第18話 助けるのが騎士の道
少女と遊んだ二回目の夜、リヒトとアルナはカマタの家を訪ねていた。
当然、あの少女レナについて事情を聞くためだ。
レナは人目を避けてリヒトとアルナと一緒に遊んでいた。
リヒトがどうして一人のなのか聞けば「村の皆が嫌いだから」だという。
今回のことでリヒトはレナが遊ぶことが目的ではないと理解している。
また、その原因に対する答えに繋がってそうな言葉はすでに得た。
ならば、答えはもうすぐだ。
カマタから事情を聞けば何かわかるかもしれない。
「―――で、なんでお前達も来てるんだ?」
カマタの家の前、リヒトが後ろを振り向くとそこにはメットルとターリエの姿があった。
「ちょっくら様子を見にな」
二人は昨日からリヒトとアルナの様子がおかしいことに気付いていた。
しかし、知り合った仲とはいえ、ただ一緒の方向へ旅をしていただけの他人でもあるために余計な干渉は避けていたのだ。
だが今回、メットルは二人が危険な森に入っていく姿を見てしまった。
それによって、アルナはともかく思慮深いリヒトがわざわざ忠告も受けた森へと行くのかという疑問が湧いたのだ。
リヒトが行動するにはなんらかの意味がある。
そんなことを考えたメットルがターリエにも事情を話した結果が今ということである。
リヒトはメットルとターリエの行動理由がなんとなくわかると拒絶することはせずに「詳しいことは村長との話で聞いてくれ」と言って同行を許可した。
リヒトがドアをノックすればその家からカマタが出てくる。
カマタは突然のリヒト達の来訪に驚いた様子で尋ねた。
「どうした?」
「夜分遅くに悪りぃな。少し聞きたいことがあってその話をさせてもらえないかと」
僅かにカマタの目が細くなる。
しかし、リヒト達を拒絶することなく家に招き入れると向かい合うように座った。
「さて、何が聞きたい?」
カマタの顔は落ち着いた様子であったが僅かに顔にこわばりを見せた。
これからリヒトに聞かれるであろうことにおおよその推測が出来ているのかもしれない。
そんなカマタの顔を見ながらリヒトは彼の前にそっと品を出した。
それは例の少女から貰った花飾りだ。
貰った時は地面の下にあったために汚れていたが、今は洗われて奇麗になっている。
その花飾りを見た時、カマタは大きく目を開いた。
口は僅かに半開きになり、ワナワナと震えた手でその花飾りを手に取っていく。
「これは......?」
「森の中で見つけたものだ。ちっと事情があって入ったんだがその経緯を聞いて欲しい」
リヒトはカマタにありのままを話し始めた。
それは昨日の夜に廃屋で少女レナに会ったこと、レナがどういう存在であるかということ、レナが今日自分達にしてくれたことの全てを。
ただし、レナが村の人達を嫌ってることは伏せた。
リヒトの言葉にメットルとターリエも昨日の夜少し心配になるぐらい長い間二人が外にいた理由を知った。
また、メットルに限っては今日の昼間に森の中にいたことも。
リヒトのありのままの話を聞いたカマタは最初こそ信じられないという話であったが、その少女の象徴というべき花飾りを目の前で見てしまっては話は別だ。
となれば、当然事情も聞きたがるわけだ。
「魔力思念体とはそこに本人の意思こそないが、死んでもなお現世に留まるほどの後悔を持った存在なんだ。
そして、そうなってしまったそれには悩みを解決させてあげるほかに彼らが解放される手段はない」
リヒトは魔力思念体という存在に対する自分の言葉を語り始めた。
「そもそも魔力思念体自体、魔力量によって見える人見えない人がいる。そして、大抵の人は見えない。
その存在の目的は後悔の核となる目的を果たすこと。
それが全てであり、ただの魔道具人形と変わらない」
リヒトはレナと話した時の感覚を思い出していた。
口では「人形のようだ」と言っていたが、そう思うには明らかにレナの行動は人間味があり過ぎた。
もはや最初からそのような存在であったかのように。
そんな考えが過ってしまったからか、はたまた最初からリヒトがこういう性格だったのか。
彼は自分の気持ちを吐露し始めた。
