第23話 怪物の姿をした少年
ほのかにかび臭いニオイに満たされた廃屋。
夜のような暗さを演出する黒い根っこは二階の部屋のほとんどを覆っている。
その根っこを出しているのは一人のギュッと身を縮めるように三角座りしている少年だ。
彼を見ながら根っこに捉えられてるターリエは理解しなくてもわかってしまうヤバイ存在に脂汗が隠せないでいた。
そんな中、少年は聞いた―――生きるって何が楽しいの? と。
左目の瞳が黄色く白目が黒く変色している少年の視線にターリエは思わず釘付けになりながらも答えた。
「そう......だね、何が楽しいってハッキリとした答えがあるわけじゃないんだけど、私の場合は音楽が好きだからその音楽と一緒に日々を過ごせてるのが楽しいって感じかな」
少年はうんともすんとも答えることなくただ感情も感じられない冷え切った目でターリエを見つめるばかり。
そのせいかターリエは家の外から時折聞こえてくる大きな音が気になってもそっちに視線を移すことが出来ない。
それにこの子の目って......え、でもこの子は人間なんじゃ?
ターリエが少年の目に関して何か違和感を感じている一方で、彼は変わらぬ光の無い瞳を向けたまま答えた。
「それはあくまで持ってるものの人の話だよね。
僕は無くなった。無くしてしまった。僕のせいで。
そんな僕がこうして生きてるのはおかしい。
生きるはずは僕じゃなかったはずなのに」
少年はずっと何かを責めている様子であった。
抑揚はまるで無いが言葉の端々からそのような感情が伝わってくる。
その時、ターリエは目の前にいる少年が誰なのかわかった。
昨晩聞いた村で迫害されてた子だと。
そう、名前は確か―――
「ルタ......君?」
「っ!?」
―――バコンッ!
少年の目がカッと見開き、束の間ターリエの頬を掠めるようにして根っこが通り抜けていった。
根っこは彼女の数メートル後ろにある壁にまで到達して突き刺さっている。
ツーっとターリエの頬から血が流れ頬を伝っていく。
しかし、今の彼女にそのことを気にしている様子はない。
息を呑んで出て来やしない言葉は胸の奥でくすぶり続けながら、彼女はただ目の前で初めて感情を見せたルタを見つめていた。
「どうして僕の名前を知ってる!?」
ルタは怒りと困惑が混じったような顔でターリエに問い詰めた。
根っこを引き戻すつもりは無いらしい。
ターリエは返答を間違えれば死んでしまうかもしれないと悟り慎重に答えていく。
「村の人達から聞いたんだよ。今少しお世話になっててね。その成り行きで」
「あの人達が僕のことを気にするとは思えない。
レナちゃんのおじいちゃんなら特にそう思うはずだよ。
だって、レナちゃんは僕が殺したようなものなんだから......」
ルタの表情はどんどん弱弱しく変化していく。
自分を責めているのか握りしめた拳は目の前に自分の顔が現れれば今にも殴り出しそうに小刻みに震えていた。
ターリエは少年の子供らしい年相応の反応を見て冷静になってきた。
村に住んでいた頃の他の子供達を相手していたお姉ちゃん気質が現れた影響かもしれない。
すると、抱えていた疑問が一気に溢れてきた。
例えば、ルタという少年は村長の話を聞いて人間だと思っていたが、今の彼は背丈や体型、顔を見れば子供の顔だがその前身は黒い根っこを身に纏ったように覆われている。
彼から放たれる威圧感はまさにそんな場所からでその姿が人間であるかどうかを迷わせていくのだ。
とはいえ、そんな話は後回しだ。
今重要なのは自分がこの場所から生き延びること。
少なからず、目の前の少年が自分を殺す様子はない。
なぜなら、彼は自分の頬を傷つけた時一瞬「やってしまった」という顔をしたからだ。
ルタ君は恐らく自分に干渉するのを避けるために演技しているのだと思われる。
そうでなければ、今頃とっくに自分はこの世からおさらばしているだろうから。
なら、今の私に出来ることはこの子を説得すること。
小さい子の扱いは得意中の得意!
「ルタ君はレナちゃんを殺すような子じゃないよ」
「っ!......どうしてそんなこと言えるの!?
レナちゃんだけじゃない! 僕のパパとママだって!
僕のことを何も知らないくせに!」
「確かに何も知らない。だけど、少なからず今こうして私が話した感じだとルタ君は悪い子じゃないと思えるんだ」
ターリエの言葉にルタは「そんなことない」という言葉を繰り返しながら呟いていく。
彼の目は酷く泳ぎ動揺しているのが手に取るように分かった。
きっと今の彼は困惑してるんだと。
ルタ君は偽悪的になろうとしている。
そうあることで心の安定を図ろうとしている。
自分がこうでなければならないって。
どうしてそう思うのかは昨晩の村長カマタさんから聞いた話の内容から大体察することが出来た。
恐らく、いやきっと、ルタ君の両親やレナちゃんが死んでしまったのは事故でしかなかったのだろう。
ルタ君の目は「魔物もらい」という奇病でその性質として魔物をおびき寄せやすくなってしまうという効果がある。
ルタ君の両親とレナちゃんはルタ君の魔物もらいという目の影響でおびき寄せられた魔物によって襲われてしまった。
これは憶測だけど両親と同じで懐いていたルタ君を守ろうとしてレナちゃんは襲われたのかもしれない。
その事故が怒ったのは偶発的。
だけど、原因が魔物もらいであることはハッキリしてるからルタ君は結局原因は自分にあるのだろうと思って今もずっと自分を責め続けている。
しかし、昨日レナちゃんを見てあの子は自分が死んでしまった原因がルタ君にあるとは一言も言わなかった。
それどころか彼と一緒に唄っていたという歌を楽しそうに披露してくれた。
その気持ちはきっと彼の両親も同じだろう。
なぜなら、彼を守るために一緒に迫害されたのだから。
我が子を愛してなければそんなことはしない。
レナちゃんとルタ君の間には生死以外にも大きな認識違いがある。
それをしっかりと正してあげなければどっちも報われない。
「ルタ君、大丈夫。気持ちを落ち着けて。
君が悪い子じゃないって私わかるから。
だから、もう少しお話ししよ?」
ターリエは努めて笑顔を向けながら言った。
今のルタ君に向けるのは怯えや恐怖といった感情じゃない。
とっくに荒んでいる彼に寄り添う姿だ。
ルタはそっと顔を上げる。
その目は希望に手を伸ばすような感じでハイライトの見えなかった目に初めてそれが宿ったようだった。
「お姉ちゃん、僕は―――」
―――ダンッ!
「ターリエ、大丈夫か!」
その時、メットルがドアを蹴破って入ってきた。
その手にはクワを持っている。
二階に上がる前に一階で見つけた物だ。
メットルはターリエを見て一先ずホッとした表情を見せる。
しかし、すぐに顔つきを変えると先ほどから異様な禍々しさを放つ少年へとクワを向けた。
「まさかここにも
それは正しく最悪なタイミングであったと言えるだろう。
メットルの言動は全て妹を助けるためのものでそこに場をかき乱すような考えなど含まれていない。
故に、彼の口から出た率直な言葉はあまりにも強くルタの心を打ち抜いた。
「ミセ.....リア......」
ターリエの言葉で開きかけた心の扉は急速に閉じられた。
その様子が手の取るように分かったターリエは焦りを感じてすぐさまメットルに「お兄ちゃんのバカ! 早く謝って!」と言う。
しかし、メットルはすぐに「はぁ? 何言ってんだ!?」と驚いたような声を上げた。
当然だ、彼は妹を助けるという大義名分のために動いていて「
あまりにも自然に誤解が交差していく。
その結果、訪れるのは―――ルタの拒絶だ。
「そう......そうだよ、僕は
だから、魔物も引き寄せるし、大切な友達も殺してしまう!
僕が
僕はもう誰の近くにいれやしない!
僕が
ルタは泣いていた。
目から溢れる涙を拭うこともせずただ前のめりの姿勢で大声で「自分が悪い」と嘆いた。
思えば昔から村の皆は真実を告げていたのかもしれない。
魔物もらいになった僕を皆は「
そして今、もはや容姿すら
もうこれ以上の言い逃れは出来ようか。いや、出来るはずがない。だって、
だけど、これ以上この状態で居たくない。
どうすれば、
「僕は
ルタはターリエの拘束を解く。
頭上で両手を黒い根っこによって縛られていた状態だった彼女は急に一気に流れ出した血にふらっと足をふらつかせた。
そんな彼女をメットルが近づいて支えていく。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。だけど、しばらく私、お兄ちゃんに対して
「なんで!?」
助けに来たメットルからすればそれはあまりにも理不尽な怒りであると思えてしまうだろう。
しかし、ターリエがメットルに対して今その説明をしている暇はない。
なぜなら、目の前からの圧がどんどん大きくなっているからだ。
ルタは立ち上がった。
首から下がほとんど禍々しい黒カビのようなもので覆われていて、壁に張りついた根っこが脈動し、また別の根っこが触手のようにゆらゆらと動いている。
「僕は
「伏せろ!」
ニヤリと笑ったルタは根っこの一本を横なぎに振るった。
その根っこの動きを見て嫌な予感をしたメットルは咄嗟にターリエの頭を床に押し付けて自身もしゃがんでいく。
直後、バコンッという音共に根っこが通り抜け、メットルとターリエの背後の壁は吹き飛んでいた。
この廃屋はだいぶ痛んでいたのか壁が破壊された近くの屋根の一部が崩れ落ちてくる。
埃っぽいこの場所で舞い上がった煙に二人はケホッケホッと咳をしていればルタの次なる一手がやって来た。
ルタが二人に向けて根っこを振り落としたのだ。
それに気づいたのはメットルだけで咄嗟に横にいるターリエの肩を右腕で弾き飛ばせば、押し出していた分伸び切っていた腕に根っこが直撃した。
根っこは容易くメットルの腕をグシャとひしゃげさせ、そのまま床に押し付けていく。
「お兄ちゃん!?」
「ぐああああああ!」
メットルの腕は見事に逆方向に曲がっており、痛みにメットルが床に転がる。
額には大量の脂汗を流し、左手で右腕を押さえながら叫び続ける。
その姿を見たルタは―――苦しそうな顔をしていた。
「僕は
ルタが叫んだ。そして、感情のままツタは無造作に動き始め、周囲の壁や床を叩いていった。
瞬間、支えきれなくなった廃屋はメットルとターリエのいる方だけ崩れ落ちていく。
空中で瓦礫と一緒に落下していく二人を見ながらルタは
メットルとターリエは死を悟った。
そう思うほどには目の前を覆う黒い根っこが遅く大きく近づいて来るのだ。
―――ザンッ
しかしその瞬間、二人の目の前にまた違う黒い塊が現れた。鎧のような形をしている。
「待たせたな二人とも。助けに来たぜ」
黒騎士リヒトは力強く言い放った。
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