第6話 心の解離

「ツチノコ?政府が言いふらしている人間の変異体が確認されているとかいう話ですか。なるほど、あなたがたはその信じられないような話をもとに僕たちに?」


 声には出さなかったが、ジャックは軽く鼻息を飛ばしそうな言いぶりだった。ツチノコについて、聞いてもいないのにぺらぺらと説明口調で祖母に問い返した。私はこのときにはじめてその存在について知った。ジャックは以前からツチノコを知っていたようだったが、情報が不確定なものであるためか、私には伝えなかった。


 祖母は、突き返してきたジャックに反抗するかのように言い返した。


「本当なのよ、ツチノコはいる。…そうよ、ジャック君たちが私たちを信じる、いえ…信じざるを得ないんじゃないの?」


 私とジャックは同時に顔をしかめた。証拠も出さずにひたすらまくしたてて食い下がる老婆に、ジャックは嫌悪感を抱いていることが見て取れた。


「わからないな。もしかして、僕の叔父の安全をあなたが握っているということですかね。家族を守るためなら、僕はあなたの言うツチノコにすがるしかないと。そういう感情論的なことですか?では、ツチノコが実際に存在するという証拠を。僕は、政府を倒すために必要なカードを集めるためにあなたと会合を開きました」


「正直ね。私がツチノコだと言ったら、証拠になるわよねぇ?」


 ジャックは表情をそのままに私に目配せした。それは、私の考えを読み取ろうとするしぐさに見えた。祖母は素肌をあまり見せないようにしていたが、どう見ても人間の形にしか見えなかった。そもそも私はツチノコを見たことがなかったので判断がつかなかった。


 何かを思いついたかのように、祖母はホッと声を出して声を高くして言った。


「私がシェルターの外に行って戻ってくる。これでわかりやすいでしょう?」


 ジャックは考えながら頷いた。私もそれがいいことを伝えた。了承が得られたことによって、会合はそこで一旦お開きになった。ジャックと祖母は一番シェルターに近い場所に車を飛ばした。私は例のごとく一緒に行くことは許されず、ガレージで車を見送った。祖母は、私も一緒に連れていきたいとごねたが、ジャックはそれを認めなかった。


 数時間後、二人は食堂に戻ってきて、会合は再開された。


 私は、ジャックが映像証拠として撮影してきた動画を見させられた。動画の撮影場所は政府が移動用に建設した場所ではなく、がれきがごろごろしている荒れた岩場であった。おそらく祖母の率いているグループが、無理やりにこじ開けた抜け道で、周りのがれきはそこから掘り出されたものであると推測できた。ハンディカメラで撮影していたジャックは、度々苦悶の声を漏らしながら祖母の後をついていっているようだった。


「…これ以上行くと暑くて無理です!」


「あらぁ、じゃあ、ここまででいいかしら?」


「僕はここにいますから、外に出てみて下さい!」


 ジャックはシェルターの出入り口近くにはいたが、外に出ることはなかった。映像は常に祖母のシルエットを真ん中にとらえていて、遠くに向かって歩いていることが分かりやすかった。


「外まできたわー!」


 小さな音声だったが、祖母の平気そうな声が動画の中から聞こえた。映像では外の様子まではわからなかった。その後、祖母はカメラの近くまで戻ってきて、動画は終了した。


 ジャックは首にかけたタオルで汗を拭きとりながら、私に言った。


「映りが悪くてごめん。わかりにくいと思うけど、変なところがあったら言って」


 映像から推測できる不明点はなかった。この映像証拠によって、ツチノコというシェルターの外でも生きられる生物が存在することが証明された。そして、人の姿をした人でない生物がいることも同時に証明された。


 私はこの事実に大いに焦った。もし、人を見つけて殺したかと思ったら、ツチノコであったということも考えられるからだった。祖父の教えにのっとれば、人以外の生物すなわち自然界にあるものを犯してはいけないということになると思った。


 私がいろいろと考えを巡らせていると、祖母は私のほうをじっくりと見て言った。


「私の孫よ、私のもとに来なさい」


 迷える子羊を救済するかような生暖かい言葉であった。ジャックは体をこわばらせ、表情が険しくなった。


 私の信条からすれば、その申し出はかなり理にかなっていた。周りにある自然界の生物と共生することは、ツチノコと道を同じくすることと同義である思った。だから、私が申し出を受け入れないという選択肢はなかった。私は素振りには見せなかったが、肯定の目線を祖母に送った。祖母はしわしわの口元をゆがませてにっこりとしたように見えた。そしてジャックに言った。