「魔力思念体は残酷な存在なんだ。
それが強い悪意や害意に染まればレイスとなりいざとなれば魔法で干渉できる。
しかし、魔力思念体は違う。その状態では魔法で干渉も出来ず、目的が果たさなければ何十年、何百年土地も文化も何もかもが変わろうとそこに留まり続ける。
その存在は死んでもなおこの世界に縛られ続ける。
魔力思念体になった後では魂がないからレイスに変えて強制的に成仏させることも出来ない」
リヒトは死という存在を身近に感じている。
死という存在を常に身に纏っている。
死んでもなおこの世界に縛り続けられているという意味では魔物の死体を組み合わせて出来たリヒトもまた同じような存在と言えたからだ。
「そんなの残酷だろ? 今度はもっと幸せな世界で生きられるかもしれないのにさ」
しかし、魔力思念体とリヒトには決定的な違いがある。
魂とその器たる肉体の存在だ。
だからこそ、今もこの世界で自分の幸せの形を探しながら生きていける。
魔力思念体にはそれが出来ないのだ。
目的を果たして解放せねば。
カマタはその言葉を黙って聞いていた。
彼はゆっくり俯いていくと「確かにそれは残酷だな」と呟き、口を開く。
「レナはワシが近くの街道で見つけた子供じゃった。
恐らくどこかの商人が魔物に襲われて運よく子供だけ助かったという形じゃろう。
その当時、病で妻を亡くしたワシにとってはその子の存在はまさに生きる意味を与えられたような気分じゃった」
カマタは「わかった。全てを話そう」と言ってこの村で起きたことを包み隠さず話した。
始まりは今より五年前。
この村に住む一組の夫婦に一人の男児が生まれた。
名前はルタといい、大人しい性格の彼は親の愛を受けながらすくすくと育っていった。
しかし、そんな彼に不運が起こった。
三歳になったある日突然、彼の左目だけが白目が黒く、瞳は黄色に瞳孔が縦に伸びるという「魔物もらい」という奇病にかかってしまったのだ。
その当時、村には医者はおらず、また奇病であったためにその病気の存在を知る者はおらず、彼の目を気持ち悪がった村の子供達が彼を“魔物”と称してイジメが始まったのだ。
加えて、その行動はそのいじめっ子達だけではなく、村の大人もが乗ってしまったことが余計に状況を悪化させた。
村の大人からすれば、その行動はある種当然で原因不明の病気に対して村を守るための行動をしたのだ。
結果、彼と彼の家族は村八分のような状態となってしまった。
それがリヒト達が教えられたあの廃屋である。
そこにはルタとその家族が住んでいた。
しかし、彼の不運はそれだけではない。
「魔物もらい」とは文字通り魔物からその体の一部を譲り受けたような症状を指すのだが、その効果として魔物をおびき寄せやすい体質になってしまうのだ。
種族に関わらず魔物が仲間だと勘違いして。
村の人達はそれを気味悪がった。
村の子供達は覚えたての言葉を繰り返し使うようにルタを「
それはすぐに村の大人たちに広がり、ルタや彼の両親までもを避けるようになりやがて村八分のような状態にまで進行してしまう。
そんなある日、それが災いしてルタの近くに魔物がやって来た。
村には魔物に対抗できる人がいない。
結果、彼の両親が庇う形で無くなってしまったのだ。
それが消えぬ噂に拍車をかけてしまった。
村はルタに最低限の食料だけを渡すようにして徹底的に彼を避けたのだ。
その行動は後ろ盾だった両親を亡くした彼にとってはあまりにも酷な環境だったと言えよう。
そんな中、ルタに近づく人物がいた。それがレナである。
ルタは最初こそレナも魔物に巻き込んでしまわないように拒絶していたものの、それでも構わないとばかりのレナの積極的な行動により唯一の心開ける相手となった。
ルタにとってレナと過ごしている時間が生きる希望の糧となっていたのだろう。
痩せ衰えていた彼の体はレナによって回復していったのだから。
当然、レナの行動を咎める者は大勢いた。
その中にはレナの親代わりをしている村長のカマタもその一人だ。
しかし、レナはそんな彼らの忠告に耳を傾けることなく、毎日ルタに会いに行った。
