の目は細く微笑んだ。


「貴方は正直だ。もっとその奥にある本性が見てみたい」

「君は怖いくらい夢魔の気配を感じる。一度其れにはまればその夢から戻れない気がしてならないよ」

「ふふっ。そこまで落ち入る必要はない。……さぁ、服を脱いで確かめ合いましょうよ」


その夢はうつろいながら私の脳裏に焼きついていった。お互いに衣服を脱ぎ捨てて窓辺に差す十六夜の中で、酒の酔いを残したままベッドの毛布を床に落として、裸体になった身を預ける様に私達はそれぞれの温もりを確かめ合った。


──二時間ばかりは過ぎただろう。リクの肌に身を委ねて何度か重ねたこの獣心は元の自分に戻れるのか、隣で眠る彼の姿を見ては、魂さえ震えて出ていきそうな余韻に重なりつつある。彼を起こさない様にベッドから起き上がり、シャツと下着を身につけて自宅に電話をした。


「何時だと思ってる?」

「すまない。飲み過ぎて今ママの家に居る。一晩泊まっても良いって言ったから、早朝に帰る」

「嘘が見え透いているよ。」

「えっ?」

「ママに電話したよ。福部さんと一緒だって。彼の家に居るんだよね?」

「……反省してます」

「良いよ。だから明日早く帰ってきて。じゃあ寝るね」

「おやすみ」


私は彼にあまり隠し事をしてきたことはなかった。そうか、長年一緒にいるんだものな。何処へ行こうが誰といようが彼奴にはお見通しなのだ。再びベッドに入り込みリクに背を向けて横になり暫く考えた後、寝返りを打った。


彼の寝顔は安らかだ。抱いた時に少し苦しそうな息遣いで揺れながら身体の温熱を束縛するように吐いていき、身に纏う鎧を剥ぎ取るように喘ぎ声を発しては私の顔を終始見つめているのを記憶に残っている。


彼は何かを抱え込んでいる様だ。そのはけ口が何処にあるのか、手探りで彷徨う流人の様な気配さえ漂ってくる。

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