「後だしみたいで悪いけど、私が戻ってきた理由はね、このシェルターを破壊することなのよ。そして、国中の人をツチノコにして、摂氏二千度の環境でも生きられるようにすることが目的。それが実現できれば、後のことはどうでもいいのよ。だから、ジャック君。あなたが今の政府が推し進めているシェルター建設をつぶして、ここのシェルターも破壊することを約束すればね、私は全面的に支持するわ」


「それと、糸をそちらが引き入れることに何の意味があるんですか?」


 ジャックはいつもより大きめの声で言った。


「少し言い方が悪かったわ。私が率いるツチノコの実行部隊の中なら、ジャック君の監視が無くても計画を進めることが可能になるの。人間が周りにいないのだから。つまり、私の部隊に来たほうが、手間が省けるじゃない。その、ジャック君も」


 ジャックが簡単に頷けない理由が、私にはなんとなくわかっていた。彼の家の財力は『地球の子』の運営に深くかかわっており、私の暴力は彼の支配力を顕示する重要な要素であった。


 祖母は返答を待っていたが、ジャックの沈黙は長かった。まるで、眠っているかのように顔を下に向け、微動だにしなかった。ようやく、前を向いた彼は少し枯れた声になっていた。


「あなたと僕が手を組むか、正式に決めるために、少し質問をしてもいいですか」


 祖母は頷いた。


「あなたが思う人間を人間にするものは何ですか」


「…心、ね。私なら魂とも言い換えるわ」


「では心の存在があれば、どれだけ姿が変わろうとも、人間は人間だと言えますか」


「それは、個人の判断でしょう」


 私は哲学的な話は苦手であったので、話が頭に入らなかった。それでも、祖母は続けた。


「でもね、あなたはまだわかってないわ。だって、ツチノコは人間の変異じゃなくて、人間の進化だもの。人の存在を超えた、上位の生き物よ。まぁ、まだこちらでは研究不足で、決定的な根拠はないんだけど。ついでに言えば、人間の姿にこだわる必要なんてないのよ、自分の存在が認識できれば」


 祖母は自分の細い手首をもみながら言った。今までになく真剣に考えているジャックを見て、私は話の深刻さを読み取っていた。対して、祖母の底知れない度胸にジャックでさえも踏み込めないラインがあることが、感じ取れた。


「なるほど。では…提携を結びましょうか」


 ジャックは姿勢を正して言い放った。


「ありがとう。私のほうも、大いにバックアップするわね」


 二人は立ち上がって握手をした。私はテーブルに着いたままその様を見ていた。


 ジャックはその後も何度か祖母と会合を開いていた。祖母は様々なデモや抗議運動の指導をしているため、時間は短かったが、ジャックの用意した計画をたたき台に、計画は着々と進んでいった。私にはすべての情報が提供されることはなかったが、近々ツチノコの部隊に合流することをジャックはほのめかしていた。


 ある日の夜も更けたころ、ジャックは話があると言って私を散歩に誘った。外出をするのは久しぶりのことであったため、ジャックの計画がいよいよ動き出すのではないかと感じていた。


 少し肌寒い風が吹く町は、閑散としていた。真夜中ということもあり、人の気配は一切感じられなかった。所々に立っている街灯の真下や、路地裏の闇に人の姿を探しても、何もなかった。ただジャックと二人歩いている夜の世界に、少ししんみりした気分を覚えた。私のセンチメンタルを察したように、ジャックは私に言った。


「…そろそろ他人に会いたいんじゃないか?」


 私は何も言わずに、ジャックの後ろをついていった。近くの住民に会う機会はことごとく排除されていたため、確かなり腕は鈍ってきていると自覚していたので、ナイフを振るっておいたほうがいいとは内々に思っていた。しかし、私は人を求めているのではなく、逆に殺さなければいけないと考えているのだから、簡単に肯定することはできなかった。


突然、立ち止まって私のほうをぐるりと振り返った。少しのけぞった私にずいと顔を近づけて、すごんで見せた。その表情はあまり普段とは違わないもので、私はあまり恐れを感じなかった。


 数秒あって、ジャックは引き下がった。そして、思いがけないような発言をした。


「糸、君は今ここで、俺を殺すことはできるかい?」


 さらりと告げて、ジャックは愛用の縄を歩道の端に投げ捨てた。それは、彼が地下シェルターにおいて逃げ回ったり、拘束したりしないという合図であった。


 私はその行動の真偽を疑った。


「どう?できそう?」


「……」


 私はなぜか二の句が継げなかった。目の前にいる丸腰の人間を、ナイフで貫くだけの行為が、ルーティーンのごとく行ってきた行為が、ジャックにはできる気がしなかった。私は施設でともに過ごした年下の殺し手も、手心をかけてくれたセレンも殺すことができた。そのときは、悲しくもなかったし後悔もなかった。言葉が口から出ないほどに、私は自分の心境の変化に驚いていた。