時にカマタに折檻されることもあったり、ルタに会わないように閉じ込められたりしたこともあったが彼女がめげることは一度も無かった。
結果、とうとう悲劇が起きてしまった。
それが半年前に襲われた少女の話だ。
また、その日を境にルタもどこかへ消えてしまった。
その後は最初にリヒト達が聞いた話になる。
その話を聞いた時、メットルとターリエは常人らしい気まずい表情をし、アルナはただ一言「やっぱり人間はロクな存在じゃないよ」と苛立った表情で呟く。
そんな中、唯一表情を変えなかったリヒトはカマタに確認のために聞いた。
「それで、あんたが前に言っていた冒険者から聞いたという
「......」
カマタは黙りこくって答えなかった。
しかし、それは無言の肯定に等しく、彼いやこの村の全員が森に住む
彼がこの村へ報復するのために森に入った人を襲っているのだろうと。
リヒトは「話を聞かせてくれてありがとう」と一言伝えると立ち上がり玄関へ移動していく。
その時、カマタは最後に一言だけ「あの子には悪いと今でも思っている」と言った。
リヒトはカマタの顔を見て「みてぇだな」と返答すると玄関を出て行った。
その行動についていくように残りの三人もついていく。
外に出ればすっかり夜である。
雲一つない夜空に大部分がかけた月が顔を覗かせている。
風はどこか熱ぼったく、不快感を逆なでしていく。
アルナがリヒトの横に並んだ。
そして、冷たい目と声をしながら彼に聞く。
「正直、自業自得だと思うけど、リーちゃんはどうする?」
リヒトは気づいていた。アルナはルタの境遇に共感する部分が多かったのだろう、と。
だからこそのアルナの口から出た少し過激な言葉。
相変わらず気持ちを拭いきれたわけじゃないらしい。
「逆にアルナはどうしたいんだ?」
リヒトはアルナの質問に答えることはせず、逆に聞き返すような質問をした。
それに対し、彼女は答える。
「私はレナちゃんを助けたい。同じ気持ちだから」
その答えに笑みを浮かべたリヒトはアルナの頭にそっと手を置いて機嫌を直すように撫でていく。
アルナは「そんなことしても無駄だから」という割には次第に口元が緩まっていつもの甘えん坊な彼女に早変わり。
同時に彼女は彼の行動から答えを得た。即ち、同じだと。
「メットル、ターリエ。二人はどう思うんだ?」
リヒトはアルナの質問に答える前に二人に問う。
それに対し、二人は少し悩んで答えた。
「ルタって子には同情する。そんで、村長の行動は一つの選択だなとは思った」
「病気に関してほとんど知識が無かったとしても感染症とかのリスクぐらいは同じ村出身の私達からでも考えることが出来るからね。
場合によっては同じような立場に立ってたかもしれない」
しかし、メットル、ターリエはすぐに「だが、間違った選択なのは確か」と言う。
その言葉にリヒトは「そうか」と短く返事をした。
その表情は少しだけ柔らかい。
リヒトは思った。恐らくレナの目的はルタという少年にあるだろう、と。
それに関してこれまでレナ本人から教えられなかったのは信用が足りてなかったからか、はたまたそういう工程を経て初めて聞けるものなのか。
「それにしても、どうしてそこまで気にかけるんだ?
まぁ、理由はさっき聞いたけどよ、普通そこまで気にするのは聖職者ぐらいだぞ?」
メットルはリヒトに聞いた。
本来、あの少女は原因がある村がすべきことで、よそ者がそこまで介入することは良くないことではないがする人はまずいない。
加えて、少女は死んでいて人の死後魂を天へと送り還す務めを持つ聖職者ぐらいが気に掛けるべき存在なのだ。
それに対し、リヒトはアルナの時には答えなかった答えをただハッキリと告げた。
「そりゃ俺が騎士だからだ。自称だけどな。騎士が小さい子を助けるのに道理は必要ねぇだろ?」
「......そっか。確かにな」
メットルは納得したように頷き、それ以上のことは聞かなかった。
そんなリヒトの姿に感動するターリエをアルナは横から軽く肘打ちした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます