第25話 別れの歌

 魔物の死体を並べ立ち尽くすリヒトに対し、彼を上から見下ろす位置にいるルタは思わず安堵した様子でへたりこんだ。

 そんな彼の姿を見てリヒトはしゃべり始める。


「悪りぃな、こうなることが分かってて無茶なことをさせてしまった。

 だが、この行動のおかげでルタの本当の気持ちを知ることが出来た」


 リヒトは周りにある中途半端に止まった根っこを見る。これがルタの気持ちの表れだ。

 ルタは偽悪的に振舞ってるだけで本当は助けて欲しいくせに勝手にそれは出来ないと諦めている。


 そう振舞うのは自分に干渉して二度も大切な人を失った経験をしたくないのとその人を殺さないため。


 しかし、いつまでもそういう態度を取るのはとても疲れるししんどいだろう。例え、それがルタが導き出した最善だとしても。


 本当は別の道もあることをルタは知っているはず。

 それを示してくれたのは彼の友達だったレナに他ならない。


 レナは「魔物もらい」という奇病にかかったルタに対して周りが遠ざけるような態度を取る中唯一彼に近づいていった女の子だ。


 それは全員がルタに対して遠ざけているわけではないという希望の道しるべであったのだ。

 必ず理解しそばにいてくれる人がいるのだと。


「ルタ、俺はその目がどういう効果をもたらしているか知っている。だから、恐れないし怖がらない。

 もう一人でいる必要はないんだ。そんな自分の心を苦しめてまで傷つける必要ない」


 リヒトは右手で拳を作るとドンッと胸を叩いた。そして、ドヤ顔で言い切る。


「ほら、俺は生きてるだろ?」


 その言葉についにルタの塞き止めていた思いが溢れだし、それは涙となって大量に流れ始めた。

 嗚咽交じりの泣き声を盛大に森に響かせていく。もうここには一人の子供しかいない。


 そんな姿をリヒトが安心した様子で見ているとリヒトの隣に「リーちゃん、無茶しすぎ」と言いながらアルナがやって来た。

 横から彼を覗くように見る彼女は良いこと思いついたという様子でとあることを提案する。


「ねぇ、聞かせて上げようよ。私達が本当にレナちゃんと出会ったという証拠の曲を」


「昼間に練習したあの曲か?」


 リヒトの言葉にアルナはコクリと頷く。

 その提案にリヒトは賛成意見を挙げるが、彼が気にしているのは他二人―――メットルとターリエの意見だった。


 リヒトはこれまで彼ら二人に対して本当は怪物であることを隠して過ごしてきた。

 本当は自分の身近に怪物が潜んでいたなんて知ったならそれはどんなに恐ろしいことか。


 二人とも怪物に襲われたり、家族を傷つけられそうになったりと怖い目に遭っている。

 それでいてリヒトが怪物であったという恐怖のサプライズだ。拒絶されても文句は言えない。


 リヒトは恐る恐る背後を振り向いた。

 彼の耳は聞くのを怖がっているように伏せがちだ。

 振り向くと背後にはメットルとターリエが黙って立っている。

 その表情は怒っているようにも見える。


 すると、二人はずかずかと歩き始めた。

 段々とリヒトへち近づいていき、やがて横に並んだ。

 そのことにリヒトが困惑しているとメットルとターリエは何事も無かったようにしゃべり始める。


「よっしゃ、気合入れて弾くぜ!」


「レナちゃんと一緒に作った素敵な曲を届けて上げないとね」


 二人の怒ったような表情はただの気合を入れた顔だったらしい。

 その態度にリヒトは余計に困惑していく。自分のことが怖いとは思わないのか?

 そう聞いてみたい。しかし、答えを知るのが怖い。

 その時、リヒトの顔色を窺っていたアルナがクスッと笑って二人に聞いた。


「ねぇ、二人ともリーちゃんは怖い?」


「お、お嬢!?」


 アルナの突然の質問にリヒトは慌てる。

 その一方で、質問されたメットルとターリエはスパッと答えた。


「「全然」」


 その言葉にリヒトが驚いていると二人は理由を述べていく。


「そりゃな、こんな風になっちまったことに対しては驚いたよ。

 だが、今までのリヒトさんの言動はずっとこの目で見て聞いて知ってきた。今さっきの行動だって。

 だったら、怪物ってだけで怖がるのもどうかってものよ。

 それに同じ人間同士ですら怖い奴なんてたくさんいるんだ。

 その逆で良い怪物がいたっておかしくないだろ?」


「リヒトさんがどうであったとしてももう今更怯えることなんてしませんよ。

 確かに残念なところはありますがそれはこちらの諸事情というやつでして......ともかく私もお兄ちゃんもリヒトさんに助けられ、ルタ君もリヒトさんのおかげで助けられたんです。そこには感謝しかありませんよ」


