第27話 それぞれの道
「昨日、森へ皆さんが向かっていくというのを子供達から聞いて一時はどうなることやらと思っておりましたが、そのようなことが......」
「あぁ、だからもう心配しなくていい」
一晩を森で明かしたリヒトは村に戻ると心配した様子のカマタに事情を説明した。
それに対し、カマタはホッと一つ息を吐いて安堵した表情を見せていく。
周りには大勢の村人もいてそのほとんどが森にもう怪物が現れなくなったことに喜んでいた。これで狩りに行けるぞ、と。
リヒトがそんな嬉しそうな顔に笑みを浮かべながら見ているとそっと近づいてきたカマタが小さな声で尋ねてきた。
「それで森にいた怪物はやはりルタだったのか?」
カマタはルタのことを引きずっている。
孫娘のような存在だったレナの命を奪ってしまった原因でもあるが、それでも仮に村全体で救うような選択をしていればレナもルタも失うことはなかったのではないか、と。
カマタの村長としての選択はある意味では間違っていない。
「魔物もらい」が流行り病のような類であれば感染した一部を切り離せばそれ以上の感染は広がらなくなる。
しかし、それは同時に無知であり続けるということだ。
それがどのような病でどんな症状が起き、どんな薬なら治るのかという知る機会を自ら切り捨ててるのだから。
その状態で再び誰かが感染し、それを切り離しを繰り返していけばいずれ村は崩壊する。
それを悟ったからこそカマタはルタという存在を気にかけていた。もちろん、別の恐怖的側面もあるが。
不安そうな顔をするカマタにリヒトはニカッと笑うと答えた。
「あの森に
「......そうか」
すると、カマタは最後にリヒトに花飾りを渡した。生前レナがつけていた花飾りだ。これはお主に持っていて欲しい、と。
そして、リヒト達はそれぞれ旅支度を済ませると村の人達に別れを告げて、馬車を引いてくメットルとターリエの二人と一緒に村の外を少し歩いていく。
村が程よく見えなくなったところでリヒトは指笛でピーと音を鳴らした。
その数十秒後、森の方からザワザワと音が聞こえてそこから複数の狼が現れる。
「悪いな。一人にして」
「大丈夫。それに皆もいるしね」
狼の背に乗っているのはルタだ。
相変わらずからだ中には黒い何かが纏わりついて禍々しい姿を見せている。
とはいえ、ルタの方は至って元気な様子で明るい表情も見せている。どうやら完全に吹っ切れたようだ。
村から少し離れた場所で会ったのは当然村の人達にルタと会わせないようにする配慮で、彼と会ったのは分かれの挨拶をするためだ。
「ルタ、これでお別れだ。にしても、俺達がついて行かなくて良かったのか?」
「そうだよ。世の中には危険な人間がたくさんいるんだよ?」
心配して声をかけていくリヒトとアルナにルタはそっと首を横に振った。
「大丈夫。リヒト兄ちゃんやアルナ姉ちゃんには目的が合って旅してるのにその時間を僕のために割いてもらうのは申し訳ないし、それにその言葉は逆を言えばわかってくれる人もいるってことだよ」
そう言いながら「ね、メットル兄ちゃんにターリエ姉ちゃん」とその二人に視線を向けていく。
すると、二人は息の合ったサムズアップをかまして「当然!」と答えていった。
その反応にルタは嬉しそうな顔をしてリヒトとアルナに視線を移していく。
「それから、僕にはもう友達がいるから。皆がいれば大丈夫だよ」
ルタはそっと背に乗せてもらっている狼の頭を撫でた。
その狼は嬉しそうに尻尾を振って「ワン」と一声。まるで「もちろん!」とでも言ってるようだ。
そして、ルタは「それと」と言葉を続けていく。
「僕はリヒト兄ちゃんに教えてもらった孤児院に着いたらこの目について調べてみるよ。
リヒト兄ちゃんから大体のことは聞いてるけどそれでももう一度自分の手で調べて、そしてこの目に隠された力っていうのを制御して今度こそ誰も死なせない」
ルタの力強い宣言にリヒトは「良い意気込みだ」とルタの頭を撫でた。
その撫でを嬉しそうに彼は目を細めていく。
「じゃあな、ルタ。俺は旅をし始めてから定期的に手紙を送ってるから良かったら見てくれ。
そんでもし世の中が俺達みたいな存在を受け入れてくれる世界になったら一緒に見に行こうぜ」
「ホント! 約束だよ!」
「あぁ、騎士は約束を違えねぇ」
リヒトがそっと拳を突き出せばルタが答えるように拳を突き出していく。
その時、リヒトはふとカマタから渡されたものを思い出した。
「ルタ、これはお前が持っておけ」
「これは......レナちゃんの花飾り?」
「これがあればすぐに自分の経験してきたことを話せるだろ?」
ルタは思わず目元に涙を浮かべる。しかし、流れる前にすぐに手の甲で涙を拭うとその花飾りを自分の髪につけた。
「似合ってるじゃねぇか」
「ありがとう。それじゃ、行ってきます」
「おぉ、行ってこい!」
ルタはリヒト達に見送られながら森の中へ消えていく。
その姿が見えなくなったところでメットルがリヒトに聞いた。
「それじゃ、次は俺達か。本当に一緒に馬車に乗って行かなくていいのか? 向かう先は一緒なんだろ?」
「いや、もしかしたら気分によって変わるかもしれない。
俺達の旅は何も急いでるわけじゃないからな。
歩いていく中で色んなものを見て聞いて知ってそれが旅の醍醐味ってやつだろ?」
その言葉にメットルは「それもそうだな」と少し寂しそうに笑った。
その一方で、リヒトの隣ではアルナが盛大にイキり散らかしていた。
「というわけで、残念ながら馬車の中で付け入る隙はありません~! ターリエちゃん、残念でした~!」
「ぐぬぬぬ! いいよ、それならとっとと有名になって音楽で魅了してやるから!」
徴発されたターリエはアルナに堂々と宣戦布告していく。それに対して、アルナはやってみろの姿勢。
そんな二人の別れ際とは思えないバチバチした展開に恋愛情緒が分からないリヒトはメットルに「何やってんだ?」と聞き、メットルは呆れた顔で「乙女戦争」とだけ答えた。
それから、メットルとターリエは馬車に乗り込むと荷車から身を乗り出して大きく手を振っていく。
その後ろ姿を見ながらリヒト達も大きく手を振り返した。
二人を乗せた馬車が米粒ほどの小ささになったところでリヒトとアルナもようやく旅を再開した。
「行っちゃったね」
「そうだな。これを機にお嬢の対人恐怖意識も和らいだんじゃねぇか?
