第8話 窃盗事件の犯人
「道を照らし、導を示せ――
アルナは杖の先に光を灯していく。
まるで全ての窓を閉じられて一寸先すら見えなくなったこの空間では唯一の光源であった。
リヒトは先ほどの暗闇からの襲撃もありアルナに「警戒して進むぞ」と一声かけて先に階段を上がっていく。
階段を上っているとどこかからガサガサという音だったり、ガタンと何かにぶつかる音だったり。
その音から推測するに少なくともこの家には五体以上の何かがいることは確からしい。
だが、その姿は確認できない。
姿を現さないことを重要視しているのか音の方向に光を照らしても僅かに何かが動いた影が見えるだけで絶対に姿を現さない。
その行動を見てリヒトは「相手は慎重というより臆病なのかもな」と思った。
なぜなら、いくら照らしているとはいえ、数の利が相手にある以上残りの暗がりを利用してしまえば攻撃するチャンスはいくらでもあったはずだからだ。
それでも攻撃してこないとうのは相手が臆病であるということが言える。
仮にドが過ぎる慎重さであってもそれは臆病と言い換えてもそう違わないだろうから。
階段を上ると目の前に両開きの扉があり、左右には廊下が続いている。
そして、辿ってきたニオイは正面の大広間の扉からだ。
リヒトはアルナに「行くぞ」と一声かけると両開きのドアを押して開けていく。
続いて入ったアルナがリヒトの横に立ち杖を掲げるとおかしなことに気付いた。
「照らされない?」
杖の先端は確かに光っている。
しかし、先ほどまで周囲を照らしていた光の範囲が極端に狭く、隣のリヒトが僅かに視認できるのみ。
まるで光が吸い込まれたかのように真っ暗闇が広がっていた。
これでは何も見えないと同じではないか。
「どうなってるの?」
「さあな。だが、どうやら俺達は誘われたらしいぜ」
リヒトはアルナを抱き寄せると彼女を守るように覆いかぶさり、背中に亀の甲羅ような盾を作り出した。
その直後、その盾にいくつもの攻撃が加えられたようなカキンと甲高い音が響いていく。
リヒトは跳ね返すように思いっきり起き上がると暗がりが僅かに軽くなっていた。
「チッ、まさか防がれるとはな。あの暗がりの中でこっちの動きに気付いてたってか?」
苛立ったような声をあげた者がいた。
その人物はリヒト達の正面に立ち、暗がりに溶け込みやすいような黒い外套を纏っている。
陽が沈んでから少し経ったぐらいの夜の暗がりまで明るさが回復すると正面の人物の姿がハッキリしてきた。
その人物の容姿を一言で言えば“角が生えたトカゲ人間”であった。
顔がそのままトカゲの顔をして角を生やしている。
しかし、床を擦るまでに長い外套の隙間から見える足は別の獣の足であったが。
つまりはこれまでの窃盗事件の犯人は
明るさが回復したことで先ほどの襲ってきた連中の姿も見え、顔が猿だったり、蛇だったり、猫だったり、豚だったりと大きさも形もバラバラの同じく
リヒトの瞳には僅かに悲しみの色が浮かんだ。
予想が的中してしまったからだ。
出来れば外れて欲しかったが、外すのが難しいほどには事件の特徴が異質過ぎた。
僅かに視線を外せば誰かから奪ってきたであろうバッグや食べ残しの跡、そして先ほど少女から奪った紙袋も部屋の隅に置いてあった。
しかし、あるとすればそれぐらいでリヒトが一番懸念していた血の跡が一つも無かった。
夜目が利いてるので見落としてるとも考えづらい。
「お前がこの集団のリーダーってことでいいのか?」
そう質問するトカゲの
「そうだな。俺がこの集団をまとめてる。それでお前達は俺達を排除しに来た人間ってことでいいんだよな?」
睨みつけるような目。グロウの態度は攻撃的であった。
ただし、リヒトの正体には気づいてないようだ。
リヒトは無駄な戦闘を避けようと落ち着いて返答した。
「違うな。俺達は探し物を探しにここに来ただけだ。お前達の住みかを荒らしに来たわけじゃない」
率直な気持ちを伝えるリヒトであったが、グロウの態度は全く変化しない。
敵と認識して警戒が緩まる気配がない。
それどころか怒りを抱えるように拳を握っている。
「お前達人間の言葉を俺が信じるとでも? お前達が信じないくせに」
グロウはギリッと歯を食いしばる。
「俺達がずっと弱いままだと思うなよ!」
グロウの怒りを宿した瞳はどこか恐怖に掻き立てられてるようであった。
その感情を感じ取ってしまったために、リヒトは一瞬注意がグロウへ集中してしまった。
―――きゃっ!