 その後、メットルが「あ、それから後でその毛を触らしてくれ」というとターリエが焦った様子で「ズルい、私も!」とわちゃわちゃ話していく。


 そんな二人を見てリヒトは再び驚いた様子で固まった。ただ、今度は胸の中が温かい。

 隣からアルナが「良かったね」と言ってニコッと笑うのでリヒトは「あぁ」と嬉しそうに返した。


「よっしゃ、これが世界で一番になる音楽道の第一歩としてやるぜ!」


「その言葉に乗った! 最初のお客様はルタ君!」


 メットルは背負っていたアコーディオンとギターを下ろして、その内ギターの方をリヒトに渡していく。

 ターリエも懐にしまっていたフルートを取り出すと指の位置を調整した。


 ボーカルのアルナは三人の様子を気にして準備が整ったことがわかるとゴホンと一つ咳払いしてルタに言った。


「それではご清聴ください―――『贈る言葉』」


 リヒトがギターを弾き始め、その流れるメロディーに合わせてフルートとアコーディオンが続いていく。

 数秒の前奏の後にアルナが大きく息を吸って美声を届け始めた。


「~~~~♪」


 素敵な音楽と歌声が木々を通り抜け、木や植物、動物や魔物と様々なものにその曲を届けていく。

 風が吹き始めた。

 その風で優しく揺れる木々や植物は音楽に体を揺らしているようだ。


 動物や魔物が集まり始めた。

 音楽に誘われてやってきた狼や小鳥、鹿などは本来相容れない肉食動物と草食動物であるにもかかわらずこの時だけは一切の争いを起こさずにただじっと観客と化しているようだ。


 半壊した廃屋の二階の特等席からその曲を聞いていたルタは驚いていた。知ってる曲だ、と。

 それもこの曲は自分とレナちゃんの二人で作った曲で二人だけの秘密であって村の子供達ですら知らないはず。


 どうしてよそ者のあの四人が知っているのか。

 それじゃ、レナちゃんと会ったってことも本当で―――


「良い曲でしょ。私が作るのを手伝ったんだよ?」


「レナちゃん!?」


 突然横から声が聞こえて振り向けば一緒になって聞いているレナの姿があった。

 レナは驚いているルタにニコッと笑みを向けると再び演奏中の四人に視線を向けていく。


 レナは曲に乗っているかのように折れた床板から足を投げ出してふらりふらりと足を交互に振っていた。

 そんな様子を見ながら僅かに透けている彼女にルタは再び涙を浮かべる。


「僕の行動は間違いだったかな?」


「わからない。ルタ君の心の奥底までは理解しきれてないから。

 でも、ルタ君が優しいことだけは知ってる。だから、私の知ってるもとのルタ君に戻ってくれて良かった」


「......レナちゃんはもう戻って来ないの?」


「わかってるでしょ。私がどういう存在なのかぐらい。

 全く、ルタ君がふてくさっちゃうから見過ごせなくてずっとこの世ここに留まってたよ」


「そっか」


 ルタは涙を拭うとレナから視線を外して四人を見て曲を聞いた。

 レナと二人で作った曲だからかスルスルと耳の奥へと入り込み心にまで届いて溶けていく。

 気持ちが良い。温かい。そして同時に悲しい。


 ルタは寂しさを押し殺すように気丈に振舞ってレナに話しかける。もう自分は大丈夫と思ってもらえるように。


「この曲を聞き終わったら消えちゃうの?」


「......たぶんね。私がここにいれたのはルタ君を助けてもらうためだから。その役目も終わったらもういる意味も無くなっちゃうし」


「そう、なんだ」


 ルタの心に再び寂しさの波が襲ってくる。

 今にも目から溢れだしそうだった。ダメだ、我慢しろ。もう泣かなくても大丈夫だって思ってもらえるように。


 その時、隣から確かに聞こえた。レナの今の気持ちが。


「私は......もっと話したかったな」


「っ!?」


「ルタ君を助けられたことに対して悔いはないの。

 だけど、もっと楽しくて素敵なことが会ったんだろうなと思うととても寂しい。

 なにより大好きなルタ君ともう会えないと思うのはとても」


 ルタの胸が苦しく締め付けられる。ダメだ、ダメだって! 我慢しなきゃ......。


「いつか言ってたよね、お嫁さんになって素敵な人と結婚したいって。それが出来ないと思うとね。絶対素敵な人になると思ってたから」


 レナが泣き始めた。流す水分すらその体にはないはずなのに泣いているように見える。

 ルタも我慢できなかった。塞き止めていた分多くの涙が流れ始める。


 演奏の曲が最後のサビに入り始めた。もうすぐだ。もうすぐ終わってしまう。別れの時がやってくる。


「ルタ君。私ね、ルタ君のことが大好きだよ」


「うん、僕も大好きだよ」


「だから、私がいたこと忘れないでね」


「絶対に忘れない」


「絶対に幸せになってね」


「頑張るよ」


「色んな事を見て聞いて知っていつかまた会えた時たくさんお話ししようね」


「わかった。それじゃ約束しなきゃね」


 ルタはそっと右手の小指をレナへと差し出す。

 その行動にレナも右手の小指を出して指切りをするように交わらせた。

 もちろん、そこにレナの感触はない。だが、ルタは確かに感じていた。そこにレナがいることを。


「指切りげんまん嘘ついたらルタ君の恥ずかしいことを周りに言いふらす」


「え、それはズルいよ!」


「なら、そうならないように頑張ってね」


 レナはそっと指を離すとその場に立ち上がった。

 そして、ルタを見下ろしながらそっと手を横に振った。


「ルタ君、バイバイ。


「うん、バイバイ」


 レナに返すように手を振ったルタ。曲が終わると同時にレナの姿が魔力となって空中に消えていく。

 ルタは涙を拭うと演奏していた四人に拍手を送った。心なしか彼の顔は晴れやかだった。

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