第19話 少女だけが知る歌

 翌朝、リヒト、アルナ、メットル、ターリエの四人は午前中に各々村の手伝いをしてしっかりと昼食を取った後、目的の少女救出作戦へと乗り出した。

 なぜ昼なのかは午前中から動き出したが彼らであったがレナの姿が見えなかったからである。


 一緒に食事を取ったアルナとターリエはレナの元へ向かっていく。

 その道中、ターリエが夢中になって話していたのはアルナが意外と力持ちであるということだった。


「それにしても、アルナちゃんって私より小さくて見た目の華奢なのに結構力あるんだね」


 そうターリエが聞くのは午前中にたまたま村に通りかかった商人から村長が買っていった荷物を一緒に運んでいたからである。


 ターリエからそんな言葉を送られアルナは「そうかな?」と小首を傾げる。

 もともと彼女自身も自分が力がある方であることは自覚していたが、ターリエからそこまで言われるほどではないとも思っている。

 たかだか四十キロ前後のものを三つまとめて持っただけで何をそんな大げさに、と。


 ちなみに、その時のターリエはそれ一つで割と苦しそうな顔をしていた。

 もっともそれを持ち運びできる時点で彼女も十分凄いのだが。


「私は両親が農作業やってる人だから小さい頃から重たい荷物を運ぶ機会あってこれでも結構自信あったんだよ? まぁ、音楽の旅に出てからはそんな機会はなくなったけど。

 それでも数か月でそこまで筋力が減るとは思えないし。あ、もしかしてそれが魔法ってやつ? ほら、肉体強化する魔法もあるんでしょ?」


「私の場合は―――あ、あの子だよ」


 アルナはターリエの質問に答えようとしたところで目の端でレナの姿を見つけて彼女に教えていく。

 ターリエが視線を移すと緑髪に赤いワンピースを着た少女が立っていた。彼女がふと視線を下に降ろせば確かに影がない。


 家々から少し離れた所にいるレナのもとへ向かっていく二人。

 レナはターリエのことを不思議そうに見えていた。そんな彼女にターリエは目線を合わせるようにしゃがんで自己紹介を始める。


「あなたがレナちゃんね。初めまして、私はターリエっていうの。よろしくね」


「......私はレナ。ターリエお姉ちゃんって呼んでいい?」


 様子を伺うような目でレナはターリエを見た。

 そんなか弱い小動物のような彼女にターリエは思わずキュン。

 可愛い~! と思い切って抱きつこうとする。


―――ズサーッ


 しかし、その抱きつきはレナの体をすり抜けてそのままターリエは地面にバタリと倒れていく。

 彼女は改めてレナが実体のない存在だと自覚した。故に、彼女の身に起こるのは深い悲しみ。


「うぅ~、可愛いのに抱きつけない~」


 ターリエの情緒に困惑しつつもアルナは「そんなに抱きつきたかったの?」と聞いてみれば、彼女は体を起こしキリッとした目つきで言い返す。


「私の悲しみはアルナちゃんがリヒトさんに抱きつけない気持ち!」


「なるほど! それはすっごく悲しい!」


 アルナはすぐさまその悲しみの度合いを理解した。これで通じる彼女も彼女である。

 それから数分後、三人で楽しく談笑しているとリヒトとメットルがやってきた。

 メットルは大きく手を振りながらアルナ達へと声をかけていく。


「おーい、来たぞ~。ちょっと遅くなったわ」


「悪りぃ、ついつい農作業に夢中になっちまって」


 そんな二人の言葉に対しアルナとターリエは「気にしてない」と答えると途端にメットルがキョロキョロ辺りを見渡しておかしなことを言い始めた。


「で、その例のレナって少女はどこにいるんだ?」


「ハァ?」


 その言葉にターリエは思わずイラっとする。こんなすぐ近くに可愛い女の子がいるではないか。


「お兄ちゃん、それ本気で言ってる? すぐ足元にいるんだけど」


「え、マジで? いや、だけど......マジで誰もいないんだが」


 メットルが本当に困惑したような顔を見せたのでターリエも「もしかして本当に見えないのでは?」と思うようになってきた。


 しかし、見えない理屈がわからない。そんなの時はリヒト先生の出番である。

 ターリエがリヒトに視線を送れば状況を察していた彼が今のメットルに対して簡単に説明を始めた。


「メットルが見えないのは別に異常じゃない。単純に見えるまでの魔力量が少ないだけだ。

 逆にターリエが見えるのが珍しいってぐらいだな。

 魔力思念体が見えるほどの魔力があるなら魔法陣さえ覚えれば魔法が使えるようになるぞ」


「なるほど、つまりお兄ちゃんより優れてる妹ってことだね!」


「そうとも言う」


 そのリヒトの返しにメットルは「その一点に限ってだけだろ!」と反論していくが、それはそれとして妹に見えて自分には見えないことに対して地味にショックを受けている。


 レナの姿を気になったメットルが地面に彼女の似顔絵を頼むとメットルが描き始めた。が、あまりにも下手過ぎたので代わりにアルナが描いてあげた。


「なるほど、こいつはべっぴんさんになったろうな」


「お兄ちゃん、もしかして口説いてる? ロリコン?」


「違げぇわ」


 メットルとターリエが兄妹仲良くわちゃわちゃし始めたのをリヒトは面白そうに見ていた。

 しかし、すぐにアルナからの「早く話始めよう」という視線に気づくと仕方なく一つ咳払いして二人を止める。


「これからレナの目的を叶えるために行動するわけだが、なんとなくだがこれにはある程度の行程があると思う。言わば、レナとの信頼関係の構築だな」


「それを私達は二回クリアしたってことになるのかな? 自分の大切な髪飾りを渡してくれたぐらいだし」


 リヒトとアルナの話から二人はこれから三回目の目的もといおねがいが始まるのかと理解した。それでまだ続くのかこれで最後なのかは誰にもわからない。


 リヒトがレナに「今日は何をする?」と聞いてみれば彼女は元気に答えた。


「一緒に歌を唄いたい!」


「歌か」


 リヒトとアルナは思わずメットルとターリエを見る。

 この兄妹は音楽でお金を稼ぎながら旅をしている二人だ。

 これほどまでに打ってつけの人物はいないだろう。


「どんな歌を唄うの? 任せて。なんでも奏でられるよ。フルートでだけど」


「俺もイケるぜ。アコーディオンでだけど」


 二人の返答にアルナは「相変わらず楽器センスが独特だよね」とツッコんでいく。

 リヒトもギターを弾ける。しかし、音楽自体にはそこまで詳しいわけじゃない。

 故に、この二人の存在はとても貴重なのだ。楽器センスは隅に置いといて。


「どんな歌を唄いたいの?」


 アルナがそう聞いてみればレナは小首を傾げて答える。


「名前はないんだ。ただずっとルタと一緒に唄ってた歌でそれをお兄ちゃんお姉ちゃん達にも唄って欲しいの」


「なんて?」


「作った歌を一緒に唄って欲しいんだって」


 声の聞こえないメットルにターリエが伝言していく。

 内容を理解した彼は「その年で作詞作曲したのか。すげぇな」と素直に褒めた。


 そんな言葉がレナに伝わったのか嬉しそうな顔を浮かべる。そして、「それじゃ聞いてて」と伝えると唄い始めた。


「~~~~♪」


 それは優しいバラードのような曲調でメットル以外の三人はその優しい歌声に優しい気持ちになるような気がして自然と口角をあげた。

 メットルは一人寂しさを堪えながらその無音に耐える。


 レナが唄い終えると「どうだった?」と聞いてくるので聞いてた三人は「上手だね」「良い曲。その曲作りたい!」「この曲好きだな」と彼女を讃えた。

 メットルは聞こえた体で大きく頷き拍手を送っていく。その目はとても悲しそうであった。


 レナが唄ったのは序盤一回目のサビの部分まで。

 彼女が言うにはそこから気分によって歌が変わってしまうため歌詞が定まってないという。


 それをこれから四人で作っていくのがレナの今回の目的らしい。

 というわけで、四人は早速作業に取り掛かった。


 まず、歌が分からないメットルのためにターリエが曲に音符を振っていきさらにレナに確認しながらどのくらいの音階なのかも正確に彼に伝えていく。


 さらにはこの曲を唄うための四人の編成だ。

 現状、四人の出来ることと言えばメットルがアコーディオンを弾け、メットルがフルートを吹け、リヒトがギターを弾けてアルナが何も出来ないである。


 なので、アルナをボーカルにして三人が音楽でレナの曲をさらに華やかにしていくというものであった。

 もっとも楽器がそれぞれ特徴的なので上手く噛み合うかは微妙だが。


 アルナはレナに唄い方を教えてもらい、残る三人は互いに話し合いながらそれぞれの楽器で彼女の曲をより良くできるように練習し始めた。


 子供ながらの曲でそれほど難しくなかったのが幸いか数時間の練習によってそれぞれ出来るようになってくると全体で合わせてみた。


 その優しい曲は風に乗って草を撫で、家々の間を通り抜け村の子供や大人の耳に入っていった。

 その曲に誰しもが作業の手を止めて聞こえてくる方へと視線を向けている。知っている曲だ、と。


 村の皆は演奏している四人を一目見ようと集まり始めた。

 全員が集合したにもかかわらず音とニオイに敏感なリヒトが気づかなかったのはそれほどまでに演奏に集中していたからだろう。


 曲が終わると村の皆からこれでもかと拍手が送られた。

 同時に送られる声援にメットルとターリエが手を振って返していく。


 その一方で、アルナとリヒトはふとレナの姿を見た。

 レナはリヒトを隠れ蓑にするように隠れてるが村の皆がレナに気付く様子はない。どうやら誰にも見えていないようだ。


 リヒトは安心させるようにレナに「誰にも見えて無い」と伝えると彼女は少し怯えながらもその言葉を信じて前に出た。

 しかし、集まってきた子供達に驚いて今度は遠くへ離れてしまう。


「どうする? リーちゃん」


「とりあえず、こっちが落ち着くまで放っておいた方がいいかもな。村の皆がこんな様子じゃ近づいても逃げちまう」


 リヒトの言葉にアルナが「分かった」と返事をした途端、突然腕を引っ張られた。引っ張ったのは村の女の子。

 アルナに限らずリヒト、メットル、ターリエと全員が子供達の興味の餌食に遭っていた。


 そんな中、ターリエは遠くに離れたレナの様子が気になって振り返ってみれば彼女がどんどん森の方へと向かってるではないか。


 ターリエはすぐにリヒト達に報告しようとすれば、もうどんどん引っ張られたまま遠くへ行ってしまっている。

  

 このままでは見失ってしまうと感じたターリエは手を引く女の子に優しく声をかけて手を放してもらうと一人レナの後ろを追い始めた。


 彼女が森に足を踏み入れた途端、まるで赤いカーペットのようにヨミノミチが咲き乱れていく。

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