背後から声がした。
咄嗟に振り返るとアルナが両腕を
「お嬢!」
リヒトは咄嗟に呼びかける。
その時同時に、周囲を覆い隠すように暗闇が襲ってきた。
暗闇はリヒトの視界を段々と狭め覆っていくように視界の端から中心に向かう。
急速に景色が黒一色に飲み込まれていく。
リヒトがその時最後に見たのは視界の中心にいたアルナの強い眼差し。
まるで自力でどうにかするからそっちに集中して、と言っているようであった。
視界が黒に染まる。何も見えない。
夜目も効かないということは僅かな光源すら存在しないらしい。
「どうだ俺の魔法―――
俺の魔法は相手に盲目の状態異常を与える。
範囲が広いと単に光を遮断して暗くすることしかできないのが難点だがな」
どうやら先ほどからの異様な暗さの原因はグロウの魔法によるものらしい。
もっともこの場合はグロウの生物の特性と言った方が正しいが。
その魔法「暗闇」は指定した相手の視界を奪う現象魔法の一種だ。
現象魔法とは伝説の神代魔法、強力な個の力を与える概念魔法の三つに分けられる中ではありふれた魔法として区別する際に付けられた名称の一つ。
よって、効力はその一点でしかないが、相手の視界を奪うというアドバンテージは計り知れない。
ガンッとリヒトの背中から攻撃が加えられる。
その衝撃にリヒトは吹き飛び床を転がっていく。
伊達に
リヒトは床に両手をつけて立ち上がる。
同時に、グロウへと話しかけた。
「なぁ、話し合いといかねぇか? まだ間に合うはずだ」
その言葉にグロウはさらに苛立ちを見せる。
お前達人間が一体何をしてきたか知ってるのか? と。
「ふざけるな。それで俺を止めようとしたってそうはいかねぇぞ! もうこれ以上仲間が傷つくのはごめんだ!」
リヒトの全く見えない視界の中、突然顎に衝撃が加えられて体が宙に浮く。
音の反射位置、ニオイの距離感、空気の伝わり方。
恐らく蹴り上げたのだろう。
「お前達がここに来たのは本当は二人じゃないんだろ?
どうせ後から仲間を呼んで俺達を殺しに来る! 俺達が何やったってんだ!」
その声は悲しみが多く含まれていた。
どうやらただの憎しみではないようだ。
リヒトはグロウから近しいニオイを感じ取った。
小さい頃の自分と同じ。
生きることに足掻いている。
ガンガンガンガンとリヒトはグロウから何度も殴られ、蹴られ、尻尾で叩きつけられる。
リヒトは両手の甲に盾を作り防ごうとするが、視界の制限の受けた状態ではその防御の姿勢も意味を成さない。
ただ、意味を成さないという意味ではグロウも同じであった。
グロウの使える魔法は“相手の視界を奪う”という一点のみ。
勝つには拳でどうにかするしかない。
最初こそグロウも人間と
しかし、いくら殴ろうとも蹴ろうとも叩きつけようとも一切壊れることがなく、それどころかほとんど傷ついてない。
ましてや、徐々に
今やどんなに攻撃しても立ったままよろめきもしない。
このままでは体力と魔力が尽きて視界が開けた瞬間に殺されるのが目に見えてる。
グロウは焦り始めていた。長期戦になればこちらが不利。
となれば、搦め手を使うしかない。
グロウはチラッと捉えた人間の女の方を見た。
案の定、捕えてから何もしていない。いや、出来ないのだ。
仲間が人間を殺せないことを知っている。
だから、リーダーである自分が早々に決着をつけるつもりだった。
それにしても、なぜあの人間の女は全く怯えてないんだ?
