煮詰まり過ぎたデスゲームの企画会議

志村麦穂

煮詰まり過ぎたデスゲームの企画会議

「みなさま、どうですか? 斬新で革新的、独創に満ち溢れたデスゲームの企画のアイデアは浮かびましたか?」

 素顔を不気味な豚の覆面で隠した人物が一同に問いかける。十畳もない狭苦しい会議室は窓もなく、長方形に並べられた長机には五人の人物が膝を突き合わせるように座っていた。人物はそれぞれに動物の覆面を被り、それらは虚ろな笑みを浮かべていた。長机の中央には五分割されたモニターが設置され、画面には覆面の各人が企画し、目下実行中のデスゲームの様子が映し出されていた。

 覆面は豚、猿、狼、鼠、鶏の順に車座に並ぶ。一様に机の上に肘を突き、指を顔の前で組み合わせて、勿体ぶった雰囲気を醸して企画会議に臨んでいた。彼らはお互いの考えを読み合うように、無言の態度で牽制し合っている。どの覆面も暗い目穴の下の思惑はうかがい知れない。

「僭越ながら、進行役の私からまずはひとつ提案させてもらいましょう。やはり、議論を活発にするには先陣を切るアイデアが必要ですから」

 豚が再び発言をする。壁に設置されたデジタルクロックは『15:00』を表示していた。

「団体戦によるバトルロワイヤル形式はいかがでしょうか。ポイント勝ち抜き制にして、それぞれの組みが各自に持つポイントを奪い合うのです。参加者の規模が大きくなる場合、団体戦による振るい落としは非常に有効です」

「反論よろしいですか」

 鼠が手を挙げて、豚の意見を遮る。

「バトルロワイヤル形式に団体戦は相性が悪い。個々人が対峙することで感情を変化させ、生き延びるために命をかける。その変化の動態、葛藤、緊張感にこそドラマが生まれるのです。団体戦はバトルロワイヤル特有の裏切りや葛藤を損なってしまう。参加者たちは猶予された状態を与えられるのです。チーム戦特有の連携はみられるでしょうが、仲間の存在が一種の緩和を与えてしまう。それはデスゲームの趣旨からも反している」

「なるほど、一理ありますね。それではあなたはどのような提案をお持ちなのでしょうか」

 豚が鼠に対して切り返す。

「私が考えるデスゲーム。それは、逆に参加者を個別に隔離してしまう、というものです。小部屋と死刑執行ボタンの応用です。参加者は一度集められたあと、個室に通されます。そのうえでボタンを用意する。ボタンは各部屋に繋がっており、時間までに押すことができれば賞金が得られる、というもの。多く押せばそれだけ賞金が増額される。ただし、押したことはほかの部屋にも伝わり、全会一致でボタンを押された部屋はその時点で死刑になる。参加者はみな死刑囚で、投票によって死刑を決定すると通告します。死刑にする人間を自分たちで選ばせるゲームです」

「失礼ながら、その案には致命的な欠点がある」

 鼠に意見に待ったをかけたのは鶏。

「そのゲームは参加者の条件が平等ではない。囚人同士の判断基準が彼らの犯した罪の重さになると、自然と票が偏る可能性がある。加えて、最初にボタンを押した者が圧倒的に不利になる。ヘイトが向いてしまう。自然、デスゲームというよりは、一種のチキンレースに成り下がってしまうでしょう。デスゲームで個別に隔離、という点は実験的要素が強く出て面白いとは思いますが」

「では、あなたにはより優れた腹案が?」

 鼠に促され鶏が頷く。

「殺し合いも結構ですが、やはりゲームと名が付くからには遊戯的要素が欠かせません。そうなると、やはりアスレチックレースが相応しい。奈落、剣山、飢えた肉食獣、灼熱。コースの足元にはそれらを設置して、失敗のリスクは死であることを理解させる。命を懸けたレース。最初に制覇した者にのみ栄誉を与える。先人の失敗を踏まえて、コースを攻略するというゲーム攻略的の楽しみもある。実況中継も容易ですから、スポンサーも得やすい上に、主宰者側はコースを制作するだけでよいから基本的に負担が少ない。ゲームとしての盛り上がりは随一でしょう」

「早計、といえますね。その意見は」

 鶏の意見には狼が首を振る。

「聞きましょう」

「まず、デスゲームならではの心理葛藤が損なわれること。これは対人戦ではないゲームすべてに言えることです。さらに、先着制にしてしまうことで、チキンレース化する欠点を抱えてしまっている」

