第2章 森に響く歌声

第12話 旅の歌声

 晴れやかな日差しは眩しいほどに輝いている。

 サンサンと熱を送る太陽のもとでずっと歩いていれば汗をかいてそれなりに体力を持っていかれるほどには暑い。


 そんなベレット街からしばらくした場所に手荒に整備された街道では一台の馬車がいた。

 両端を森に囲まれたその道を運転手のいない二匹の馬が軽快に走っていく。

 その賢い馬が勝手に引く馬車の中では四人の男女が楽しく談笑していた。


「いや~、それにしても助けてくれてあざっした。まさかあの場面で魔物に出くわすとは思わず」


「本当にありがとう」


 そう笑って言うのは頭にメキシカンな帽子を被った一人の青年とカチューシャをつけた少女であった。

 名を男の方をメットル、女の方をターリエという。


「別に大したことはしてねぇさ。それよりもケガが無くてよかった」


「あっても治してたけどね」


 二人の言葉に返答したのはリヒトとアルナであった。

 彼らが出会ったのは、彼らがベレット街を出発してしばらくの頃に遡る。


 リヒトとアルナはベレットから次なる街であるコーシェンに向かうためにトーラン街道を利用することにした。


 そこは荒野が広がっていたベレットとは打って変わって緑に溢れた場所で、多くのマイナスイオンを感じられる道であった。


 周りに何もなくカラッとした空気に覆われた荒野とは違い、そこは果物や水分にも恵まれていたので彼らは急ぐ旅でもないからとのんびり歩きながら向かっていたのだ。


 そんなある日、彼らは魔物に襲われる一台の馬車を見つけた。

 それがメットルとターリエの乗る馬車だ。


 魔物―――この世界では“魔より出づる生物”や“魔法を使いし動植物”、“魔に生成されし動物”など様々な言われ方をされるそれを省略した呼び名が“魔物”である。


 魔物は怪物とは違い、動物や植物、昆虫など人間を好んで殺したり食ったりするようなことはせず動物的行動をする存在であり、特徴としては内在する魔力を魔法として利用してくるぐらいだ。


 この世界は万物に魔力が宿る。

 されど、一定の魔力量に達していないと魔法を使うことは出来ない。

 ちなみに、その一定量の魔力を持つ人間の証が“天紋”である。


 故に、普通の犬や猫もいる一方で、それらに酷似していても魔法を使える魔力を持つならばそれらは“魔物”なのである。

 また、魔物の特徴としては非常に攻撃的でもある。

 なので、盗賊のように馬車を襲うことも日常茶飯事だ。


 その当時、メットルとターリエを襲ったのは複数の狼の魔物であった。

 五、六匹ほどいた狼達は一匹のリーダー狼の指示のもとで二人の馬車を攻撃していたのだ。


 二人旅をしていた彼らに自衛能力はなく、リヒトとアルナがその狼達を撃退しなければ今頃餌になっていてもおかしくなかった。


 それほどまでには天紋を持たない人間と魔物の力量差は大きいのだ。

 故に、彼らにとってはまさにリヒトとアルナは命の恩人。

 天からの使者なのである。

 そして、現在メットルは調子良く言った。


「よし、命の恩人に報いることなら何でもしよう。もちろん、出来る限りのことだけど」


 その言葉にリヒトは首を横に振っていく。

 見返りを求めて助けたわけじゃない。


「気にしなくていい。だが、もし気にするってんなら俺達は丁度歩き疲れて歩くのが面倒になってたところなんだ。

 ってことで、俺達はあんた達を魔物から助け、あんた達は俺達を疲労から助けてくれたってことチャラな」


「あなた、聖人って言われてたりしない?」


 その言葉にターリエは思わず目を見開く。

 普通、人助けしたのならそれなりの無茶なお願いも案外通る場合は多い。

 命を助けられたのだから。


 そんな彼女の言葉に答えたのはリヒトが褒められて自分のことのように鼻を高くしているアルナであった。


「なんたって私のリーちゃんだからね! それぐらいは当たり前だよ!」


 自信満々に言いつつもしっかりと「私の」と牽制を入れてる辺りがアルナの抜け目ないところだ。

 彼女にとって人助けでリヒトに惚れられたら困るのだ。


 もっともメットルとターリエはとっくに二人の仲の良さを恋人同士だと思っているので付け入ろうと思ってすらいない.....たぶん。

 それにしてもワイルドイケメンと美少女のカップルだな~。


「それであんたら二人は何しに旅を? もしかしなくても手に持ってるやつか?」


 リヒトは人と話すのが好きである。

 積極的に話題を振ると二人も久々の人との出会いだったために快く答えてくれた。


「あぁ、そうだ。俺達兄妹はこの世界でいっちょ一番になってやろうかと旅を始めたんだよ」


「もっともメンバーは足りないし、知名度は出ないし、お金は無いしでほぼすっからかんでやっとのことで手に入れたのが移動用の馬車なんだよね。馬の維持費でさらに死にそうだけど。