世の中にはあんな二人のように気の良い奴らもいるって」
「それはあの二人だからだよ。それを言えばあの村の村長さんのように苦手な考えを持つ人もいた。
正直、自分達がやった行いに対する罰は受けて欲しいと思ってる」
アルナの目が厳しくなる。
その感情の変化をすぐに感じ取ったリヒトはすぐさま彼女の頭に手を置いてそっと撫でていった。
その行動に対し「もうそれさえやれば大人しくなると思ってるでしょ」と文句を立てるアルナであったが、その言葉とは対照的に表情はとてもご満悦である。
「全く、お嬢は相変わらず人に対して厳しいな」
「逆にリーちゃんが甘すぎるんだよ。いくら友好的にいこうったって寛容的過ぎてもダメだと思う」
「とはいえ、俺みたいな存在だからこそ少しくらい過剰にしないと受け入れて貰えないだろ」
「そんなことないよ! 私とリーちゃんさえいれば私達の世界は安泰! そうだ、この世界を二人のものにしよう!」
「やっべ、危険思想を生み出しちまった」
アルナの目が危険な意味でランランとしている。
このままではせっかくここまで柔らかくなるように矯正した彼女の心が再び固くトゲトゲしいものになってしまう。
だが、リヒトは知っている。こんな時のアルナの対処法を。
伊達に甘えん坊を十年も見てきたわけではない。
「お嬢、腕を組もうじゃないか。好きだろ? 腕に抱きつくの」
「リーちゃん、私を子ども扱いしてない? もうそんなにチョロくないよ」
と言いつつも、リヒトが腕をクイッとくの字に曲げればまるで磁石のN極とS極がくっつくようにスチャッっとアルナが彼の腕に抱きついた。
これによりケーブルに抱きつくマスコットならぬリヒトの腕に抱きつくアルナの完成である。
そんなリヒト目線から言えば兄妹のじゃれ付きであり、アルナ目線から言えばバカップルのイチャイチャをしながら二人は長い道を歩いていった。
*****
とある森の近くでは外套を着てフードを被った少女スーリヤと同じく外套を来ながら黒髪のポニーテールをした女性アインがいた。
そのポニテールの女性の頭にはホワイトブリムが乗っている。
二人とも外套は所々泥で汚れていて、細い枝や葉をつけっぱなしである。
しかし、二人はそのことを気にすることなく歩いていく。
「ここまで来れば恐らく大丈夫でしょう。お嬢様、体調のほどは?」
「全然大丈夫よ。とはいえ、さっき軽く雨が降ったせいで濡れて仕方ないわ。どこかで乾かせるといいのだけど」
ポニテールのアインから「お嬢様」と呼ばれたスーリヤがフードを取るとそこからは銀髪ショートボブの美少女が顔を出す。
顔だけの容姿を見ればどの男も黙っていないような幼さを残しつつも、利己的な目つきをしたどこか裏のある美もあるような感じだ。
スーリヤは大きく両手を伸ばして伸びをしていく。
そして、一気に脱力していくとこれまでの疲労が一気に溢れたようにどっと肩に重さがのしかかった。
「ハァー、いくらわたくしでもあれ以上に体を張るのは勘弁だわ」
疲れた顔をするスーリヤに対してアインはどこまでもキチッとした姿勢の良さのまま答えた。
「しかし、それよりも大変なのはこれからでございます。何せ、今私達は二人なのですから。
どうにかして信用できる味方を見つけなければ今後の行動に影響が出かねません」
「わかってるわよ。ちょっとだけ愚痴をこぼしたくなっただけ。
この行動だってあの場所にいるよりはよっぽどマシですもの」
そう言うとスーリヤは途端にスキップし始めた。そして、華麗に踊り始めるとずっと夢見たことを言っていく。
「あぁ、こんな時にイケメンで優しくてカッコよくて素敵な
そんなことを言うスーリヤにアインは思わずため息を履いていく。
これが冗談であれば良かったが、この言葉を言うのはこれでも何年目か。
しかも、年齢が大人へと近づいて行くたびにその気持ちが強くっていくという始末。
一体怪物の何がそんなにいいのか。
「怪物は害をもたらすだけです。そもそも分かり合えないから私達は殺し合いをしているのでしょう? 相手は私達を食糧としか見てません」
「ふふっ、(性的な意味で)食糧になるのなら構いませんよ。もちろん、人は選びますが」
「滅多なことを言わないでください。それに怪物は“人”ではありません」
そんなアインの厳しい声に全く怯むことなく軽い足取りで歩いていく少女。
「ハァ~、素敵な出会いがありませんかね~」
「あっても困ります」
夢見る怪物の騎士道精神~騎士に憧れた怪物の話~ 夜月紅輝 @conny1kote2
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