第10話 ドラクエ5の主人公から学ぶ、主人公創作論
みなさんは『ドラゴンクエスト』というゲームを知っているだろうか?
まあここに来るような方ならほぼ知っている国民的なRPGである。
そんなドラクエの主人公といえば『勇者』である!
しかしこのドラクエ5の主人公は実は勇者ではないのだ。
「そうなんですか?」
ここから先はゲームのネタバレを含むので読みたくない人は読まずに、下の評価だけ入れてブラウザバックしてくれ。
「セコイですね⋯⋯」
さてドラクエの主人公は2の脳筋ような例外もあるが、基本バランスタイプの勇者である。
ゆえにユーザーに『勇者=何でもできる』というイメージを植え付けた。
しかしシリーズ5作品目のこの主人公、実は⋯⋯『僧侶タイプ』なのだ。
「珍しいですね」
習得呪文も今まではギラやイオラなんかのバラバラだったのに、5の主人公はホイミ系とバギ系で統一されているから明らかに僧侶タイプなのだ。
だが今までの僧侶型と違って明らかに前衛型でもある。
今までの僧侶が持てなかったような重装備を装備して常にパーティーの最前線で体を張る、それが5の主人公なのである。
「4のクリフトとミネアはわりと重装備だったような⋯⋯」
でも非力だっただろう?
5の主人公は戦士並みの力とHPだからな。
「どうしてそうなったんでしょう?」
ここからは吾輩一個人の推測の混ざった考察になる。
それでも良ければ読んでくれ!
まず理由をストーリーとゲームシステム、両方の点で考察してみる。
1 ストーリー的な理由
本作では父パパス、主人公、そして生まれてくる子供と親子三世代にわたる壮大な物語である。
最初主人公は頼りになる父パパスに連れられる子供である。
このパパスは強い男として、また父として素晴らしく演出されている。
1ターンで2回攻撃したり、戦闘終了後には完全回復のホイミまである。
さらに会心の一撃も頻繁に繰り出し、HPはなんと400を超えている!
明らかにぶっ壊れのチートキャラである。
「チート主人公みたいな人ですね」
原作者の堀井さんが明らかにこんなおかしい性能の父親を出すはずがない。
つまりここには何らかの意図がある。
つまり見せたかったのは『父親の偉大さ』なのだ。
実はパパスは『ホイミ』が使えない『ベホイミ』なら使えるが⋯⋯。
(リメイクではホイミを習得した)
きっと主人公にはホイミとベホイミの違いもわからなかったのだろう。
だからこそ主人公の見た父は最高の男だったと印象付ける事が出来るのだ。
やがて主人公は父と別れ⋯⋯その後、父の使っていた剣を装備する。
ここでわかるのはその剣の攻撃力が次の街で売っている『スネークソード』にすら負ける、普通の剣だったということだ。
「そんなショボい剣だったんですか⋯⋯がっかりですね」
そう思ったユーザーは多かっただろうな。
攻撃力100くらいあって2回攻撃可能なチート武器を期待していたはずなのだから。
でも大人になってわかるのだ。
剣が強かったのではない、父が強かったのだと。
この『パパスの剣』だけでこれだけの演出があると吾輩は見ている。
やがてストーリーは終盤になり、結婚し子供が出来る。
すると今度は主人公がその子供たちに『ホイミ』する立場になっているという事なのだ。
かつての父と同じことを今している⋯⋯自分の子供たちに。
「なんか感動ですね」
そしてこの子供と一緒に冒険し始める時期というのが、だいたい主人公のレベルが父と同じ『レベル27』くらいになる。
でも主人公のHPはせいぜい200くらいで父のような400オーバーの超人ではなかったのだ。
ここでも気がつく。
まだ父に追いつけていないと⋯⋯。
こういったストーリーの演出上、主人公には回復呪文が必須だったのである。
「でもホイミ系なら勇者でも覚えますよね?」
勇者は主人公の息子だったからな。
だからその事を驚かせるためにあえて主人公は途中まで勇者っぽい前衛型のホイミ持ちだったのだろう。
そして息子が勇者だと判明した後は明確に主人公が実は僧侶タイプだったとわかる仕組みである。
「いろいろ考えているんですね」
ここまでがざっとストーリー的な都合だと思われる。
2 ゲームシステムに関わるメタ的な理由
このドラクエ5はシリーズ初の『モンスター仲間システム』が導入されている。
その為途中、主人公以外の仲間全員がモンスターという時期すらあるのだ。
しかしこれには問題がある!
例えば極端な話「誰も回復呪文を使えない」というパーティー編成になっている可能性がわずかだが存在するのだ。
「それはキツイですね⋯⋯」
まあスライムナイトのような万能型モンスターが高確率で仲間になるから、そんな危機はめったにないだろうが⋯⋯。
つまり最低限の命綱として主人公を『外すことのできない回復要員』としてデザインされたという事なのだろう。
これまでの勇者タイプだとMPが少ないから僧侶タイプに。
そして先頭で仲間を引っ張るリーダーとして描きたいから戦士でもある。
「そこまで考えていたんですね堀井さんは!」
まあ吾輩の想像だけどな⋯⋯。
でも堀井さんはそういう配慮のできるクリエイターだと思っているので、だいたいこの仮説は合っていると確信している。
さて、この2つの理由がドラクエ5の主人公が前衛型ヒーラーになった理由である。
「ところで伯爵、この事で何を学ぶんですか?」
それは仲間を引き立てるという事なんだ!
基本的に物語は主人公が目立って活躍してなんぼである。
しかしドラクエ5でそれをやったら、せっかくのモンスター仲間システムの意味が無くなるのだ。
さまざまな仲間モンスターの活躍を楽しむ。
これがドラクエ5の醍醐味だと思う。
つまりその為の主人公なのだ、5の主人公は。
個性的な仲間たちの活躍を支える屋台骨、それが5の主人公のキャラ性能なのだ!
さていかがだったでしょうか?
なろう系作品と言えば主人公の活躍オンリーで、脇役は添え物というイメージだが。
中には主人公が舞台装置で、様々な個性を持つ仲間たちを描く作品だってあるはずなのだ。
けして最強キャラではない。
でも仲間たちから信頼される最高の主人公像。
それを吾輩はドラクエ5の主人公から感じたのだ。
この事が役立つ知識かどうかはわからないが⋯⋯。
あなたの最高の主人公設定に役立ててほしい!
今回はここまで!
「つまり伯爵の作品の主人公がヒーラーになったのは、コレがモデルだったと⋯⋯」
しー! 言わんでよろしい!
それではまた!
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