第22話 区別の仕方

 アルナとドゥーナが移動していた一方で、逆方向へと距離を取っていくリヒトは動きやすい開けた場所にて追ってきたガルガと対峙した。


 ガルガが邪悪な笑みを浮かべる一方で、リヒトは先ほどまで向けていた鋭い視線をふわっと柔らかくすると声をかけていく。


「サンキューな、わざわざ移動してくれて。これで話しやすくなるってもんだ」


 気さくな声にガルガは一瞬怪訝な顔を浮かべたがすぐに鼻で笑って返答する。


「ハッ、話しやすくなるだぁ? 何を言ってやがる。これから俺達は殺し合うんだろうが」


「いいや、違うな。少なくともお前は言語を理解して相手の話を聞く余裕がある。

 理性の消えた怪物ミセリアじゃねぇってことだ。

 心が怪物ミセリアでなければまだ救いの道がある。

 俺の騎士としての信条だ」


 ガルガはリヒトの言っている意味が半分も理解できなかった。

 しかし、言いたいことはわかる。つまりあれだろ?


「まさかお前は俺を救うとでもいうつもりか? 怪物ミセリアの俺を?

 俺達は同じ怪物ミセリア同士。同族であっても関係なく殺し合うために作られた存在だ」


 ガルガは怒りを露わにしたように睨みを聞かせる。

 意味わからねぇことばかり言いやがって、と。

 その言葉を受けたリヒトは驚いていた。

 ガルガに殺意を向けられたことにではなく、最後の言葉の意味に関してだ。


「なんだ、俺の正体を知ってたのか」


「俺の目は舌だ。この舌はセンサーになっていてお前の内側を容易く暴く。

 俺達複合生物型キメラは死体を組み合わせて出来た存在だからな。

 肉体の体温は人間のそれより低いんだ」


 舌をチョロッと出し入れするガルガの行動を見てリヒトは本から得た知識を組み合わせて初めて生物行動を理解した気がした。

 これまではほとんど情報のみであったから。


 そのため「なるほど。そいつは勉強になった」とリヒトは素直に感謝の意を述べるが、それはガルガからすればあまりにも場違いな行動であり彼は苛立った表情を浮かべていく。

 ここはもう殺し合いの場なんだぞ? と。


「あれか? 先ほどから全く構えもしないのは俺が改心するかもしれねぇとでも思ってるからか?」


「そうだな。俺は同族のよしみで怪物ミセリアは嫌いじゃねぇ。

 ちゃんと分かり合える奴もいるからな。

 だから、どうにか共存出来る環境が作れねぇかなとは常々思ってる」


「それは所詮希望的観測に過ぎない。

 それに俺達にその殺意を植え付けたのは同じく人間だ。

 加えて、人間を食わなきゃ生きれない体にしやがった。

 俺達は生まれた意味すら与えられず死ねと?」


 その言葉にリヒトは首を横に振っていく。

 自分達が生きている意味は決してそのような意味じゃない。

 意味であってはいけない。


「確かに俺達はそのような使命を課せられて生まれた存在だ。

 だが考えてみろ? 常に人間を食って生きれるわけねぇ。

 場合によっちゃ数日間は食えないこともある。

 そのくせ俺達が必要な食事は人間と同じで数日食わなかったら生きることすら難しい」


 そうでなければあまりにも非効率であり、事実生まれてから人を食わずにいるリヒトが生きている道理が無くなってしまう。

 つまり人を食わなくても十分に生きられるのだ。

 殺し合う意味がない。


「それに人間だって全てが全て話が出来ない相手じゃねぇ。

 俺達みたいな存在に興味を持ち受け入れてくれる人もいる。

 言わば良心を持った研究者みたいな存在だ」


 これはあくまでリヒトの持論だ。

 彼は自分が恵まれた環境にいると自覚している。

 怪物ミセリアである自分を理解してくれる人は必ずいるのだとそう思わせてくれる人がいる。

 だから、彼は前に進める。

 ガルガはまだそのような存在に出会ってないだけだ。


 リヒトはあくまでガルガの説得を試みた。

 しかし、それらの言葉はガルガにとっては全て逆効果であった。


「お前の意見を俺に押し付けるな!

 俺は人間を殺す! 楽しいから殺す! 美味しいから殺す! 殺す殺す殺す! それが俺という存在だ!