グロウはリヒトの正面に立ち止まると大きく肩で呼吸をしながら彼を脅していく。
「おい、これ以上抵抗するなら仲間がどうなってもいいのか?
お前の仲間は俺の仲間が捕まえてるんだぞ」
リヒトは防御姿勢を解いた。
それを降参の合図かと思ったが、リヒトの回答は違った。
「お嬢はそんなことヤワじゃねぇ。それにお前達は捕まえた割にさっきからここにいて何もしてないじゃねぇか」
その回答にグロウはビクッとする。なぜ何もしてないとわかるのか、と。
グロウの魔法は相手に<盲目>の状態異常を与えるだけだ。
なので、音やニオイで判断される可能性もある。
しかし、グロウ達もされど
声を出させずに一瞬にして殺すことも出来るし、ニオイだって仲間の魔法を使えば消すことも出来る。
音を殺してこの場から消えることだって可能だ。
だが、リヒトは「さっきからここにいて何もしてない」と言った。
まるでその事実を見ていたかのように。
グロウがリヒトの言葉に固まっていると彼は途端に構え始めた。ただ、無手に変えて。
「だが、あくまでお前がこの場を戦いの決着で終わらせてぇなら付き合うぜ。
ただし、俺が勝ったらお前達には俺達の話をしっかりと聞いてもらう」
「お前は今何も見えないんだぞ? それで勝つつもりか?」
「あぁ、そのつもりだ」
その態度はあまりにもグロウを舐めていた。
故に、彼は怒りに口元を歪ませる。
「それなら俺が勝ったらお前は死ね!」
グロウはその場を飛び跳ねた。
向かったのはリヒトの頭上の天井。
体を逆さにしてバネを溜めるように膝を曲げた。
リヒトは全く動いていない。
そうだ、動けるわけがない。
あんなのハッタリに決まってる。
こっちが根を上げるのを待ってただけだ。
グロウは天井を蹴って体をクルッと回転させるとそのまま飛び蹴りしていった。
さすがに頭に直撃すればいくら頑丈であろうとも倒せる―――!?
「なっ!?」
グロウは思わず言葉を漏らした。
まるで軌道を予測していたようにスッとリヒトの体が後ろに下がったからだ。
グロウの蹴りが不発に終わり地面に着地した所でリヒトの回し蹴りが飛んでくる。
なので、彼はすぐさまサイドの壁に避難する。
あんなのは偶然だ。
最初に正面の位置にいたから判断出来ただけ。
動き回れば分からない!
グロウは天井、床、両サイドの壁をトカゲの特性をフルに活かして縦横無尽に動き回り始めた。
その動きでリヒトの目を撹乱することは出来ないが、代わりに頼りしているであろう音は惑わすことが出来る。
いろんな場所からダンッダンッダンッと重たい何かが弾けたような音が飛び交う。
これで音は潰した。ニオイで判断? バカ言うな。これで終わりだ。
グロウはリヒトの背後の壁に張りつく。
その位置は丁度捕らえられてるアルナの真上あたりだ。
「舐めるなよ、人間!」
グロウが壁を蹴り、これまでの加速を活かして床と平行に高速で移動していく。
音を殺した。
魔力もまだ僅かに残っており視界も潰した。
この飛び蹴りに反応できるはずがない。
「残念だが、もう捉えてある」
「!?」
グロウの認識よりも早くリヒトの体がグルリと振り返った。
半身になったリヒトの横を通過するグロウの足を掴むとそのまま彼の進行方向に向かって投げる。
グロウは大勢を崩し壁にダンと叩きつけられると「カハッ」と肺の空気を吐き出しながら、壁に滑るように床に落ちた。
「さて、これで俺の勝ちだよな」
リヒトは構えを解いてそう言い切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます