残された拠り所
蒼井どんぐり
残された拠り所
仕事終わり、帰路の途中で見上げると、幾千の星がこちらを見下ろしている。一つの星から始まった世界は、今いるこの辺境の小さな星まで足を伸ばしている。
「ただいま」
扉を開け、暗闇にむけ声をかけるが返答はない。
社員に提供される小さな寮の一室。1日の労働を終えて、体を休めるのはこのボロいプレハブ小屋だ。私はコンテナに入れた缶を一本開ける。プシュッと音が鳴り、私は心の燃料を喉に流し込む。
そのままソファに傾れ込むと、いつものようにテーブルの円形の機械に触れる。
「あ、サムさん。また、呼んでくれてありがとうー」
円形の機械から音声が再生されるとともに、ホログラムの像が立ち上がる。
ショートボブにした黒髪の女性。目はクリッとしていて、いわゆる猫目だ。
そんな可愛らしい彼女の上半身が目の前に浮き、私に語りかける。
「こんばんは。カオリさん」
「今日はちょっと早かったじゃない? どうしたの?」
「ああ。ちょっと掘削工事の最中に機器に故障があって。少し休ませるために早めに切り上げたんです」
「そこってまだ全然未開拓の惑星だっけ? 開拓作業のお仕事はやっぱり大変ね。肉体労働だもんね」
彼女が私の体を心配して労ってくれる。
AIが発達した今となっては、あらゆる仕事はデータ上で済むようになった。そんなAI達に指示を出すAIが次々と生まれ、全ての物事に物理的な体が必要なくなってきた現代。
体を持つ私たちに残された仕事は、それこそ肉体労働ぐらいしかない。だからこそ、私はこんな場所に派遣されている。
「と言っても、作業はひたすら岩場を更地にする機械達を監視しているだけですけどね。大体が機器自身で制御してくれるから。デスクワークといえばデスクワークですよ」
「でも、まだ見たことない惑星を進んでいくなんて、夢がない? 毎日大冒険って感じがする」
「そうでもないですよ。別に変わり映えのしない毎日ですし。こんな話、つまらなくないですか」
「いやいや。むしろ、もっと聞かせてよ。新しい惑星の話」
彼女は両手を組んで、そこに顔を乗せながら微笑む。荒廃したこの惑星では決して見ることのない無邪気な表情。そんな彼女と話すのが私の唯一の楽しみだ。
いつから始まったのか、宇宙に瞬く星の数と対応するよう次々と進む惑星開発。辺境の未開拓の星となると、娯楽という娯楽は何もない。
そんな場所で黙々と働く現場作業員達。誰だって、心を病むことなんて想像がつくだろう。そんな環境を解決するための福利厚生サービスがこの「ダーウィンクラブ」。彼女との時間もその一環だ。
ひたすらに何もない場所で毎日繰り返す作業員達、そんな彼らに気の利いた話し相手を提供する。ホログラムの見た目も好みの姿をカスタマイズして選ぶこともできる。そうやって、仕事終わりの疲れを好みの相手との会話で癒す。
昔、地球にはそんな場所やサービスがあったと聞くが、それを元にしたサービスなのだろうと思う。
「あー、もう時間みたい。今日はもこの後もメンテナンスみたいで延長もここまでみたい。ごめんなさい!」
「いやいや。こちらこそ、毎日ありがとう」
「こちらこそだよ。毎日延長してくれて。稼ぎもがっぼり! なんちゃって」
彼女は頬の辺りに指で円形のマークを作り、笑う。
そんな軽い仕草も、とても可愛らしい。
「カオリさんと話していると楽しいんです。明日もまたお願いできますか?」
そう言葉にしてみると、彼女はその愛らしい瞳で私のことを見つめて、微笑んだ。
「もちろん! じゃあ、また明日ねー」
そして手を降りながら彼女の姿をノイズとともに消えた。
同時に今回のサービス料が、最後に表示される。
福利厚生として提供される時間以上延長すると、給料からそのサービス代が差し引かれるシステムになっている。
少ない賃金で働く作業員から、さらにサービスという名目でお金を絞る。正直、悪徳商売じゃないかと思うこともあるが、それでも私は毎日延長料金を払い、彼女との出会いを楽しんでいた。
「あー、EZ-203番がまた止まっているな」
彼女と延長してまで長い逢瀬をした次の日、隣の同僚がモニターを見ながら、愚痴っていた。
「お前、ちょっと見てきてくれるか?」
「はいよ」
いつものように私はそのままステーションの外に出る。これも慣れた仕草だ。
自分の身長の二倍ほどもある、EZ-203番と呼ばれた機器は、何度も煙を上げながら、動き出そうとして動けない様子だった。
「おーい、大丈夫か?」
「モウシワケアリマセン。マタ、タービンノコショウノヨウデス」
機器に内蔵されたAIが現状を報告してくる。ここまで複雑な機器だと、自己診断はできても、自己修復ができない時がある。だからこそ、自分達のような現場員がこうやって確認をしている。
「みたいだな。またずらしてみるから、試してみてくれ」
「コンナコトモデキズ、モウシワケアリマセン」
「いや、いいって」
私は機器の内側のハッチを開き、タービンの場所を点検しながら、考える。
AIが自己を卑下にするなんて、と思うと同時に、自分達なんかより、星を開拓している彼らの方が仕事や役割をこなしている。
逆に自分の仕事はどうだろうか。彼らの仕事の補佐、というよりおこぼれに縋っているようなものだ。
目の前を見ると、やはりタービンが長年動いた結果ずれてしまって、またうまく噛み合っていないようだった。私はそれを力一杯手で押して、ずらす。
私の仕事、役割は、たったこれだけだ。
「今日、サムさん、元気ないね? なんかあった?」
「え、あ、いや」
家に帰ってきてからいつものようにダーウィンクラブを起動した所までは覚えていたが、その後ぼーっとしていたようだ。彼女が覗き込むようにこちらを見つめていた。今日、頭に浮かんだことがずっと頭に重い石のようにのしかかっていた。
頭をクリアにするために、テーブルに置いた缶を一つ開け、一気に飲み干した。それでも気持ちは全然晴れなかった。
「もしかして、昨日の掘削機についてなんかあったの?」
「あ、いやそんなんじゃなくて」
「え、じゃあもしかして個人的なこと? もしよければ話聞くけれど…」
「別に、なんでもないですよ!」
彼女の言葉に対し、つい怒鳴ってしまった。見ると、彼女は俯き、いつもの瞳が見えなかった。
「ごめんなさい。私、何か相談にのって役に立てるかと思って…」
彼女の様子と、そんな言葉を聞いて、私は正気に戻った。と同時に一つ聞いてみたくなり、つい聞いてしまう。
「こちらこそ、声荒げてしまって、申し訳ありません。あの、カオリさん。一つ聞いてもいいですか?」
「うん。なに? なんでも聞いてよ」
「僕たちの仕事、アンドロイドの役割ってなんなんでしょうかね?」
AIが発達した今となっては、あらゆる仕事はデータ上で済むようになった。
人型の肉体を持たされて開発された私たちより、たくさんの役割をこなせる彼ら。僕らアンドロイドは彷徨うように仕事を探し、辺境の星々へと流れ着いた。
できることは少なくても、宇宙の端に残された、唯一の仕事をこなす。彼らAIから供給されるサービスを享受し、その残された役割を全うする。
私はまた燃料となる缶を一つ開けて飲み干した。体の代謝を復旧させるこの燃料。かつての人間のように、酔い潰れ、頭の考えをうやむやにしたい。だが、この頑丈な体にはそんな機能はついていない。
「この仕事も、アンドロイドの体も、必要あるんでしょうか?」
「そう…」
彼女は先ほどから下を見つめていたが、その言葉とともに顔を上げた。
その瞳はいつものようにどこか優しげで、でもどこか強い意志を感じさせる。
そんな彼女の表情に見惚れていたら、彼女が言葉を発した。
「でも、私は、アンドロイドであるあなたが羨ましいなと思っちゃうけどね」
軽妙に発せられたその言葉は、少し予想していたもの違った。
その言葉に動揺している私に、彼女は微笑みかけた。
「いろんな場所に行けるのってちょっと羨ましいって思っちゃうな。私たちはあなた達みたいに自由に移動できたりしないから」
「別に、どこに行っても何もないですよ」
「何かあるかないかじゃないの。そこに行ける、ってのが重要なの」
そういうと彼女は今までに見せたことのないような目で遠くを見た。その目はいつものように私を見つめるものではなく、もっとどこか遠く。
だから、今度はふと、彼女の心の内を知りたくなった。
「カオリさん、人間のあなたは、どう思っているんですか、今の仕事」
「サムさん、"人間"って言っちゃダメでしょ。差別規定に引っ掛かっちゃうわよ」
「あ、すいません」
人間の数が減り、ヒトというものが自立して動くアンドロイドが大半を占めるようになったこの時代、"人間"という言葉は一種の差別用語となってしまった。
彼女はそんな人間の生き残りでもあり、肉体の弱い彼女達人間は、故郷である
「うーん、どうだろう? それこそ、私たちにできることなんて少ないから」
彼女の声のトーンがいつもと違うことに気づきつつ、それでも彼女はいつもの仕草で言葉を紡ぐ。
「今となっては私たち、人間が何かの役に立つなんて、雑に会話することぐらい。まあ、そもそも働く必要がないんだけど。私もこの仕事ぐらいしか、職を見つけられなかったしね。でも、だからね。私の、それこそ唯一の仕事に喜んでくれる、サムさんたちアンドロイドの皆さんには感謝しているんだよ」
彼女はホログラムで映されたグラスを両手で握り、寂しそうな顔で語る。
そんな、彼女の言葉を聞き思う。もしかしたら、自分がそうであったように、彼女も僕と話すことで何か拠り所を、そこに感じていたのかもしれない。
「あ、でも。ふふ。そう考えると、私たち、似たもの同士よね」
「え?」
「残された仕事をやっているもの同士。似ているじゃない」
そう言うと、彼女は私の目をじっと見つめ返してきた。
表情は先ほどの寂しさを蓄えつつ、いつものような目つきで。どこか私を頼るようで。それは何を訴えかけているんだろうか。
「こんな世界の中の、共感し合える相手なんてなかなか出会えないもの。これからも一緒に残された仕事を一生懸命やっていきましょうよ。似たもの同士」
その昔、『機械には人の心などわからない』と人間達が言葉を残していたらしい。
だから、機械仕掛けの私が、彼女の考えていることがわからないのは、きっと普通のことなのだ。でも、それでも。
「だから、明日もきっと、飲んで、私と話して、働いて。それでいいんじゃないかな」
「それで、いいんでしょうか?」
「いいの。いいの。それで。はい、乾杯!」
彼女は手に持った半透明なグラスをこちらに向ける。
決してぶつかることはない、だけど私はそれに応えるように手に持った缶を重ねた。
<了>
残された拠り所 蒼井どんぐり @kiyossy
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