 お前がここで俺を見逃そうともこれから俺のすることは人間の皆殺しだけだ!」


「......」


「そうだな、手始めに近くの村から襲ってやろう。

 お前のその人間みたいな姿をどうやってるかは知らねぇが、お前に出来て俺に出来ないことはないかもしれないしな。

 ま、もとより普通に襲えばそれで済むことだ」


 リヒトは静かに目を閉じていた。

 少し悲しそうに「そうか」と呟くと自身の肉体を変化させていく。

 黒騎士モードだ。


 ガルガはリヒトの肉体変化に思わず目を見開いた。

 どうやら目の前にいる怪物ミセリアは相当な技術が詰め込まれてるようだな、と。


 リヒトは左手の甲に盾を構え、右肘から先を剣のように変化させて構える。

 重鎧を纏ったリヒトの戦闘態勢ファイティングポーズだ。


「悲しいが、お前の目の狂気は間違いなく本気だった。

 だから、多くの人間に被害が出る前に同族として俺が対処する。

 心まで怪物ミセリアになった相手にこうすることしか出来ないのが悔しいがな」


 ガルガはほくそ笑んだ。ようやくこの瞬間が来たのだ、と。

 怪物ミセリアの本質は闘争だ。

 人間同士に限らず怪物ミセリア同士でも平然と殺し合う。


 仲間意識など弱い奴ほど作るものだ。俺は弱くねぇ。

 そもそもそういう風なデザインで作られたのが俺達だ。

 研究施設でも日々質のいい怪物ミセリアを作るためのデータ作業と称した殺し合いが行われる。

 下手な“作品”の処理も兼ねているのだろう。

 そんな中を俺は生き残った。この空を飛ぶ翼でもってな!


 ガルガは翼をはためかせると一気に高く飛んだ。

 ツチノコのような全体的に胴が太く全長の短い体からは鳥類の足が生えていてその爪先は鋭く尖っている。


「そんなに人間を守りたきゃ守って見せろよ!」


 ガルガは翼を大きくはためかせる。

 瞬間、その翼からは大量の羽が雨のように降り落とされてリヒトを襲った。


 リヒトはそれを盾でガードしていく。

 金属のような硬度をしているのかカンッと甲高い音が響いた。

 ただ、盾で防ぐことをしなくてもリヒトの黒い鎧には刺さる様子はないみたいだ。


 ガルガの姿を見ていたリヒトは段々と相手の姿が大きくなってるのに気づいた。

 これは肥大化? いや、高速で近づいてるのか!


 ガンッとリヒトの盾に急降下してきたガルガの両足の爪が直撃した。

 空中に浮いてるぐらいだから彼の体は軽いのかと思いきや平然と数メートル押し飛ばされるほどには重い。


「次はこっちだ」


 リヒトはガルガは背後に回り込んだことに気付くと素早く右腕を振るう。

 しかし、ガルガは浮いているためにふわっと躱され、逆にその右腕に彼の尻尾が絡みついた。


 ガルガは「そらよ!」と鋼化したリヒトの体を投げ飛ばした。

 空を飛んでいても怪物ミセリアとしての力は健在らしい。

 リヒトの肉体は近くの木へと直撃し、へし折りながらそのまま数メートル地面を転がっていく。


 しかし、リヒトにダメージはない。

 彼の纏う鎧がとても頑丈だからだ。

 そのことにはガルガも苛立った顔をする。

 どうにかしてあの鎧を破壊しなきゃジリ貧だ、と。

 リヒトは起き上がると再び構えた。


「今度はこっちの番だ」


 リヒトは怪物ミセリアの力を活かして岩石のような巨体を高速で移動していく。

 その速さにはガルガも思わず「疾っ!」と声を漏らすほどだった。


 あっという間にガルガへと近づいたリヒトは素早く右手を振り下ろしていく。

 ガルガは片翼を少し斬られながらも躱すことに成功し咄嗟に飛翔した。


 背後の木はにあったにもかかわらず見事に切断されていた。


 リヒトはその切断された木に接近していくと右足を大きく振りかぶって切断した木を蹴り上げる。

 それは回転しながらガルガを襲った。


 ガルガは咄嗟に飛翔したために未だバランス制御ができていない。そこに木が飛んできた。

 咄嗟に翼を動かして幹へと直撃は避けたものの、枝葉に直撃してバランスを崩し落下していく。

 そこにリヒトが跳躍して向かい、彼の尻尾を掴む。


「がっ!」


 掴んだまま落下したリヒトはガルガの肉体をそのまま地面に叩きつけていく。

 直後に、右手による攻撃を行おうとしていたリヒトであったが、ガルガが翼を動かして砂埃を巻き起こしたことで一時的に視界が潰されて怯んだ。


 その隙をガルガは逃さず捉える。

 両足でリヒトの肩を掴むとそのまま巴投げするように投げ飛ばした。

 リヒトの巨体は数メートル先の木へと直撃したが、すぐに立ち上がって構える。


 そんな彼を見て起き上がったガルガは空中に退避しながら話しかけた。


「どうしてだ? どうしてそんな力を持ってまで人間との共生にこだわる!?

 お前の力があれば街ぐらいは容易く滅ぼせるはずだ!」


 ガルガには理解できなかった。リヒトという存在を。

 怪物ミセリアでありながら人間を守るような行動を取り、怪物ミセリアでありながら同じ怪物ミセリアに対して人間を殺さないように説得する。


 十分すぎる機動力ほこ重鎧たてを持っているくせにだ。

 それはあまりにも宝の持ち腐れだ。


 もっと傲慢になっていいはずだ。

 もっと強欲になっていいはずだ。

 わざわざ基本弱い存在しかいない人間に対して共生なんて生ぬるい考えを持つ意味がわからない。


 ガルガの言葉はリヒトにはどこか悲痛な声に聞こえた。

 きっと彼も研究者からは“下手な作品”の一つだったのかもしれない、と。


 しかし、それでも人間を殺すということはあってはならない。

 いくら容姿が醜くても、心まで醜くなってはもう本当に救いようがなくなってしまうから。


「俺の夢は本物の騎士になることなんだ。

 方法はまだ見つかっちゃいない。けど、きっとなれるって信じてる。

 それに俺は人間が好きなんだ。

 俺達より弱くても、どんなに生きるのに困ってもめげずに明日を迎えようと頑張ってる。

 また、色んな人間がより良い明日を目指して考えて考えて考え抜いて生きている。

 そんな姿に憧れたんだ。カッコいいと思ったんだ」


 リヒトの最初に憧れは絵本の中に出てくる騎士になりたいという子供が夢見るような考えでしかなかった。


 しかし、成長するつれて色んな人に出会い、色んな事を見て色んな事を聞いて色んな事を知って考え方が変化した。

 その憧れに色んな理由が肉付けされていったのだ。


 リヒトは騎士に憧れている。

 それは昔から変わらない絵本の中にいる騎士であるが、その騎士像も少しだけ変化した。

 より人間臭くなったと言うべきか。


 だから、彼は人間と一緒に生きたいと思うようになった。

 その最たる理由を挙げるとするなら、それは間違いなくアルナという存在だ。


「俺は俺の騎士道に乗っ取ってお前を処罰する。

 だが、ここでもう人間を襲わないと誓うなら話は別だ。

 完全に心が怪物ミセリアになって無ければ苦しくても未来はある」


 ガルガは思わず歯を食いしばった。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い! と。


「弱い存在に憧れる意味がわからねぇ!

 人間アイツらは所詮俺達の食料にすぎねぇ!

 いずれ食われる豚になりてぇって誰が思うかよ!」


 ガルガは翼を動かしてリヒトに突撃した。

 真っ直ぐリヒトに向かったかと思いきや突如大きく翼を動かして直角に右に曲がり、さらに高速でUターンしてリヒトの左わき腹に向かってドロップキックしていく。


 ガルガが作り出す風の揺らめきから位置を予測したリヒトはその攻撃を盾でガード。

 リヒトはすぐさま右腕を振るうがその攻撃は浮いたガルガに簡単に躱された。

 このままでは埒が明かない。


 そんなリヒトに気持ちはガルガも同じであった。

 攻撃してもダメージが与えられないのであれば意味がない。

 なら、相手に隙を作らせるか。


 ガルガは高く跳ぶとリヒトから離れていく。

 向かった場所はアルナがいる方向だ。

 その行動理由に気付いたリヒトは「させるかよ!」とガルガを追いかけ始めた。

 すぐさま木の幹に跳躍し、さらに幹を蹴って高さを稼ぎガルガに左手を伸ばしていく。


 かかった! とガルガはほくそ笑んだ。

 いくら固い鎧を持とうとも空中では何もできない。

 このまま掴んで叩きつけて―――ってなぜ左手が近づいてる?


 俺は今後ろに飛んで手を伸ばしても届かない位置にいるはずだぞ!?

 なのに、目の前に手が迫ってきて......不味い、掴まれっ!?


 ガルガが虚を突かれたのは理由がある。

 リヒトの肉体にはストレッチオオトカゲという魔物が使われている。

 その魔物の特性は伸縮。

 よって、リヒトの腕は任意で伸ばすことが出来るのだ。


「くっ!」


 リヒトはガルガの頭をガシッと左手で掴むと馬乗りになるように彼の体を移動させていく。

 そして、右腕を大きく引いた。


「じゃあな。今度は良い奴に生まれ変われよ」


「やめ―――がっ!」


 リヒトはガルガの胴体に右腕の剣を突き刺すとそのまま落下して地面に叩きつけた。

 ドオオオオンと大きな地響きが鳴り、真下には大きな凹みと辺りには砂煙が舞っていく。


 剣を引き抜いて立ち上がったリヒトは少し悲しい目でその死体を見つめると両腕を元の籠手に戻してアルナの方へと向かった。

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