「君は、きっと俺を殺すことはできないよ…」


「どうして」


「俺も、人を殺すことができないからさ。最近気づいたんだ、この社会ってやつの構造が。周りにいる人たちが皆、大切でいとおしくて、守らなきゃいけないと思ったんだ。俺の妹とおじさんとおばさん、そして俺が声をかけて集まってきてくれた人たち、その人たちにも大事な人があって、少しでもカードを抜けば壊れてしまう、そんなトランプタワーみたいな弱っちいシステムが、人の社会なんだろうなってさ」


 ジャックは話しながら縄を拾い上げた。ためらうこともなく人の社会という言葉を私の目の前で使うという性格に、驚愕せざるを得なかった。軍隊の基地に私を引き取りに来た時も、ジャックは周りにいる人は助けなければいけないと思っていたのなら、私は必ず彼を殺していた。


「君も、俺との関係を作って存在に愛着を持ったから、殺すことができない」


 私は耐えかねた。


「違う、それは無い。ジャックを生かしておけば、もっと大量に人を殺す機会があると思うからだ」


「うまい言い訳だね。そんなことをしなくても、君の実力ならジェノサイドを実行できるよ。今すぐにでも。しかし、」


 ジャックは私の顔に指を突き付けた。私はどうしてジャックが深夜に外に出て話を始めたのか理由に検討がつかなかった。


「いつか気づくさ。俺は変わったよ、先生の所にいたチビのときから」


「俺は変わっていないよ」


「では、なぜ殺さないのかな?あの頃の君は誰かを殺したくてしょうがない、獣だった」


「つまり何が言いたい」


 私はしびれをきらして突き付けられた指を手で払った。ジャックは振り払われた反動のままによろけたが、目は笑っていた。ぱちんと指を鳴らすと、足音が近づいてくるような地響きを感じた。その轟音は私の背後からも鳴り響き、今にも歩道にひびが入りそうなほどであった。


 あっという間に大勢の人の形が私の周囲を取り囲んだ。それぞれに個性を持った服を着ているが、顔一面を隠す真っ白な面をつけている点においては全てが同じであった。武器の類は持たず、ただ突っ立っているだけの人形のようにも見えた。


 ジャックは両手を軽く広げて私に言った。


「これだけのツチノコの兵士がいれば、もう君の暴力はいらない」


 ジャックは私の顔を見て笑いかけた。その笑みは私を見限ったことを決定づけていたかのように見えた。そして、私が次にする行動は決まっていた。


 私は間髪を入れずに、今まで以上に精神を集中させてジャックの首筋をめがけて突っ込んだ。ジャックはそれを正面から片手で受け止め、ナイフは顔面の寸前で止まった。私は勢いに任せて叫んだ。


「俺はツチノコの部隊と一緒に動くんじゃなかったのか…?上の連中を失脚させていくんじゃなかったのか?」


 私は左手にも隠していたナイフを、ジャックの腕に刺した。ジャックは激痛から歯茎をむき出しにして、私の腕を離した。どうやら刃を向けられるとは思っていなかったようで、目を見開きながら悶えていた。周りにいるツチノコたちも、困惑の声を上げていた。私はジャックの首筋にナイフの刃を当てた。


 私はジャックの首の分厚い黒い首輪に気が付いた。これでは首を落とすことはできなかった。


「…必要ない。俺の計画に君の出番はない」


「嘘つきが」


「出所したばかりのときはステージにまでたたせて、すまなかったよ。それに関しては今、その発言と逆のことをしていると認める。さぁ、殺すか?」


 私は反射的にナイフでジャックの首を切ろうとしたが、刃はがりがりと首輪の溝をこするばかりで頑丈な壁を通らなかった。首が駄目だと思った私は、刃が下に向くように持ち替えて今度は腹部をめがけて腕を振り上げた。


 このとき、私は周りの景色は限定されていて、見えていたのは忌々しい首輪と明太子のように生臭い腹だけで、周りの視線は一切考えていなかった。そのため、ジャックが私の腹を突然蹴った反撃は予想外の出来事であった。ジャックの攻撃でバランスを崩して、数メートルほど遠くに飛ばされた。


 切り落とす対象の焦点を失って、視界は再び広がった視界では、私と入れ違いにジャックに向かってツチノコが近づいていた。ジャックは彼らに気づいていたようで、彼の眼はずっと私からフォーカスを外すことはなかった。一体のツチノコが今手をかけようとする寸前で、ジャックは勢いよく立ち上がってそれらを振りほどき、波のように畳みかけてくるのをかわした。


