第20話 森の怪物
子供達から送られる好奇心の言葉をようやく片付け終えたリヒトは疲れた様子で一息吐いていく。
子供の相手をする時の体力は戦闘の時とはまるで違う。
まるで昔のアルナの遊びに付き合ってた頃みたいだ。
それでもあの頃はまだリヒトも子供だったので年齢を重ねるというのはなんとも恐ろしい。
特に年齢を増して強まっていく力加減を調整するのが難しい。
「リーちゃん、お疲れ様」
「お嬢。そっちも片付いたようだな」
「子供は元気だからね。昔はなにも思わなかったけど今だとどうしてこんな体力があるんだろうね」
「さあな。もっとも昔のお嬢もあんな感じだったが」
リヒトがそう言ってちょっとからかってみるとアルナが「あんなお転婆じゃないよ!」と頬を膨らませて抗議してきた。残念ながら、興味本位の塊みたいな少女だったよ。
二人が話していると周りをキョロキョロ見回しながらメットルが近づいて来る。そして、唐突に二人に聞いた。
「なぁ、ターリエの奴見てないか?」
リヒトはメットルから焦りのニオイを感じ取ってすぐさま表情を切り替える。
彼に「何があった?」と尋ねた。
メットルが言うには、リヒト達よりも数分前に子供達の群れから脱出した彼はふと近くにターリエの姿が見えないことに気付き、「先に(子供達から)抜け出したんだろう」と考えた彼はレナがいた場所に向かったのだ。
しかし、そこにレナの姿はなくターリエすらいない。
どこかですれ違ったのかと思って軽く村の中を見回しても影すら見えない。
心に抱いた不安は次第に焦りを生み出し、結果リヒト達に尋ねに来たということだった。
リヒトは妙な嫌な予感が脳裏に過りながら手分けして村の中を探すことを提案した。
その提案に乗ったアルナとメットルはそれぞれ分かれて村の中を走り回っていく。
村は少し広いが家の数はあまり多くないので見通しやすい。
なので、三人で探せば見つかるはずだった。
「クソ、どこにもいない!」
数分後、三人は分かれた場所に戻ってきた。
そして、メットルから出たのは現状に対する苦言であった。
そんな彼の姿を見てリヒトは声をかける。
「もしかしたらレナと一緒に森に行ったのかもしれねぇ。悪りぃ、俺がレナから目を離したばかりに」
リヒトの謝罪を聞いてメットルは思わず首を横に振る。
「いや、リヒトさんが謝ることじゃねぇ。あいつは昔からああなんだ。村の小さい子を見かけては気にかけて。
理由はどうあれこの見通しが良い村で見つからないってことは森に行った可能性が高い」
「なら、早く行こう! 今ならまだ間に合うかもしれない」
「そうだな。お嬢の言う通りだ。俺とお嬢は戦闘には長けてる。だから、あんたはここで待っててくれ」
そうリヒトはメットルに村に留まるよう言ったが、メットルは強い眼差しで否定した。
「いや、待ってくれ。妹を心配して動き出さねぇ兄がどこにいるよ。
俺にも行かせてくれ。足手まといにならないとは誓えないが、それでも俺は助けに行きたい」
リヒトはその言葉を受けて思わずアルナを見た。
すると、彼女はすかさず頷いたのでリヒトも覚悟を決める。
「わかった。だが、くれぐれも無茶するなよ」
「おう!」
そして、三人は村の近くにある
*****
体が大きく揺さぶられている。
動いている感じはしないのに風を感じ、頭から鈍い痛みが響いている。
意識がぼんやりとしていて何が起こってるのかまるでさっぱり。
「......ふぅ、久々の獲物だぜ」
「最近はあたし達の噂が広まって警戒して来てくれなかったからね。正しくラッキーな出来事だったわ」
誰かの声が聞こえる。二人組の男女の声。少しずつ意識がハッキリしてきた。え、今何に掴まれているの?
