第13話 怪物の村奉仕
「ようこそヤット村へ。ワシが村長のカマタじゃ。どうぞゆっくりしてくだされ」
リヒト達一行は馬車に揺られるまま数時間後、丁度お昼時辺りにコーシェンに向かう途中にあるヤット村という場所に辿り着いた。
しばらくぶりに雨風の凌げる場所にリヒト達は歓喜していく。
どうやら長旅で疲れていたのはメットルとターリエも同じらしい。
村の雰囲気は実にのどかで居心地が良いという感じだった。
木造の家々に農作で汗水を流す村人、無邪気に追いかけっこしている子供達。
森に囲まれているおかげか常に空気は美味しいし、見た限り見える用水路も底が見えるほど透き通っている。
リヒトが思わず「良い村だな」と呟く。
その言葉が聞こえていたのかカマタが「ありがとう」と素直に感謝の言葉を述べてきた。
カマタに案内されて一行は泊まらせてもらえる空き家へと向かった。
その道中でカマタが質問してくる。
「それにしても、
リヒトはその言葉の意味がわからなかったが、とりあえずカマタがメットルとターリエの格好が気になってるのだと思い返答した。
「こいつらは音楽で有名になるために頑張ってる旅人さ。
俺達は道中でこの二人の馬車に乗せてもらっただけさ」
「あ、なるほど。そういうことじゃったか。む、ということはお主ら二人だけということか?」
リヒトは何かが噛み合ってない気がしながらも、一先ずその“二人”の意味が自分とお嬢を指しているのだと思って「そうだ」と返した。
すると、カマタは「そうか」と少し低いトーンで返事していく。
その顔はどことなく暗そうにも映ったのは気のせいだろうか。
カマタに連れられたのは囲炉裏のある和式の建物空間であった。
広さ的には雑魚寝しても四人ぐらいは十分に収まるだろう。
久々の屋根のある寝床。贅沢なんて言ってられない。
四人は素直に感謝すると荷物を降ろしてさっそく村の中を散策していった。
リヒトとアルナはメットル、ターリエと別行動で周りを見回しながら二人歩いていく。
「何気こんな景色見るの初めてだよね」
アルナが農作業する夫婦を見ながらぼんやりと言った。
リヒトは「そうだな」と言いながら言葉を続けていく。
「俺達の孤児院はバレちゃ不味いからな。森の中でひっそりと暮らしていくしかなかったのさ。
だから、こうして世界を見られる意味では旅に出て正解だったかもな」
リヒトとアルナが暮らしていたのは簡単に言えば“
森の中での自給持続が常だった彼らにとっては農作業という言葉は知っていてもそれをしている所は初めて見るのだ。
その作業が例え地味であろうともワクワクが勝っている。
風が髪を揺らしながら吹き抜け、太陽に照らされた用水路がキラキラと輝き、用水路のせせらぎが心を豊かにするように心地よく耳に吸い込まれていく。
殺伐としたあの頃とはまるで大違いな場所だ。
こんな世界もあるんだからきっと一緒に共生できる世界がどこかにある。
そんなことを思わせる。
「あいた!」
そんな言葉がリヒトの耳に届いた。
人間のアルナでは気づかないほどの遠くから聞こえた小さな声だ。
リヒトがキョロキョロと視線を動かしていくと右斜め方向に農作業する老夫婦を見つけた。
そのうちお婆さんが耕した地面に座って片手で腰を押さえている。
そんな様子を心配そうに見つめるおじいさん。
リヒト達はすぐさまその老夫婦に向かって行くと「どうしたんだ?」と声をかけた。
事情を聞くとどうやら腰を痛めてしまったらしい。というわけで、アルナの出番だ。
アルナは「すぐに良くなりますよ」と言うとお婆さんの腰に癒しの光を当てていった。
すると、お婆さんの様態はみるみるうちに元気になっていく。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
お婆さんの感謝の言葉にアルナは素直に返してく。
その一方で、リヒトは先ほどの光景を目にして顔色を悪そうにしているお爺さんに気付いた。
ニオイから読み取る感情からは焦りや緊張が伝わってくる。
どうやら体調が悪くなったみたいではないらしい。
その時、リヒトはとある本に書いてあった人間の間での常識を思い出し、お爺さんに伝えていく。
「爺さん、金のことは心配しなくていい。別に俺達はこれで金を受け取るつもりは無い」
その言葉に爺さんは目を白黒させてリヒトを見た。いいのか? と。
この世界では魔法による治療は高くつく。
というのも、天紋を持つ人間が限られているからだ。
天紋を持つとされている人族に限った人口統計では人族の総人数の約3割ほどしか天紋を持たないのだ。
また、天紋を持つ人に宿る魔法能力は人によって様々で、その人の人間性によって使える魔法が決まる。
そして、その多くは治癒とは全く別の魔法を持ってしまうのだ。
その中で“治癒”効果を持つ人間など極少数。故に、いるだけで貴重。
魔法による治療は万能だ。
ちぎれた腕を治したり、止まった心臓を再び動かすといったことは出来ないが、大抵のものは魔法で治せてしまう。
しかし、先も言った通り治癒の魔法が使える人間は希少。
その多くは国に管理され、その魔法が使える人がいる医療機関はとても治療費が高い。
なので、一般的には回復薬といった薬草を粉末状にして水に溶かしたものが使われる。
当然、魔法よりも回復速度は微々たるものだが、それでも家を売らないといけないほどの金を払って治療してもらうよりはマシなのだ。
