骨の髄まで

よもぎ望

骨の髄まで

「いただきます」


 手を合わせて小さく呟く。


 食卓の上には高級フランス料理店さながら、色鮮やかな料理と綺麗に磨かれたカトラリーが規則正しく並べられている。絵画のようなそれらに見惚れて手を出すのを躊躇ってしまうが、料理が冷めてしまう前に食べなくては食材に申し訳ない。


 ナイフとフォークを手に取って正面に置かれたステーキを一切れ口に入れる。ステーキにするならミディアム、と思ったがやはり少し生臭い。少し濃いめに作ったソースのおかげでなんとか食べられるものの、2度目はないだろう。


 サラダ、スープ、パン……と食べ進めていき、ワインが1瓶空く頃にはあんなにあった料理たちはすっかりなくなっていた。

ここ数日はメインが肉料理続きで少し飽きていたが、残りの量を考えても数日中には食べ終わるだろう。そう思うと少し寂しい気さえしてくる。


 料理の余韻に浸っている途中で、後から食べようと冷凍庫に入れていたシャーベットを思い出した。


 椅子から立ち上がり、ついでに空になったワインボトルを持ってキッチンへ行く。一般家庭よりは広めのキッチンには料理に使った食器やら調理器具やらが中途半端なまま放置されていた。少し考え、酔いのせいだとそれらを見て見ぬふりしてボトルを床に置いた。明日の僕が文句を垂れながらどうにかしてくれるだろう。


 さて、と冷凍庫を開ければ美味しそうな赤いシャーベットがひとつと、愛しい愛しい〝彼女〟が居た。随分軽くなってしまった〝彼女〟を持ち上げてその冷えた唇にキスをする。氷のように冷たいその唇に僕の体温がじんわりと伝わり少し柔らかくなる。愛おしい顔にそのまま食らいつきたい気持ちをグッと押さえ付けた。メインディッシュは最後まで取っておくものだ。とは言いつつ、我慢ができないのが僕なのだが。


 右目をスプーンで抉り取ってミントと一緒にシャーベットの上に乗せる。〝彼女〟を冷凍庫に戻して完成された美しいシャーベットを掲げた。冷凍庫から出たばかりの、まだ霜の残った目玉は照明でキラキラと輝いている。宝石にも勝る輝きはいつまで眺めていても飽きることは無い。


 少し溶けた頃にシャーベットと一緒に目玉を口に含んだ。飴玉ともグミとも違う不思議な柔らかさを舌で転がして堪能し、奥歯で一気に噛み潰す。プチュっと潰れた感じはプチトマトに似ている。血液製のシャーベットも意外といける。


 残りを食べながら冷凍庫と冷蔵庫に入った肉を確認する。解体してパック分けされた肉は部位を書いたメモが無ければ判別ができないだろう。解体前に思いついた自分を褒めたい。

 明日は何を作ろうか。スープ用に出汁を摂った骨はそのままにしてあるから、砕いて何かに混ぜてみるか。髪の毛は少しづつサラダに混ぜているが、長い髪は中々減らない。


 色々考えてるうちに食べ終わっていたようで、次を掬おうとしたスプーンは虚しくカチャンと音を鳴らした。


 リビングから食器を全てシンクに運び終えた後、もう一度冷凍庫から〝彼女〟を取り出した。目玉が無くなっても変わらず綺麗なその顔をじっと見て、鼻に優しくキスをする。


「ごちそうさま」

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