「それは先行不利の条件で打ち消せると思いますが。誰が先陣を切るか、あえて待つか、という点で心理戦も可能です」

 鶏の反論に、狼がさらに返す。

「コースを作るだけ、という意見もやや安直だ。対人戦は場所を整えるだけでいいのだから、より安上がりな手段だといえるだろう。盛り上がりに関しても、人が人と対峙するデスゲームに比べれば、アスレチックはややスポーツ的だ。命を懸けているというだけで、それは真剣勝負の果し合いには及ばない。また、アスレチックである以上、身体的条件の差異が問題になるだろう。それを踏まえたうえで、私の案を申し上げても?」

 どうぞ、と鶏が掌で示す。

「デスゲームの華はなんといっても人と人。たった一人だけが生きて返ることができる条件で、孤島に降下させる。参加者各人には生き残りと殺人に必要な武器を与える。しかし、その武器はそれぞれに特徴があり、長所と短所を明確に併せ持っている。例えば、拳銃を与えるとして、殺傷武器としては強力だが、弾数に制限がある、というようなことだ。この武器に拘って設計することで、ゲームに多様な幅をもたせることができます。ゲーム性、攻略法、各人の心理戦。武器を変えるだけで、リメイクとして同じ形式で何度でも行うことが可能、という利点もある。武器があることで参加者の身体性が抑制され、より知識と機転を活かした頭脳戦が観られることでしょう」

 狼の自信たっぷりの意見は、猿によって否定される。

「ナンセンス、と言わざるを得ない。まず基本構想が陳腐に過ぎる。結果として、一般的なバトルロワイヤル形式のデスゲームでしかない。また武器についてですが、バランス調整が非常に難しいという課題がある。参加者の創意工夫で、といえば聞こえはいいでしょうが、必ず当たりと外れが生まれる。加えて、バトルロワイヤル特有の戦闘を避け続ける展開になってしまうと、何もない間の盛り上がりに欠け、画的にも地味な場面が必ずある。これはすべてのバトルロワイヤル形式における欠点ともいえるでしょうね」

「当然、私より優れた意見をお持ちであると?」

 狼は否定されやや不機嫌に、猿に話題を振る。

「私の提案するデスゲームは参加者を秘匿します。参加者は互いに誰がゲームの参加者であるかを知らされません。参加者は常に緊張状態に置かれ、ターゲット不明のなか殺し合いをしていくことになる。これは日常空間のなかでバトルロワイヤルをするという、日常と非日常を混在させることでデスゲームの特異性を際立たせようとする試みです。参加者が参加者を殺害した場合には罪には問われませんが、参加者が非参加者を誤って殺害した場合は罪に問われます。加えて、非参加者に殺人が露見するリスクは、現実社会で生活し続ける上で非常に不利に働く。彼らは誰にもばれずに参加者同士で殺し合いをしなければならない。非常に緊張感が強く、疑心暗鬼が心理戦を産む、素晴らしい構造を有しているゲームになるでしょう」

「その案は実現に関して、やや現実的ではありませんね。非現実な空間を作るデスゲームで、現実性を問うのはいささか滑稽ではありますけれど」

 猿の意見を豚が却下する。

「どのゲームも斬新や独創という点ではいまひとつ足りませんね。どこかで聞いたゲームの焼き増しでは退屈でしょう。全会一致の採用には至らないと考えます」

 モニターからは音量を絞られた参加者の叫びが流れてくる。豚は壁に視線を送る。デジタルクロックは『04:59』を示していた。

「やはり、ここは団体戦が」

「いや、個別隔離で」

「アスレチックに決まりだ」

「バトルロワイヤルの」

「参加者秘匿型で」

 覆面たちは立ち上がり、各々の案を声高に叫ぶ。会議は紛糾し、意見は決裂する。

 デジタルクロックは『00:59』を示した。

「あと一分しかない! このままでは俺たちは全員死んでしまうぞ」

 覆面たちは自分の足を縛り付けている枷を力任せに引っ張るも、鉄の鎖はびくともしない。

「くそ、一体誰だッ、『デスゲーム企画会議をデスゲーム形式にしよう』なんて言い出したヤツは!」

 デジタルクロックは止まらない。数字は『00:15』を示す。

 意見は割れたまま、覆面たちもはや意味のある言葉を口にできず、互いに罵り合う。

 誰かの案が採用されなければ、解放されることはない。

 生き残れるのは、案を採用されたひとりのみ。

「このままじゃ共倒れだ、俺の案を採用しろ!」

「足の引っ張り合いばかりしやがって!」

 デスゲームの案の優劣はこの場合関係ない。

 そこには主宰者同士の醜い心理戦があるだけだった。

「し、死にたくない!」

 デジタルクロックは『00:00』を示した。

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