第10話 怪物が叶えたい夢
グロウは尋ねた―――「人間になりたいのか」と。
それに対し、リヒトは迷わずに答える。
「あぁ、それが俺の今の目標だ。俺は騎士になる。そのためには人間になることが必要だ」
グロウの思考は一瞬止まった。
なぜなら、彼もとい彼らにとって人間は恐怖の対象なのだ。
人間の恐ろしさを知っている。
人間を殺すために生まれた存在だが、そんな
「自殺行為だ!」
グロウは頭の中に過った言葉をそのまま口から吐き出した。
紛れもない本心からの言葉だ。
しかし、それでようやく確信が持てた―――リヒトの格好に対して。
グロウは続けざまに言う。
「お前、何を言ってるかわかってるのか!?
お前は確かに俺達より強い! だが、お前を殺せるような存在なんてたくさんいる!
そもそもお前はその姿で人間社会に溶け込んでいるようだがその嘘をいつまで続けるつもりだ?
死ぬまでか? バレたらどうすんだ? そもそもどうやって人間になるつもりだ?」
グロウは矢継ぎ早にリヒトに質問していった。
それのどれもがリヒトの無謀な行動を止めるために。
だが、奴は生かしてくれた。
これはせめてもの報いだ。
リヒトはグロウの怒涛の言葉に少し驚いたようだが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて返答していく。
「ありがとな。心配してくれて。だが、俺はそう決めたんだ。
それにこれはもう俺だけの夢じゃない。
だから、俺が勝手にその夢を捨てるわけにもいかねぇ」
そう言葉を続けるリヒトは「だがそれ以上にな」と言って二カッと笑った。
「俺は人間が好きなんだ」
その顔を見てグロウは面を食らったように固まった。
自分達が恐れている存在に対してここまでハッキリ好意を示せるなんて、と。
「あんたの言ってる言葉はわかるよ。
俺も昔はこうやってコソコソと生きていた存在だ。
何度も対話を試みようと思ったが、その度に襲われて殺されそうになったことがあった」
リヒトは「運よくこうして生きてるがな」と辛い過去をさも楽しかった思い出話のようにあっさり語っていく。
その心境がグロウ達には理解できなかった。
リヒトはチラッとアルナを見る。
アルナは視線に気づくとパァと背後に華を咲かせるように明るい表情を浮かべてリヒトの隣まで駆け寄った。
「それに俺の努力は無駄じゃなかったって証明できる
「どうも! リーちゃんの一番の理解者です!」
アルナはドヤァと自信満々に言ってみせる。
そんな彼女にリヒトは「ちょっと
リヒトの言葉にアルナはムッとして「そんなことないもん!」とポコポコと彼を叩いていくが、その光景は端から見ればただのバカップルにしか見えない仲の良さであった。
グロウ達はそんな二人を羨ましそうに見た。
もしかしたら考えないようにしていたのかもしれない、この気持ちを。
ずっと人間を攻撃したくないと思ったのも、人間に攻撃されようとも、殺されそうになろうともそれでも今の今まで人間を殺してこなかったのは......この二人の関係のように人間とも分かり合える道があったのかもしれない。
グロウは視線を落としていく。
その様子に気付いたリヒトはそっと彼の肩に触れた。
「俺も運が良かっただけなのかもしれない。
こうしてアルナと出会わなければあんた達みたいにコソコソと暮らしてたのかもしれない。
それでも俺は断言する。俺は絶対に夢を諦めたりすることはなかったと。俺は人間とも仲良くなれると思ったと」
グロウは顔を上げる。
彼の爬虫類の瞳にリヒトの顔が映り込む。
「まだ諦めるには早ぇぜ。なんたって俺達は生きてる。
生きてる限り自分の思いと行動次第でチャンスはいくらでも作り出せるんだ。
結果は行動した後にしかわからない。当たり前だろ?」
リヒトの屈託のない笑み。
もはや説得という行動自体がバカらしくなるぐらいあまりにも眩しく、そして羨ましく感じた。
グロウは返答する。
「それじゃあ、お前は騎士になるということも、
リヒトは「あぁ」と頷いた。そして、そっと肩から手を離す。
「俺は
だけど、
確かに分かりあうには障害が多いかもしれない。
それでも俺は諦めない。そして、俺は騎士になる」
「人間になるのはどうやって?」
「具体的なことはまだ決まってねぇ。
だが、この世界には古の種族達が使って今も引き継がれる魔法という存在がある。
その中にある特別な魔法である“神代魔法”を探せば何か見つかるんじゃないかって。
そんな旅をお嬢と二人で始めたばかりだ」
「......そうか」
グロウは僅かに笑みを浮かべた。
もしかしたらリヒトの生き様に当てられたのかもしれない。
いや、もっと言うのなら希望を見出したのだ。
ずっと諦めていただけでそんな世界もあるのかもしれない、と。
グロウ達は人間を殺すために生み出された。
しかし、自我がある以上誰しもがそう思うわけではない。
グロウ達は望んでいた。
殺し合わない世界を、憎まれない世界を、分かり合える世界を。
だが、それはこれまで現実で心の奥底に夢を見ないように封印してきたのだ。
夢を見るだけバカになる。バカは死ぬだけだ。
それは死んでいった仲間が証明してきた。
それでも捨てきれなかったのは......自分もバカになりたかったからかもしれない。
だって、バカになることは仲間の死の救済にもなるような気がしたから。
「そういえば、お前達は『怯えなくても暮らせる場所がある』と言ってたな。それはどういう意味だ?」
グロウは先の猿の
それに対し、リヒトは嬉しそうに答えていく。
「そこは俺達が前まで暮らしていた
そこには
「基本ムスッとしたような印象だけどお酒が絡めばただの好々爺だからね。
というか、口下手だから最初はそういう印象受けるだけで一度話せばどういう人物かすぐにわかるよ」
「そうか」
グロウは二人の言葉に短く返答した。
彼からすればその爺さんがどのような人物かすぐにわかった。
なぜなら、目の前の二人が随分と楽しそうに話しているのだから。
その時、アルナがあっと何かを思い出したようにしてバッグを漁る。
中から取り出したのはその爺さんから貰ったカメラであった。
アルナは全員に指示するとカメラに収まるように並べていく。
そして、カメラをタイマーモードに切り替えて適当な場所に置くと急いでリヒトの隣へ。
「皆、笑って笑って! はい、3、2、1―――」
―――カシャ
カメラのシャッター音が鳴った。
グロウ達は何をしているかサッパリ分からずに固まるばかり。
そんな彼らを気にすることなくアルナはカメラを取りに行くと現像された写真を見て出来栄えに頷くと今度はそれを持って戻ってきた。
「はい、これどうぞ」
「これは......」
グロウ達は写真を受け取ると揃ってそれを見る。
その紙には自分たちの姿が映ってるではないか。どういうこっちゃ!?
「これは魔力動作式カメラって言うの。通称“カメラ”ね。
それで撮ったものはこのように紙に映し出されるの。
で、これを渡したのはお爺ちゃんであの人は基本的に来るもの拒まずだけど、これを見せればすぐに君達が私達と関わりがあるとわかって受け入れやすくなるから」
アルナが渡したのは平たく言えば証明書のようなものだ。
これを見せれば孤児院の爺さんもすぐに状況がわかる、と。
アルナがグロウ達に写真の説明している一方で、リヒトも彼らのために動いていた。
リヒトは腰に巻いている荷物から紙を取り出すとインク充填ペンを使って簡易的な地図を作っていく。
それはおおよそ簡易的とは思えないほどのクオリティに仕上がったが、彼にとっては簡易的なのである。
リヒトはそれを持ってグロウ達に近づくと渡した。
「これがその場所までの地図だ。あいにく俺達は旅をしてるもんで道案内してやることは出来ない。
その代わりにこの地図でその場所まで行ってくれ。
分かりやすい形をした家だし、そこの近くまで行けばお前達と同じような存在が暮らしてるはずだ」
「そうなのか。わ、わかった」
グロウはリヒトから地図を受け取ると少し口ごもった感じで返答した。
その言葉の変化にリヒトはわからなかったが、代わりに分かったアルナがグロウに伝える。
「そういう時は“ありがとう”だよ。これ人間が感謝を伝える時に一番使う言葉なの」
グロウはアルナの言葉でようやく自分が何を言いたかったかわかった。
そのおかげか絡まった紐が解けるようにサラッと口から出る。
「ありがとう」
その言葉を送られたリヒトは笑って答えた。
「おう!」
グロウ達は早速その場所に向かうつもりなのか食べ残してある食料を抱えていくと一人ずつが大広間から出て行く。
気が付けば日はだいぶ傾いて茜色の日差しが大広間をオレンジ色に染めていた。
グロウは皆に続いて大広間から出ようとしたところでピタッと足を止めて「最後に一つ聞いて良いか」と振り返る。
「お前の夢はとても魅力的だ。俺もそういう世界が来ることを願う。
だが、お前が思っているよりも
もともと俺達は人間を殺すために生まれた存在だ。
俺達のような特殊な連中はむしろ少数とも言える。
リヒトは迷わず答える。
「そいつの
だが、願わくばお前達のように人間の心を持っていることを願う」
「......そうか。人間の心、か」
グロウは「世話になった」と大広間を出て行った。
ガチャンとドアが閉まる。
先のグロウの質問に何かを考えてるリヒトにアルナはそっと声をかけた。
「私達も帰ろう。あの子に本を届けなくちゃいけないしね」
リヒトは「そうだな」と答えると少女の本を見つけてこの場を後にした。
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