第17話 死を手招く少女
リヒトはカマタに本を返しに行くとすぐさま少女のもとへと向かった。
カマタからは「もう読み終わったのか!?」と驚かれた様子であったが。
ちなみに、読み終わっている。
リヒトが少女の近くにやってくるとそこは村から離れた森に近い場所であった。
まるで意図的に村の人達から距離を取っているように思えるほどだ。
「皆とは遊ばないのか?」
魔力思念体から危害が加えられることがないという確証を得た今、リヒトは素直に今の状況について聞いてみた。
それに対し、少女は一言答える。
「皆、嫌い」
それは生前少女が死ぬまでに抱いていた気持ちが機械的に答えられたのだろう。
その割には表情にも嫌ってるような感情が表れてるが。
リヒトとアルナは思わず顔を見合わせた。
場合によってはこの子について村の人に聞いてみないと解決できない場合が出てきたからだ。
リヒトは「まるで昔のお嬢みたいだな」とからかうように告げる。
それに対し、アルナはムスッとした様子で「そんなことないよ!」と返した。
アルナはリヒトの言葉にため息を吐くと少女に目線を合わせるようにしゃがみ、優しい笑顔を浮かべながら聞く。
「名前は何て言うの?」
「レナって言うの」
「レナちゃんね。可愛い名前だね。私はアルナ、隣がリヒトって名前なの」
「アルナお姉ちゃんにリヒトお兄ちゃんね」
リヒトはアルナと少女のやり取りを見ながら興味深そうに考えた。
なぜなら、生前の目的を果たすべき情報しかその魔力思念体にはないにもかかわらず、たった今新たな情報をすんなりと受け入れたのである。
となれば、これまで文献だけで呼んできた「魔力思念体は機械的な動きしかしない」という言葉は疑わざるを得ない。
リヒトの知識欲が刺激された瞬間であった。
とはいえ、目先の問題はこの少女の目的を解決することにある。
リヒトもアルナに倣ってしゃがむと少女に尋ねた。
「レナ、何かやりたいことはあるか?」
その問いかけにレナは「う~んとね」とあごに指を当てながら考え始める。
そして、答えた。
「お散歩したい!」
「「お散歩?」」
リヒトとアルナは再び顔を合わせた。
なぜなら、あまりにも具体性のないやりたいことだったからだ。
アルナは「もう少し具体的に」と言いかける一方で、レナは動き出して「こっちこっち」と楽しそうに二人を手招きする。
「一先ず付き合う他ねぇな」
「......だね」
リヒトとアルナは意見を一致させるとレナの後を追いかけていく。
レナはスタタタと移動していくととある家の軒下に咲いている黄色い花を指さした。
「これはね、コレンって花なんだよ。どこにでもよく咲いて白い綿みたいな種を飛ばすの。ギザギザした葉っぱが特徴的」
「へぇ、そうなのか。良く知ってるな」
当然、リヒトはその植物についてさらに詳しい知識を持っている。
しかし、あまりに人間的過ぎる魔力思念体という存在に彼はレナを子供を扱うように接することに決めたのだ。
リヒトの対応で行動意図を察したアルナは「それじゃあ、あっちの頭が垂れてる花は?」とレナに聞いてみた。すると、彼女は嬉しそうに答えていく。
「これはね、バリバっていうの。アルナお姉ちゃんが言ったように咲いた部分が垂れるのが特徴で、今の時期に―――」
それから、レナ博士による動植物講座が行われた。
目に見えた植物や用水路に住む虫、貝などを彼女の気の済むままに色んなものをリヒトとアルナに紹介していく。
二人はレナの生徒となり基本的に聞き役に徹しながら時に質問したり写真を撮ったりと彼女の目的である「散歩」を充実させるように意識して行動した。
そんな時間が数十分と続くとその行動が功を奏したのか「見せたいものがある」と言ってレナはとある森の入り口に向かって走り始める。
「ここだよ」
レナが嬉しそうに紹介するその森を見てリヒトとアルナは思わず驚いた。
それは感動的な意味ではなく、不吉な意味としてだ。
レナが指さす森の入り口には赤い花が咲いている。
細い花びらが雄しべから反り返って上を向くように。
その花の名は「ヨミノミチ」。
分かりやすく言えば彼岸花のようなものだ。
名前の由来はその昔一人の賢者が処刑される時に通った道に咲いたという逸話から。
名前のままに「黄泉の道」という意味を持つ。
しかし、それの存在はあまり広く認知されていない。
それはそれを見たという人のほとんどは亡くなっているというからだ。
その花を見て生還した人もいるらしいが、必ず死に目に遭うような不幸な出来事に出くわしたそうだ。
あくまでそういう話でしかないが。
問題はそこではない。
今に気にすべき点は幽霊のような存在である魔力思念体がその道へ誘ってるということだ。
とある文献には魔力思念体についてこう書かれていた―――魔力思念体によってヨミノミチが咲きほこる場所へ連れて行かれるのは同じ存在として誘われているのだ。
つまりは死に目が近い。
それはリヒトのことを指しているのか、アルナのことを指しているのか。
もちろん、その文献を鵜呑みにするわけではないが、その手の噂にしてはあまりにも報告例が多いのだ。
故に、二人は必然的にその光景を見て身構えてしまった。
それが本当ならこの先危険が待ち受けてる可能性がある、と。
レナは二人の様子を気にすることなく「こっちだよ」とそのヨミノミチが咲く道をスタタタと走り抜けていく。
その後ろ姿を見てリヒトは一呼吸置くと覚悟を決めたように「お嬢」とアルナを呼び、彼女もコクリと頷いて「行こう」と返した。
二人はレナの後を追っていく。
その両脇にはたくさんのヨミノミチ。
まるで数メートル先を走るレナが作り出しているかのようだ。
リヒトは嗅覚と聴覚で周囲を経過しながら辺りを見回す。
アルナも同じようにキョロキョロと見回していると不意に片足が動かなくなった。
「え?」
アルナは一瞬何が起こったか分からなかった。
右足を前に出そうとしたらそのまま伸び切って前に出ない。
まるで右足だけが地面にくっついたように。
アルナは勢いのまま前のめりに倒れていく。
咄嗟に左足を出そうとするが今度はツタに引っかかって顔面が地面に一直線。
しかも、その顔が当たる位置にはまるで用意されていたかのようなトラバサミがあるではないか。
顔面がそれに当たれば漏れなくトラバサミによってアルナの顔がズタズタになってしまう。
しかし、両手を突こうにも勢いがつきすぎている。不味い、当たる!