 今はなんとかストリートで演奏してチップを貰って生活を繋いでる具合なんだ」


 ターリエは「一応こう見えても両親から狩りの仕方を教わったので自給自足で生きられはするんですけど魔物は......」と恥ずかしそうに言った。

 きっと夢ばかり大きくて現実が見えて無い行動が恥ずかしいのだろう。


 しかし、そんな二人はリヒトからすればとても好感が持てる相手であった。

 自分と同じように大きな夢に向かって頑張っている。

 それだけで彼にとってはその人を信用するに十分すぎる理由である。


 アルナは嬉しそうにしているリヒトを見て同じように笑みを浮かべた。

 そして、そっと「良かったね」と声をかけていく。


 ただ、彼らの大きな夢に頑張って欲しいと思ってるリヒトには一つだけ疑問があった。

 それは彼らが持つ楽器について。


 なぜなら、メットルとターリエがそれぞれ持っているのがアコーディオンとフルートなのだ。

 一応、楽器の代名詞であるギターをメットルが背負っているようだが。


 同じように疑問を感じたアルナが「いつも演奏してる楽器はそれなの?」と質問してみれば、彼らはそれがメインで演奏できる楽器らしい。それはなんとも......う~む。


「一応、ギターも弾けるっちゃ弾けるんだけど人目に触れさせるほどじゃないというか」


「わかってるの。せめてギターを弾ける人がいれば変わるかもしれないって」


 メットルの自嘲気味な言葉に、ターリエの切実な声。

 彼らの並々ならぬ苦労の歴史が垣間見える。

 そんな二人を見たアルナはリヒトの袖をちょいちょいと引っ張ると耳打ちした。


(リーちゃん、弾いてあげたら? 前に孤児院にあったギター弾いてたじゃん)


(あれはなんとなく興味本位っていうか......それにだいぶブランクあるし)


(大丈夫、リーちゃんならいけるって!)


 アルナは自信満々にサムズアップしていく。

 その瞳はキラキラと輝いていてまるでリヒトに出来ないことなんて無いと言ってるように。

 もっとも彼女が聞きたいだけであるが。


 リヒトはアルナの真意に気付きながらも純粋に期待されてることには彼女の騎士として答えねばなるまい。


 彼はメットルに「ギターを貸してもらえるか?」と尋ねてギターを借りる。

 ピックを持って軽く弾くと指慣らしに適当に弾き始めた。


「~~~~~♪」


 数年のブランクがあるらしいがリヒト以外の三人からすればそれはあまりに心地よいリズムの音色であった。


 まるで脳内に花畑で一人ギターを弾くリヒトの心象風景が思い浮かぶかのように。

 また、アルナからすればその音楽は違った意味合いも含んでいた。


 少しの間、弾き続けたリヒトは演奏を終えると「まあまあだな」と一人呟く。

 その一方で、涙を流したメットルとターリエは彼の手をガシッと掴むと言った。


「感動しました! 是非ともうちのギターメンバーに!」


「あなたとなら世界を狙えます! どうか私達と一緒に世界を目指しましょう!」


 熱烈な歓迎アピールにリヒトは少し戸惑う。

 彼からすればそこまで大した演奏したわけではないのに。

 リヒトはその熱ある声を申し訳なく思いながらも丁重にお断りした。

 自分達も目的があって旅をしてるから、と。


 リヒトから返ってくる言葉として想定していた二人だが、想定していてもダメージは負うもの。

 二人の体はみるみるうちにしおしおになって枯れていく。夢に大きく近づくチャンスが......、と。


 リヒトが苦笑いしながら二人を見てると隣からアルナが話しかけてきた。


「ねぇ、リーちゃん。それって前に私が歌った曲だよね?」


「あぁ。逆にそれしか俺は弾くメロディを知らないからな」


「覚えてくれてたんだ.......嬉しい」


 リヒトの弾いたメロディはかつて一緒に過ごしていたアルナと二人で作った唯一の歌のメロディとも言えた。


 しかし、それを最後に弾いたのは数年前の話で、メロディに歌詞を与えたアルナですら忘れていたほどのたった数回しか歌ったことのない曲なのだ。


 それをリヒトは当然のように覚えていて、アルナは自分との思い出を数年経った今でも忘れないでいてくれていることに嬉しさが止まらない。

 リヒトへの好感度爆上り警報の発令である。


 アルナは人目を憚らずリヒトにごろにゃーしていく。

 当然、リヒトは彼女を注意するものの、それで止まるほど彼女の愛は弱くはない。

 諦めた彼はそっとため息を吐く。


 そんな二人の様子に気付くメットルとターリエ。

 なんか知らぬ間に砂糖吐きそうなほどに甘い雰囲気がごく一人から猛烈に溢れ出てるんだが。


「そういえば、さっき聞いてしまったんだがその曲は二人で作ったのか?」


 メットルは聞き耳を立てるつもりは無かったが、距離としては膝と膝が後数センチでぶつかりそうになるほどには狭いのだ。嫌でも聞いてしまう。

 なので、聞いてしまったものは仕方ないとして素直に聞くことにしたのだ。

 その質問にリヒトは「あぁ」と答えていく。


「昔、なんとなく弾いてた音にお嬢が勝手に歌詞を乗せ始めたんだよ。それだけの話さ」


「思い出の曲なのね。ねぇ、良かったら聞かせてくれない?」


 ターリエの言葉にリヒトはごろにゃーしてるアルナに歌を覚えてるか聞いてみる。

 すると、彼女はさっき曲を聴いて全て思い出したらしいので要望に応えて歌うことに。


「行くぜ、お嬢」


「うん、いつでもオーケーだよ」


 そして、アルナはリヒトの曲を横で聞きながら歌い始めた。

 美しい歌は馬車の内に留まることなく、外にも広がっていく。

 心なしか馬車を引く馬の足取りも軽やかだ。


 その歌に森はさざめき、風が躍る。

 鳥達もその歌をもっと聞きたそうに馬車に並行して飛んでいく。

 音楽に乗せられたメットルとターリエも自身の楽器で音の波に乗る。

 始まった四人の演奏会はコーシェンの途中にある村に訪れるまでしばらく続いたという。

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