第24話 偽悪的な演技
ターリエとメットルが窮地に立たされていた時、間一髪リヒトの助けが入り難を逃れることが出来た。
しかし、未だ状況は変わらない。
暴走しようとしているルタを止めるのは彼を説得しなければ。
「リーちゃん、大丈夫?」
リヒトから遅れて二階に上がってきたアルナは咄嗟に飛び込んでいった彼の安否を確かめた。
それに対し、リヒトは「俺は問題ない」と言うとすぐにアルナへ指示を出していく。
「お嬢! 先にメットルの治療に当たってくれ」
「わかった!」
アルナはすぐにメットルに駆け寄るとひしゃげた腕を片手で持ち、もう片方の手で治癒の光を当てていく。
すると、メットルの腕はみるみる内に回復していきあっという間に動かせるようになった。
このことにはメットルも目が点になる。
腕の感覚を確かめてみても......うん、問題ない。
「アルナさんが天紋持ちってことは手の甲を見て分かったけど、まさか治癒なんて貴重なものを持ってるなんてな」
「たまたまだよ。そんな話はともかく、今すぐここを離れるよ」
アルナは両腕でメットルとターリエを抱え始めた。
そのことには二人とも「え?」と驚きの声が隠せない様子だ。
壊れた壁から飛び出そうとするアルナにルタは「行かせない!」と黒い根っこを飛ばしていく。
しかし、その根はリヒトに剣化した右腕によって切断された。
「手荒な真似は止してもらおうか」
リヒトはルタを見た。
その時、左目だけが特異的な目をしていることに気付く。この目、まさか!?
「邪魔をするなっ!」
「くっ!」
ルタは頭上に根っこを絡めて塊を作るとリヒトへと一気に振りかざしていく。
その大雑把な攻撃をリヒトに対し「盾で受けるのは不味い」と動物的危機感で判断するとその場から跳躍した。
ルタの攻撃によってリヒトのいた場所は大きく風穴が開いていく。
加えて、その衝撃によってルタがいる場所を残して廃屋が倒壊していった。
茜色に染まり始めた日差しの中、リヒトはアルナ達の近くの地面にドスンと着地していく。
そして、見上げた。
バキバキ壊れて残った二階部分には黒い根っこを触手のように動かしているルタが見下ろしている。
そんな二人の光景が先ほどのメットルとルタの光景に見えたのかターリエは思わず叫んだ。
「リヒトさん、ですよね!? その子はルタ君です!
レナちゃんと仲が良かったあのルタ君です!」
その言葉にリヒトは「そうみてぇだな」と短く答えた。
そして、彼は両腕の
「ルタ、俺達はお前を襲いに来たんじゃねぇ。話に来たんだ。だから、その矛を収めてくれ」
リヒトは努めて穏やかに言葉を並べた。
しかし、ルタは聞く耳持たない様子で答える。
「話? 一体何の話だよ。僕は
大人は
「最初からだ。俺は依頼主の頼みでお前を殺すわけにはいかない。救ってくれと頼まれた」
「頼まれた? 一体誰が僕に?」
「レナだ」
その言葉にルタは歯をギリッと噛み締めて二本の根っこをリヒトへと差し向けた。
レナちゃんはもう死んだんだー! と叫びながら。
その根っこが直撃したリヒトは簡単に吹き飛んでアルナ達の頭上を通り過ぎると木に突っ込んでいった。
その木は見事に折れて横に倒れていく。
その光景を見たアルナは思わず「リーちゃん!」と叫ぶが、リヒトは何事も無かったかのように立ち上がると元の位置まで戻って告げた。
「本当だ。レナは魔力思念体となって今もお前のことを心配している」
「レナちゃんはもう死んだんだ。僕自身がその瞬間を見たんだ。レナちゃんをバカにするな!」
ルタは再び根っこを動かしリヒトへと振り落としていく。
しかし、今度はリヒトがその根っこを両手で捉えた。
その衝撃はリヒトの足を軽く地面にめり込ませるほどの威力があった。
そんなルタからの明らかな攻撃意志を見せられているにも関わらず、リヒトは変わらず冷静な声でルタに言葉を届けていく。
「確かにレナは死んだ。その事実は間違いない。
だが、この世には不思議なことがあってな。
そんな死者からもメッセージが届くんだよ」
―――数分前
丁度リヒトとアルナが合流して廃屋へと向かっている時のことだった。