 私は自分の行動を顧みて、祖父の教えに反する行いをしたことに、とても驚いていた。ジャックは私の体を一瞬で拘束できて、私の身体能力をしのぐ瞬発力と脚力を持っているし、体の自由を奪えたとしても首を刈るには首輪が邪魔していて、殺すことは不可能に近かった。さらに、ここでジャックを殺してしまえば私をかくまってくれる存在はいなくなることになり、政府機関に補導される可能性が高くなるため、彼を殺すという選択は選べなかった。


 ジャックと私では、どちらがツチノコの襲う対象であったかはわからなかった。しかしそれらは私の近くを横切っても、のしかかってくる様子はなく素通りするだけだったので、おそらく初めからジャックを殺すつもりであったのだろうと推測できた。


ジャックはじきに息絶えるだろうとみて、私は背中を向けた。そのまま立ち去ろうとすると、ツチノコが私の目の前に立ちふさがった。私は彼らの琴線に触れないように肩と肩の間を抜けていこうとしたが、隙間なく並んで立っていたためにそれはできなかった。仕方なく、私は言った。


「失礼します…」


 相手の腕の部分を横に寄せて、自分が通る道を作ろうとしたが、彼らはレンガの壁のように固い腕でそれを許さなかった。通れなくて次第に焦っていく私は、さらに強く相手を押した。かなりの力を込めて押し付けているつもりであったが、ツチノコは毛ほども痛そうなそぶりを見せなかった。


 思い通りに接することができないのは、ツチノコは人間とは別の生物であるならば、乱暴にふるまってはいけないと思うからだった。人において首に相当する部位を切り取る行為を、ただ突っ立っていて邪魔だったからという理由で、同じことをツチノコにすることは、私の共生の信条に反していた。だから、彼らに汚い言葉を投げることはできないし、敵意を向けることもできなかった。


 群衆の中から目立つ気配があった。足音がした方向を見ると、ドルベルがいた。身長は少し伸びていたが、彼の陰鬱な猫背となで肩で当時の姿を思い出すことができた。


「セレンだけじゃなくてジャックも殺そうとしたんだな…」


 ドルベルはかつての仲間を殺した私に軽蔑の視線を向けた。その言葉の割にジャックの死体にはちらりと一瞥をくれるだけで、関心がなかった。


手を出してくるような兆候はなかった。私も判断がつかなかったため、ナイフを構えられなかった。私は横の髪を耳にかけてドルベルをじっくりと観察したが、人間とツチノコに違いは全くないように見えた。


 私はドルベルに言った。


「ドルベルはツチノコなのか?」


 私は口に出しておいて何を言っているのかわからなかった。作り話のような存在を信じていると思われるのは単純に嫌だった。しかし、ツチノコの群衆の中から出てきて生き物が人間だとは決めつけられなかった。


「いや、違うけど!」


 ドルベルは手を前に出して焦りながら言った。周りのツチノコにはははと笑いを投げかけて、媚びを売っていた。言葉を無理やりつないでドルベルは言った。


「…その、元気してた?僕も何とか生きてるよ!」


 薄気味悪い笑みには反応せずに、私はドルベルに歩み寄った。


「待って待って、今大変なんだってば。このままだと死んじゃうんだ」


 今度は甘えた声を出して言った。知ったことではなかった。私が死ぬときはそのときが来たのだと思うまでだった。ドルベルはひぃと情けない声を漏らし、後ずさりをしながら頭を抱えた。


 私がナイフを振り下ろそうとしたときに、だわだわとツチノコの群衆はうごめいた。その動きはこちらに向かってくるような予感がした。私はツチノコに危害を加えることができなかった。触るだけで彼らの生活環境を破壊してしまう可能性も考えられた。ドルベルへの殺意を半殺しにされたような気分になり、私はそのまま立ちすくんでしまった。


 ドルベルは下げた頭を少し上げてちらりと片目で私を見た。何事もなかったかのように立ち上がり、両手を胸の前に組んだ。


「信じるものは救われる。僕は『地球の子』を信じている。だからツチノコ様は僕を守ってくれた。死んじゃうんだって言ったよね。明日の朝、つまり朝が来ればシェルターはこの近くから、ツチノコ様たちによって破壊される。ツチノコ様は君も守ってくれるそうだよ、かなりできすぎのひいきだと思うけど。…だから、確認する必要がある」


 ツチノコたちは私を針で刺すように凝視していた。私はいたたまれなくなって、道路にうつ伏せになった。自然界の中で人間と共存関係にある生物を怒らせてしまったかと思ったからだった。私の誠意が彼らに受け取ってもらえるか確信はなかったが、ひたすら頭を地面にこすりつけた。


「ツチノコを、信じるか?」


 ドルベルはいつの間にか持っていた銃を私の顔面に向けていた。向けられた銃口の方向は合っていたが、腕が震えていて焦点は定まっていなかった。おまけに、腰が泣いていてまともに脅しを決めているとは思えなかったため、ドルベルの言葉に返答する義務感を感じなかった。


 私は言葉を交わす代わりに、目線を少し横にそらして唾を飛ばすふりをした。周りにいるツチノコたちには見えないように、手を少し上にあげて顔の横を隠した。


「くそが。…死んだら困るんだよ」


 ドルベルは舌打ちをして持っていた銃を私に投げた。


「強情なヤツだとは思ってたけど、ここまで頑固だとは」


 ドルベルがツチノコの山をそのままに匙を投げてどこかに行こうとすると、行き違いに今度は二人組の会話が聞こえてきた。ドルベルは立ち去ろうとしていたが、数メートル先で止まって振り返った。


「多分、この子」


「そのようだが…この土の山の下敷きになっていては」


 私はツチノコたちが視線を別に方向に移ったので、再び立ち上がって周りを見渡した。二人は近くにいたツチノコから倒しながら群衆を進み、ジャックの上にのしかかっていたツチノコを切り崩した。


男のほうはモーニングを着てステッキを手に持ち、絶妙にねじれた黒いあごひげを携えていた。女のほうは長身を生かして赤いドレスを美しく着こなし、長髪をポニーテールにしていた。どちらも私の親と同じくらいの年齢のように見えた。


「このままだと私たちが手を下すまでもなく死んでしまうな。早急にこの積みあがった土を切り崩そう」


「了解」


 ジャックはあっという間に救出されたが、意識を失っていた。彼が着ていたジャケットには土汚れがついみすぼらしくなった。私は立ち上がってジャックの近くに行ってその姿を観察した。二人組は気道確保などの手当てをしていたが、私は構わずジャックの首輪のかかった部分に触れた。生きていた。二人組の女のほうが私を見て言った。


「今は触らないでね?」


 赤い線が引かれた流し目がぎょろりと私をにらんだ。彼らは私のことを知っているようで、ツチノコでもなく、私とは違う雰囲気を持った強者のオーラがあった。ゆっくりと手を離し、ナイフの感触を袖の中で確かめた。


「その白い服。確かあの子も着てたわ。ほら、あの子が一回訪ねてきたことがあったじゃない。そのときもこんな全身真っ白のつなぎを着てきた」


「あぁ、確かそうだったな。あの子はどうなったんだろうなぁ。あそこはシェルターの外だったから、ちゃんと避難していればいいが」


 二人は積み重なっていたツチノコやジャックのほうに目がいっていたが、私が土を蹴る音を聞いて私のほうを見た。私は精神的に満身創痍であったが、祖父の教えに基づいて、震える手でサバイバルナイフを引き抜いた。


「拾った命は持っていないと駄目だよ、少年。その刃はあまりにも無謀さ」


 男性は髭の丸まった部分を指でもてあそばせながら言った。確かに私の力では二人組に敵いそうになかったが、止まるわけにはいかなかった。男性は首を傾けて苦笑いのような表情になり、ステッキから銀の刀身を抜きだして構えた。


「聞く口もないようだね。親の顔が見てみたいものだよ」


 親という言葉が聞こえたとき、ナイフを握る力を緩めてしまった。そのスキを見抜かれ、男性はステッキの持ち手の部分で私の腹を突いた。殺傷能力の高い刀身ではなく木製の部分だったので、ダメージは少なく済むはずだと踏んでいたが、持ち手は思った以上に腹部の奥に食い込んできて、空洞ができてしまうかと思うほどであった。


 私はこらえきれずにナイフを落として即座に腹を押さえた。男性はステッキを鞘に戻して倒れそうになった私を支えた。内臓が無くなってしまうかと思うほどの痛みで私の意識は絶え絶えになった。


「倒れちゃったわね」


「さっきのさえない少年、こっちに来なさい」


「えぇっ、いや、いやです!」


「君の面は割れてる。仲間にばらされたくなかったら来るんだ」


「あそこまで運びなさい」


「はぁ?割れてるって…」


「わかってないみたいだから、運ばないと殺すに変更するよ」


 私は横になったままで、目が自然に閉じていた。自然と力が抜けて、体が元気になる感覚があった。遠くで男女が会話をしているようであったが、私はこのあたりで聞き分けるのをやめた。

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