お爺さんが焦りを感じていた理由はそこにあった。
アルナが治癒が使える魔導士だとわかってしまったから。
だからこそ、リヒトの言葉に困惑してしまっている。
リヒトはそのお爺さんの困惑の理由を察しながらも、まるでさっきの話が無かったかのように気さくに話しかけていく。
「なぁ、この農作業を俺にもやらせてもらえねぇか?」
「え? あ、あぁ、それはこっちにとっても大助かりだが......」
「俺さ、こういう作業やるの初めてなんだよな。んじゃ、早速やり方教えてくれ」
お爺さんは戸惑いながらもリヒトにやり方を教え始めた。
途中、休んでいたお婆さんと話していたアルナも「私もやるー!」と参加してきた。
リヒトホイホイの彼女は彼と一緒に何でもやりたがるのだ。
一通り耕し方を教えてもらうとリヒトは実際にクワを持って大きく振りかぶって地面に振り下ろしていく。
そして、地面に刺さったクワを引いて土を耕す。
動作としてはたったこれだけの作業。それをリヒトはひたすら繰り返していく。
アルナが早々に根をあげたのでリヒトもすぐに根をあげるだろうと思っていたお爺さんだが、意外にも彼はどんどんの一人でに耕し進めて行くではないか。
それこそその老夫婦が今日一日かけて耕そうとしていた畑を全くペースを落とすことなくものの十数分で耕してしまった。た、耕しの才能がある! とお爺さんは衝撃を受ける。
それもそのはず耕していくだけのとことん地味な作業にもかかわらず、リヒトは終始楽しそうにやっていたのだ。
まるで子供が一つのことに熱中しているかのように。
「いや~、疲れるな、これ」
お爺さんのもとに戻ってきたリヒトは清々しい笑顔で言った。
リヒトはダラダラと流れてくる汗をお爺さんから貰ったタオルで汗を拭っていく。
汗で軽くまとまった髪はリヒトにまた違った魅力を与える。
まさに水も滴るいい男。
その姿を休憩中のアルナが見てドキリ。そして、すぐさまうっとり。
私の好きな人がカッコよすぎるんだが。
「で、次何やるんだ?」
「次もやってくれるのか?」
「おう、なんか楽しくなってきた」
ということで、しばらくリヒトの農作業が続いた。
アルナはちちょくちょく休憩を挟みつつ、お婆さんの様態を尋ねながら再び参加していく。
―――数時間後
「はっはっはっ! こんな立派な若造は久々に見たわ! で、どうよ? お前さんはイケる口か?」
「悪いが、酒は遠慮しておく。下戸ってわけじゃねぇが弱いから醜態をさらしたくねぇもんで」
時刻は陽が傾き始めた頃、リヒトはすっかりお爺さんに気に入られていた。
酒の席に誘われるぐらいには。
お爺さんの家への帰り道、リヒトは農作業中に気になったことを聞いた。
「そういや、あそこにある家は何だ? 随分と古いが」
リヒトが見つけたのは村の外れにある唯一の家で他の家々に比べれば一際古かった。
誰かが住んでる様子ではないのは見て明らかで、にも拘わらずいつまでも放置してあるのが気になったのだ。
その質問にお爺さんは「あれか」と暗い顔を見せた。
リヒトはその変化にすぐに気づく。
「あれは......誰も関わらねぇ方がいいって奴だ。
お前さんも間違ってもあの家に行くんじゃねぇぞ。あの家に行けば呪われる」
「呪われる?」
リヒトは聞き返したがお爺さんはそれ以上を語ろうとはしなかった。
ただ、「ま、ものわかりのいいお前さんなら行かないだろうがな」と言うだけ。
リヒトは振り返ってその遠くに見える家を見てみるが、その家から何かが住んでいる気配はしない。
リヒトは一先ずその家のことを頭の片隅に入れておくと遠くからメロディが聞こえてきた。
その音に視線を向ければ村の一角に子供達が集まっていて、その子供達に囲まれるようにメットルとターリエが演奏しているようだ。
リヒトが近くまで来ると丁度演奏が終わり、「ご清聴ありがとうございました」と二人は丁寧にお辞儀をしていく。
子供達は二人の音楽に大盛り上がり。「凄かった!」「どうやって吹いてるの?」「それ何?」と色んな言葉が飛び交っている。
二人は子供達の尽きることのない元気に逆に元気が吸われているかのような疲労感を見せ、近くにリヒト達がいることに気付くと逃げるように近寄ってきた。
「ははは、困っちゃうね、元気があり過ぎて」
「さすがに何曲も連続は疲れたわ~」
メットルは乾いた笑みを浮かべ、ターリエは手に膝をつけて中腰の姿勢になった。
リヒトが「ずっと演奏していたのか?」と聞いてみればどうやらずっと演奏していたらしい。
最初はちょっとした自慢程度であったらしいが、子供達が友達を呼びそれが増えに増えていつのまにかプチコンサートになっていたようだ。
親御さんも子供達の相手をしなくていいことに気付いてからはほったらかし。
どうやら二人は上手く使われたようだ。
リヒトは「まぁまぁいい練習になったじゃねぇか」と二人にフォローをかけ、アルナが「今度は私達に開いてね」となんの悪気もなく言っていく。
二人は苦笑いだった。
その後、リヒト達はお爺さんからおすそ分けで貰った野菜で夕食を済ませると突然ドアがノックされた。
ドアを開けてみると現れたのはカマタで、彼は「夜分にすまない」と言うとすぐに本題に入っていく。
「さて、今回の討伐依頼について話しをしよう」
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