第21話 生死の境界線

 メットルを先へ通すためにカメレオンの顔をした怪物ミセリアを引き受けたアルナはリヒト達と戦闘場所が被らないように移動すると少し開けた場所で立ち止まった。


 アルナは周囲を見て特に罠らしきものが見当たらないと「この辺りでいっか」と思って目の前にいるその怪物ミセリアドゥーナに声をかける。


「ねぇ、ここで退く気はない? もしくは、もう人を襲わないようにとか」


 アルナからの唐突の言葉にドゥーナは思わず見開いた。

 そして、次第に込み上げてくるは笑い。

 目をギョロギョロと動かしながら彼女は口を開いた。


「どうしてそう聞いたの?」


「これはリーちゃんの方針でね。目の前で見過ごせない光景を見ていない限り一応声をかけることになってるんだ」


 リヒトは怪物ミセリアである。しかし、怪物ミセリアであるからといって「心」までが怪物ミセリアになってるとは限らない。


 どんな相手であれ人間との共存の道に進もうとしてくれてるのなら彼は手を伸ばす。

 そんな彼の大切なことだからアルナはしてるのだ。

 もっともその答えは目の前の下卑た笑い顔で想像できるが。


「冗談! それは私達に食事をするなと言ってるようなものよ?」


 ドゥーナの言葉にアルナは首を横に振る。


「残念ながらそうでもないよ。少なからず、私は人間を襲わずに生きてきた存在を知ってる」


「まるで怪物私達のことを知ってるみたいね」


 ドゥーナは口では笑みを浮かべながらも目線は少し鋭かった。

 直感かはたまた生物的本能なのか、どちらにせよ目の前の少女はどこか異質な気がする。

 二人きりになっても依然として臆してない所でも。


 そんなアルナに対してドゥーナは少しだけ苛立った。

 これまでは男の冒険者であろうとも脂汗を流して余裕のない表情になっていたというのに。

 これは完全に舐められている。


 ドゥーナはゴリラの大きい拳を握りしめる。

 この人間のメスは少しいたぶってからじゃないと気が済まない、と。


「あなたがどんな物好きな同族に出会ったかは知らないけど、私達の存在意義は人間を殺すこと。それが私達が作られた意味。

 そう考えるとあなたの出会った同族って相当のバカ―――」


 ドゥーナが最後まで言いかける前に周囲に突如として殺意が囲った。

 左右の目を同時にバラバラにギョロッと動かして確認してみれば自身の周囲に光の十字架がいくつも囲っているではないか。


貫く光剣サンブレード


「っ!」


 ドゥーナはクルクルと巻いた尻尾を背後の木に伸ばすと絡み付け、すぐさま自分の体をその木の場所まで巻き取っていく。


 直後、自身のいた場所には串刺しにするように光の十字架が刺さっていた。

 少しでも遅れれば確実に死んでいただろう。


 ドゥーナは思わずアルナを睨んだ。

 だが、彼女の表情を見て僅かに怯む。


「私の大切な人達を馬鹿にするな」


 アルナは怒っていた。

 目を大きくし瞳孔を収縮し、先ほどの可愛らしい少女の顔とは一変して迫力がある。

 目はまるで真っ黒になったかのように光が無く、隠す気のない殺意で溢れていた。


 ドゥーナは今まで会ったことのないタイプに少し動揺したが、なんてことはない。

 結局はあのメスが人間である以上怪物わたしに勝てる通りはない。

 いつも通りに戦えばいい。


 彼女は地面にまで届く長い腕を折り曲げて四つん這いになるかのように低い体勢になる。


「あっそ。私にはどうでもいいことね!」


 地面を弾くように曲げた腕を一気に伸ばすとドゥーナの体はアルナに向かって直進していった。

 右手を握り大きく振りかぶってアルナに襲い掛かる。


「光鎖」


 アルナはドゥーナの地面から四本の光の鎖を作り出すと杖を持った右手を彼女に向けた。

 その鎖は瞬く間にドゥーナへと絡みつくと地面へと引き寄せていく。


「光浄の波動」


 アルナはすかさず杖の先にある球体に魔力を収束させてドゥーナに光の砲撃を放った。


 光の鎖によって拘束されてるドゥーナには絶対絶命な状況に思えたが、彼女は両手を縛り付ける地面から出てる鎖をすぐさま掴む。


 ふん! とドゥーナが勢いよく踏ん張ると怪物ミセリアが持つ圧倒的膂力によって鎖が出ている地面をひっぺ返し始めた。


 地面が鎖に引っ付いたまま五十センチぐらい抉れてそれが結果的盾の役割を果たしてアルナの砲撃を防いでいく。


 この機転とも言える行動にはさすがのアルナも驚いた。

 しかし、すぐに気を引き締め直して砂煙の中を警戒して見ていく。


「どう? これが本当の怪物ミセリアの力って奴よ」


 砂煙から一気に空中へと跳躍したドゥーナは今度こそ握りしめた拳をアルナに向かって振るった。


 アルナは咄嗟に背後に飛んで攻撃を避ける。

 ドゥーナが殴った位置には直径三メートルほどの凹みが出来上がった。


 直後、ドゥーナはアルナに向かって唾を飛ばした。

 その唾はアルナが足をつける地面に飛ばされ、それを踏んだアルナは左足が固定されてしまった。


 これにはアルナも思わず目を見開く。

 そして、思い出すはヨミノミチに仕掛けられてた粘着質な何か。


「私の唾液は粘着性があるの。そう例えば、こんな風に逃げられないようにしてね!」


「ぐっ!」


 ドゥーナはアルナに向かって遠心力いっぱいに振り回した左拳を彼女へ叩きつけていく。


 アルナは咄嗟に魔力による障壁を作ったが、ドゥーナの左拳は障壁を砕き、直撃した左腕は大きくひしゃげそのまま後方へ吹き飛ばされていく。


「ヒット! 感触あり!」


 ドゥーナは殴った感触から確かに左拳で相手の左腕を折ったことを確認した。

 あのバキバキと骨を砕いた音は忘れようもない。


 一方、地面を大きく転がっていくアルナはそのまま後ろの木に叩きつけられてようやく停止した。

 しかし、その木の衝撃もかなり大きく肺の空気が強制的に吐き出されるものであった。


 内臓へのダメージはギリギリ抑えられたものの左腕のダメージは深刻。

 、感覚はない。

 袖の部分が赤く染まってるので見なくても悲惨な光景になってることは想像がつく。


 アルナは鈍く痛む体を起こすもバランスを崩して背後に木に寄りかかる。

 そんなボロボロなアルナを見てドゥーナは勝ちを確信したようにほくそ笑んだ。


「まさか今の私の一撃で死んでないなんてね。

 イキってた大男ですら私の一撃で上半身を吹き飛ばしたってのに。

 どうやらあなたは結構な実力者のようなようね」


「......それはどうも」


 アルナは左腕を押さえるふりをして砕けた骨の部分に治癒の光を当てていく。

 そんな彼女の様子に気付きながらもドゥーナはゆっくりと近づきながら話しかけた。


「でも、これでわかったんじゃない? 本当の怪物ミセリアの恐ろしさって奴を。

 私達はあなた達のような存在を殺すために作られた。

 どういう目的かは定かじゃないけど、そんな縛られた自由に飽きた私達は研究施設を破壊して流れに流れてここに辿り着いた」


「......何人食べたの?」


「さぁね。知るわけないじゃない。今まで生まれてきて自分の食事の回数を数えることなんてあるの?」


 ドゥーナは随分とバカな質問をしてきたなと笑うと言葉を続けた。


「あなたが出会った怪物ミセリアがどのような性格かは知らないけど、人間を食わなくたって生きていけるって? そうじゃないでしょ。

 人間を殺せないほどの愚か者か人間に恐怖を刻み込まれた臆病者かでしかないでしょ?」


 その言葉にアルナはピクッと反応した。

 その僅かな変化をドゥーナは見逃さなかった。


 その時、遠くからドオオオオンと大きな音が聞こえてくる。

 その音をドゥーナはもう片方の決着がついたのだと予想して話している途中ではあったが予定を変更した。


「さて、あっちの決着がついただろうしこっちも終わらせようか。

 そういえば、魔法ではケガを治す魔法もあるらしいけどいくらあなたでも粉砕した骨をこの短時間で治すは無理よ」


「そうでもないみたいだよ」


 そう言ってアルナは先ほどは上がりもしなかった左腕を上げた。

 彼女自身全く痛みが無くいつもと変わらないケガの治りに驚いたが、それ以上に驚いていたのは当然ドゥーナだ。


 ドゥーナは今まで戦ってきた冒険者で自分で折れた腕を治癒する存在を見たことが無い。

 そんなことは同じ怪物ミセリアであろうと出来る存在はいないだろう。


 アルナは数秒という短い時間で腕を全快させた。

 そのことにドゥーナも思わず苛立ちを見せる。

 先ほどの余裕はそれによる油断だ。

 なら、これからどうするか。

 簡単な話だ。もう一度壊せばいい。


弾丸の舌先タンブレイク


 ドゥーナはカメレオンの頭に搭載されている切り札を放った。

 それ即ち、獲物を捕らえるために目に見えない速度で放たれる舌である。

 さらにその舌先には特有の粘着性もある。


 その舌先はアルナの左腕を捕え、木に押し付け、そのままアルナの腕ごと木を掴んだ。

 さらにそれだけではない。

 その舌で自身の体を巻き取ってアルナへと高速で接近していく。

 後はそのまま近づいて力いっぱいに殴り壊せば終わり―――なはずだった。


「そんな攻撃があるなんて知らなかったよ。でも、それは良くなかったと思うよ?」


 アルナが不敵に笑った。

 途端、彼女は「ふんぬううううう!」と踏ん張り声をあげると左腕に張り付いた木を根っこから引き抜いた。


 この時、ドゥーナは目を見開き思った。は? なにその馬鹿力は!? と。


「がはっ!」


 ドゥーナはアルナに引っ付いた木でもって押し潰された。

 舌先で木をも掴んだことが仇となってしまったようだ。

 アルナが木を上にあげれば地面にバウンドしたドゥーナが軽く宙に浮いている。

 そこ合わせてアルナは木を横に薙ぎ払っていく。


 大きく木の幹に打ち付けられたドゥーナは吹き飛んでいくが、今度はアルナが離れた舌先を掴んでいった。


 さらにドゥーナは驚く事態に見舞われる。

 それはアルナが彼女をブンブンと振り回し始めたのだ。

 そして、そのままあちこちの木の幹へとぶつけてはへし折っていく。


 ドゥーナは思った。ありえない! 人間の膂力じゃない! と。

 これまで彼女は木を根っこから引き抜くましてや振り回す人間など目にしたことはない。

 それこそ大男オスであっても。


 だが、今振り回してるのは自分の半分も体重がなさそうな華奢な子供のメスであり、何が一番狂ってるかと聞かれれば魔力による身体強化を一切してないことだ。


 そのメスは何かを仕掛けようと右腕に魔力を集中させている。

 故に、左腕は単なる人間の力によるもの。

 こんなものまさしく“怪力”だ。


「せやああああ!」


「がっ!」


 ドゥーナはアルナに思いっきり空中から地面へと叩きつけられた。

 その地面にはこの戦闘で一番大きいクレーターが出来上がる。


「あなたは心まで怪物ミセリアだった。

 だから、リーちゃんに代わって私が怪物ミセリアを倒す」


 アルナはドゥーナをグイッと引き寄せると右手に持つ杖の先から光の刃を作り出す。

 その杖の形はさながら薙刀のようであった。


「光刃一閃」

 

 アルナは向かって来るドゥーナに杖先を当てて斬り払った。

 ドゥーナの舌先はアルナから外れ、胴体を大きく袈裟斬りにされた彼女はアルナの後方へ吹き飛んでいく。

 胴体からは血が流れだしていて、彼女が再び動き出す気配はない。


 アルナは杖から光の刃を消すと後ろに倒れてるドゥーナに向かって振り返る。

 そして、そっと手を握り合わせた。


「私は怪物ミセリアが好きだよ。でも、心までは怪物ミセリアじゃダメなの。

 そうしないともうずっと分かり合えなくなっちゃうから」


 それから、アルナはリヒトの場所へと走り出す。

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