ターリエがそっと目を開けると彼女の体はゴリラのような腕によって担がれていた。
両手両足は粘着質な何かによって固定されていて逃げだすことは叶わない。
「お、起きたようだぜ。ちょっと手加減しすぎたか?」
「ヒッ!」
運ばれていくターリエの顔の目の前で蛇の頭がニョロっと顔を覗かせた。
蛇の頭にずんぐりむっくりな胴体、その体から生えた明らかに違う生物の足と翼。
所謂
その
「聞いたか?『ヒッ!』だってよ。ギャハハハ! こいつ、どうやら俺達のことを知らねぇみたいだぜ」
「あら、てっきりあたし達を討伐しに来た人なのかと思ったけどそれはさらにラッキーだわ。
一人だったからてっきり凄腕が来たのかと思って警戒していたのだけど。
ま、不意打ちが成功した時点で予想は出来るわね」
女性口調で話す
ターリエはその不適合で悍ましい姿に思わず声を上げようとするが、すぐにガルガの蛇の尾が彼女の喉元に絡みつく。
「おっと余計な声をあげるなよ? もしかしたらお前の仲間がお前を心配して不用心にこの森に入ってくるかもしれないしな」
「そして、そんなバカな連中をまとめてペロリ。
場合によっては生かしておいた方が都合が良い場合もあるから生かしてるのよ。
もし変に抵抗したらあなたを抱えてるこの腕が思わず力が入ってしまうかもしれないわ。
そうなれば......わかるわよね?」
ターリエは思わず想像してしまった。
脳裏に焼き付けられる架空の未来に起こる出来事を。
生きて皆の下に戻るには助けに来てくれることを信じて待つしかない。
幸い、相手は次の獲物に狙いを定めてるようだから。
するとその時、突然ターリエの喉が締め付けられる。息が出来ない。苦しい。
「おっと、ここからは俺達の
安心しろ、殺すわけじゃない。また眠ってもらうだけだ」
「く、るしい......たす――――」
ターリエの視界はブラックアウトした。
数分後、ターリエは意識を取り戻した。
そこには風を感じず、何かで移動させられてる感じもない。
ただ両手両足は相変わらず動かせず、また両手は頭上で固定されたままで逃げ出すことは無理そうだ。
ターリエは先ほどからひしひしと感じている嫌か感じにようやく目を開けていく。
そこに広がっていたのは異様な光景であった。
どこかのログハウスの二階であろうその家はどこもそこもボロボロでその壁を黒い根が覆っている。
加えて、その黒い根の出所は壁に寄りかかりながら三角座りしている少年からだ。
まだ十歳前後ぐらいの少年の体はほとんどが黒い何かに覆われていて、そこから放射状に黒い根が伸びている。
その黒い根が何なのかはわからない。ただひたすらに嫌な感じがするもの、とだけ。
両腕で抱えるひざに頭を埋めるようにずっと頭を下げている少年。寝ているのだろうか。
ターリエはその少年の異様さが先ほどの
とはいえ、先ほどから妙に気になってしまうのはなぜだろう。
それこそレナの姿に重なるような。
あ、レナは大丈夫かな? いや、そういえば、あの子は体が無いんだったもんね。
ターリエは一つ深呼吸すると意を決して目の前の少年に声をかけてみることにした。
「ねぇ―――」
言いかけた言葉は丁度同じタイミングで話しかけてきた少年の声によってかき消される。
「お姉さんは生きてるよね?」
その言葉にターリエは思わずビクッとしながらもコクリと頷く。
すると、少年は続けざまに聞いた。
「生きるって何が楽しいの?」
その少年の左目は黒く黄色い瞳をしていた。
****
「ニオイはこっちだ。この先に続いている」
森の中に入ったリヒト達はリヒトの嗅覚を頼りにターリエの向かった場所へ走っていた。
しかし、そのニオイには先ほどから全く別にニオイが混じっている。
加えて、そのニオイは魔物が放つ単体のニオイではなく、
それは同じ
どうやら森に
「全員、すぐに左右に避けろ!」
その時、リヒトの聴覚と嗅覚は確かに近くにいる
直後にはバキッと太い木が折られて真っ直ぐリヒト達へと倒れていく。
「あっぶねぇ~。助かったぜ、リヒトさ......」
尻もちをついたメットルはお尻についた土を払いながら立ち上がるとすぐに見た。
目の前にいる二体の
その二体が
それに殴っただけで十五メートル以上ある木を折ったのだ。
魔物でもそんなことをする生物は少ない。
「あら、避けられちゃったわ」
「どうやらあの女の仲間は活きが良いらしい」
決定的なのは人語を操ってることだ。それも言葉を真似た感じもなく。
メットルは異様な存在感を放つ二体に思わず膝を震わせる。
しかし、すぐに膝を叩いて自分を叱咤した。妹を助けるために来たんだろ、と。
そんなメットルを見てガルガはほくそ笑んだ。
「おっと訂正だ。一人はもう既に臆してやがる」
「いえ、逆じゃない? むしろ、残りの二人が臆さな過ぎなのよ。
これまであたし達を殺そうとした連中もこの姿と威圧感で少なからず動揺はしてたのに」
ドゥーナは少し警戒する様子でリヒトとアルナを見つめていく。
じゅるり、おっと思わずよだれが。
「ドゥーナ、あいつらどうする?」
「とりあえず、あたし達であの男女を相手にすればいいんじゃない?
もう一人は逃しても何とかなる。魔物にすらやられそうだしね」
「わかった。今度は食事の前に良い運動が出来るといいなァ」
ドゥーナとガルガが話し合ってる一方で、リヒトとアルナの方でも進展があった。
リヒトは今の状況に簡単に指示を出していく。
「メットル、あんたはこのまま真っ直ぐ突き進め。あの二体は俺とお嬢が何とかする」
「何とかするって......相手はただの魔物と訳が違うんだぞ!?」
メットルは心中に抱えていた不安を思わず言葉に出してしまった。
それに対し、リヒトはただ一言聞き返えす。
「なら、ここで見捨てるのか?」
「っ!」
メットルは震える腕を拳を作って無理やり抑え込み、ギリッと歯を噛み締めると答える。
「んなわけねぇだろ!」
その強い目を見てリヒトは「だよな」と笑って返した。
そして、リヒトはガルガへと走り出し、アルナはドゥーナへと向かって左右に分かれていく。
それによって出来たターリエがいる場所までの直線路をメットルは意を決して走り出した。
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