「お嬢!」
アルナの様子に気付いたリヒトがすぐさま近づき抱え、彼女の顔面がトラバサミに突っ込む寸前で止めることが出来た。
そのことにアルナもリヒトもホッと一息吐く。
「ありがとう、リーちゃん。足元へと注意がおろそかになってたみたい」
「気にするな。お嬢の危機管理能力が低いのはいつものことだから」
そのリヒトの言葉にアルナは思わずムッとする。
そんなイジワルな言い方しなくてもいいじゃん!
一方で、リヒトは「それに」と呟き、アルナが転ぶ元凶になった右足を見た。
「お嬢が転んだのは仕方ないのかもしれない。右足を見てみろ。粘着的な何かが地面にあるだろ?」
「ほんとだ」
リヒトはトラバサミに気をつけながらアルナを立たせると彼女の右足が緑色の粘着物質に捕らえられてるのがわかった。
その粘着物質とほどよい距離感に置いてあるトラバサミからリヒトはこれは意図的に誰かが設置したものだと判断した。
ヨミノミチという目立つ花に注意を逸らし草に紛れるように設置してる辺りが特に。
アルナは一先ず手のひらに作り出した光の熱でその粘着物質を右足から引き剥がしていく。
思ったより強力で取り外すのに時間がかかってしまった。
お気に入りだったのに。
「お嬢、行けるか?」
「靴がなんかよくわからない気持ち悪い粘着に汚された際に負ったメンタルがちょっと......」
「よし、行けるな」
「リーちゃん、時々ドライだよね」
しょげてるアルナに「後で磨くの手伝ってやるから」とリヒトは励ましの言葉を送りつつ、再びレナの後を追っていく。
レナは近づいて来ることはなかったものの、二人のことは待っていたみたいで二人が動き出したのを確認すると再び走り出した。
今度は足元にも気を付けつつ進んでいくとやがて前方に開けた場所が見え、そこに辿り着くと二人は目の前に広がる光景に驚く。
直径十五メートルほどしかないもののそこには一面にヨミノミチが咲いていて、中心部分は一際大きなヨミノミチが一本だけ生えていた。
そのヨミノミチの根元は地面が盛り上がっていて、レナがその花に近づくと指をさして二人にお願いした。
「掘って」
リヒトとアルナは顔を見合わせるとそのヨミノミチへと近づいていく。
二人でその花の近くにしゃがみ込むと盛り上がった部分を掘り始める。
見えてきたのは五センチほどの花飾りであった。
白をベースとしていて恐らく生前にレナが身に着けていたものだろう。
とはいえ、出てきたのはこれだけ。
てっきり骨とかが出てくると思っていたらそうではないらしい。
「レナ、これは?」
リヒトが花飾りについて尋ねてみれば、少女はただ一言「あげる」と返すのみ。
そして、少女は再び口を開けば二人に伝えた。
「また明日」
その言葉を残して目の前で消えた。最初から何もいなかったようにふわっと。
レナの言葉からしてリヒトには確信こそなかったがどこか「これで終わりじゃない」と思った。
なぜなら、少女は花飾りをあげただけで目的が何もハッキリしてないから。
それに最後に言葉を告げた際にリヒトとアルナを見たあの目。
その目はまるで何かに期待しているようであった。
これで終わりにしては不可解すぎる。
「おーい、二人ともー! そんなとこで何してんだー?」
後ろから聞こえてきた声に振り返ってみれば、声の主はメットルであった。
加えて、彼の両端には先ほどまで存在感を主張するように見えていたヨミノミチが一つとしてない。
気が付けば周りにあったヨミノミチすらないではないか。
二人で掘った場所にあったヨミノミチですら。
「そこは危ないって言われてただろ......って何もってんだ?」
「これは見えるのか」
リヒトは自分の手に持っている花飾りを見た。そして、ギュッと握る。
メットルには「少し気になった動物がいて追いかけちまった」と適当に言い訳を伝えながら、リヒトはカマタからもう少し話を聞こうと決めた。
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