その時、廃屋が見えてきたタイミングでスーッと可視化した魔力が集まっていき一人の少女の形を作り出した―――レナだ。
レナの姿を見てリヒトアルナは思わず立ち止まる。
彼女が真剣な目で何かを伝えるように構えていたからだ。
レナは二人を見てただ言葉を告げる。
「ルタ君を助けてあげて。あの子は苦しんでいる。もう苦しんで欲しくない。
塞いだ目を開けば、顔を見上げれば自分を受け入れてくれる世界は必ずある。
あの子はそれを知らないだけ。だから、あの子を助けて教えてあげて。私にはもう時間が無いから」
「レナ......」
リヒトが声をかけようとしたがレナは再び姿を粒子状の光に変えて空気に消えてしまった。
恐らく彼女の未練が無くなり始めているのだろう。
裏を返せば、それだけリヒト達がルタを救ってくれるということを信じていること。
―――現在
そんなレナの願いを叶えるためにここでリヒトがルタに負けるわけにはいかない。
かといって、自暴自棄になっている彼を傷つけて止めるのも違う。
最善は彼が自らの過ちに気付いて話しを聞いてくれる体勢にさせること。
リヒトは考えを模索していた。どうやったらルタを説得できるのか、と。
それに不安要素は他にもある。
それはどうしてかわからないがルタが酷く恐ろしい姿をしていることだ。
自分が今まで見てきた
それこそ動物的本能がずっと「戦うな」と警鐘を鳴らしているような。
もとは人間だったはずだがどうしてあんな恐ろしい姿になっているのか。
気配だけで言えば
そんな思考を巡らせるリヒトの一方で、先の彼の言葉を聞いたルタは苛立ったように叫んだ。
「そんな言葉信じられるか! 皆、僕を
そんなに僕を説得したいなら
リヒトが掴む根っこの圧が強くなっていく。
バコッとリヒトの両足を中心に小さなクレーターが出来始めた。
このままでは押し潰されるのも時間の問題。
しかし、そんな危機的状況でリヒトは思わずニヤリと笑った。
リヒトは「その言葉、信じるぜ」と言うと両手の根っこを突き飛ばし、背後にいるアルナへと見る。
その視線だけでアルナは察したようで「リーちゃんのしたいようにしていいよ」と優しく言葉を送っていく。
リヒトは「サンキューな」と嬉しそうに返答すると今度はメットルとターリエの二人に向かって一言だけ告げる。
「メットル、ターリエ、お前達二人には隠していたことがあるんだ。実は俺―――人間じゃねぇ」
「「え?」」
リヒトの突然の言葉に二人は首を傾げる。急に何を言ってるのか、と。
だが、その言葉が真実であるかのようにリヒトの黒い鎧の姿がボコボコと変化し始めた。
その変化には二人だけではなく、ルタも根っこの攻撃を止めて見入っていく。
リヒト黒い鎧は腕を深緑色、上半身と顔をグレーの毛皮付き、下半身を僅かな茶色と真っ白な羽毛から伸びる三つに分かれた黄色い足、極めつけは下半身から生える手のように自在に動く三又の尻尾へと変化していった。
さらに百八十センチほどであったリヒトの巨体は徐々に大きくなっていき、二百三十センチほどまでの屈強な肉体へと膨らんだ。
頭、腕以外の上半身は狼で出来ていて、腕はストレッチオオトカゲ、下半身と尻尾はスチールランスホークという魔物で作られた人間のような二足歩行する生物。
これがリヒトの本来の姿だ。
そこにはリヒトの人間であった容姿などまるで無く、動物という存在すらバカにするような子供が切り繋ぎしてできたような存在。
まさに
その姿にメットルとターリエは驚きが隠せず言葉にすらならない様子だった。
ただ口をあんぐりと開けて夢から覚めたように思考が止まっている。
これが自分達が今まで接してきたリヒトなのかと。
また、リヒトの姿を見て驚いたのはルタも同じだ。
彼は共生関係という形で勝手にボスに見立てて廃屋に住み着いていたガルガとドゥーナの姿を知っている。その
リヒトは悲しそうな目でメットルとターリエに「悪りぃな」と一言言うとその場に胡坐をかいて座り込んだ。
「さて、ここに
その言葉にルタはハッと我に返ると焦った様子を見せながらもすぐにギリッと歯を噛み締めて偽悪的に振舞っていく。
「そんな言葉に騙されてバカじゃないの? あんなのはただの言葉にしか過ぎない!
僕がレナちゃんやパパとママを殺したことには変わらない!」
「嘘は止めとけ。お前はそういう理由で自分自身を許さない口実を作ってるだけだ。
本当はお前の両親やレナからしっかりと受け取った愛を知ってるはずだ。
そんな連中がどんなことを言うのかもな」
「っ! うるさい!」
ルタは根っこを四本動かしてリヒトへと叩きつけた。
しかし、リヒトは受け止めることはせずにただ座ってその攻撃をバシンバシンと受けていく。
外れた根っこの攻撃が地面を軽く凹ませるほどの衝撃がリヒトへいくつも加えられていった。
「僕が殺したんだ! 僕が許されちゃいけないんだ!
僕がこんな目持ってるから! 皆を不幸にした! その罰を受けるべきだ!」
「子供がいっちょ前に全ての責任を負おうとするなよ。
そもそもそんな罰を与えてるのは自分だけだ」
「違う!」
リヒトの体中に鞭のように振るわれた根っこの擦過傷が出来、根っこに染みついた鮮血が宙に舞っていく。
彼のグレーの毛並みや真っ白な羽毛もその血によって赤く変わっていった。
しかし、リヒトは一切動くことはせず、子供の癇癪だとばかりに全ての攻撃を受け止めていく。
その痛々しい姿にルタはどんどん苦しそうな顔をしていった。
「僕は変われない! こんな目がある限り! 僕はまた傷つけちゃうんだー!」
その叫びはルタの感情によって爆発した魔力によって「魔物もらい」に影響を始めた。
森の奥からガサガサと音がすれば現れたのは大量の魔物。
それがアルナ達を無視してリヒトを囲っている。
その状況を見てリヒトは覚悟したように一つ息を吐いた。
彼はその目のもう一つの特徴を知っていたからだ。
「魔物もらい」そのまたの名を「魔物使いの目」。
つまりはその目を使って魔物をある程度操ることが出来るのだ。
ルタは田舎に住むただの少年だ。
魔力の使い方すら教わらない彼がそれを使えることは無かった。
しかし、彼はあの悍ましい容姿によって魔力が底上げされてる様子で、それによって目の本来の効果が発揮されてしまったらしい。
「え、なんでこんなに魔物が.....!? ま、待って!」
加えて、本人にその操作能力がない。
一時的に反応してしまったその目は森にいる魔物をかき集め、さらにリヒトという攻撃対象だけを残して消えてしまった。
魔物達が一斉にリヒトに襲い掛かる。リヒトは動かない。
その光景を見てルタは過去の光景と重ねた。
両親を襲った魔物、そして最愛の友を襲った魔物の光景と。
「やめろおおおおぉぉぉぉ!」
ルタは叫び必死に手を伸ばす。
その感情と動きに合わせていくつものツタがリヒトへと向かっていく。
そんな彼の反応に対し、リヒトは彼の本当の言葉を聞けたと笑みを浮かべた。
瞬間、ザッと動いたリヒトは瞬く間に襲い掛かってきた十数の魔物を爪や尻尾で切り伏せる。
「安心しろ、俺はこれぐらいじゃ死なねぇ」
リヒトはニカッとルタに笑みを向けると彼は安心したように膝から崩れ落ちた。
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