第7話 犯人のアジト
助けた少女から事情を聴くと以下の経緯であった。
少女は両手に抱えるほどの分厚い本をいつも肌身離さず持っていた。
その本は彼女の母親の形見であったからだ。
盗まれる本を数分前、彼女はいつもお世話になっている露店の店主から食べ物を貰ったらしい。
妹の分も含めたそれはいつもより量が多く、本を抱える彼女にとっては手に持つには少し厳しかった。
しかし、店主が気を利かせて紙袋を用意してくれたのでそれを腕に通し、本を両手に抱えて少女は帰りの道を歩いていく。
紙袋からは出来立ての香ばしいニオイが漂い、少女の鼻腔をくすぐった。
しかし、彼女は留守番を待つ妹のためにつまみ食いしたい気持ちを押さえながら、それでも意外と辛抱できる時間も少なさそうだったのでいつもは使わないショートカットできる道を利用することにした。
それが例の路地裏だ。路地裏を通ることは父親から許可されていなかったが、少女はその道をもう度々は利用しており使っていたのはいつも明るい時だったので、明るいうちなら大丈夫だろうとタカをくくっていた矢先に襲われたのだ。
格好は外套を覆った百五十センチほどの人物。一瞬の出来事でハッキリとは見れてないらしいが、トカゲのような顔をした人物が食べ物と本を一緒に持っていってしまったらしい。
少女にとって母親の形見である本が無事に手元に戻ってくる方が大事。
故に、リヒト達に駆け寄られた時に最初に叫んだ言葉がそれであったようだ。
少女の経緯を聞いたリヒトは大まかにその本がどうして盗まれたのか推理することが出来た。
これまでの窃盗事件の犯行において犯人の特徴が一致しないという特徴の他にもう一つ大事な特徴があったのだ。
それは被害があった全員がなんらかの食べ物を所持していたということ。
一人目の被害者は誰かに食べ物を運んでいる最中の出来事だし、二人目は食べ物を貰った帰り際に出来事とだという。
最初は女性を狙った窃盗においての偶然が引き寄せたものではないかと思っていたが、少女までその特徴がハマるならいよいよ無視は出来なくなった。
「リーちゃん、これからどうするの?」
アルナがリヒトにこれからの方針を尋ねてくる。
リヒトは「そうだな」と呟きながら考えていると少女の衣服から食べ物のニオイがすることに気付いた。
紙袋から香るニオイが衣服に移ったのだろう。
リヒトは少女に「紙袋をかけていた腕はどっちだ?」と聞くと「こっち」と左腕を出してきたので、「失礼」と一言断りを入れながら袖のニオイを嗅いでいった。
その行動に少女はビックリ。思わず涙も引っ込んでしまう。な、何やってるんだろう......この人。
アルナはムッと頬を膨らませる。何をやってるか理解している。
しかし、羨ましい。理由が無ければ絶対にやってくれないから。
リヒトは顔を上げると今度は空気中に漂うニオイを探るように辺りをキョロキョロし始めた。
そして、少女に近寄った際に犯人が逃げていった方向を見るとニヤッと口角を上げる。
「お嬢、このまま犯人を捕まえに行くぞ」
やる気になっているリヒトにアルナも自分の欲をグッと押さえて同意する。
「そうだね。犯人を捜してこの子の盗まれた物を取り返しに」
リヒトは少女の頭を優しく撫でながら笑顔で「安心して家で待ってな」と伝えて少女の手を引いて立ち上がらせると光の差す通りの方まで移動していった。
少女は初対面であるがどこか信用できる雰囲気を纏うリヒトに礼儀正しく「お願いします」と頭を下げた。それに対し、リヒトは笑顔で「任せろ」と返事をして影の差す路地を走っていく。
路地裏は少し異臭で満ちていた。
そこらに捨てられ腐った食べ物やそれに群がるネズミや虫。
多くの人に踏まれただろうボロボロの布。
おおよそ人が通りたくないと思うような道だ。
そんな道を少女は気にせず歩いていたというのだから度胸があるとリヒトは思った。とはいえ、これを機に父親の言うことを聞いてほしいが。
リヒトは空気中に漂う食べ物のニオイを追って走り続ける。
これは彼が狼の特徴を引き継ぐからの能力だ。これは魔法に寄らない天然ものである。
リヒトの後ろをアルナがついていく。後ろから見える真剣な表情を見ては心をときめかせながら。
走り続けること数分、リヒト達はいつの間にかベレット街の南西方面に来ていた。
そこは言わばスラム街と言われる場所で荒くれ者達がいた南方面よりもさらに治安が悪い場所だ。
つまりその場所では何が起きてもおかしくない。
治外法権が働いているようにそこでは道理がまかり通らない。
リヒト達の姿は目を引く。特に美少女アルナなんかは特にそう。
太陽に煌めき眩い輝きを放つブロンドの髪。
高級な人形にあてがわれたような宝石の輝きを放つ蒼い瞳。
誰もが少女をどこかのお嬢様と思ってもおかしくない。
ゴミ溜めに投げ込まれた新鮮な食べ物。
アルナはそんな存在に等しく、その誘惑は男の性なる欲望を掻き立てる。
だが、スラムの男達はその輝きに目を奪われ気付いていない。すぐ近くにいる番犬のことを。
スラムの男達がアルナに近づこうとしたところで、リヒトは鋭い目つきでその男達を睨んだ。
グルルルと今にも呻り声をあげそうな形相で。
その瞬間、その男達はすぐに理解する。
自分達が手を出そうとしている少女の近くにいる猛烈なオーラを放つ怪物を。近くにいけば噛み殺される、と。
もちろん、リヒトは殺すつもりは無い。
アルナに危害を加えなければ、の話だが。
リヒトはアルナに声をかけて再び走り出す。
アルナは彼の後ろ姿を見てドキドキが止まらない。
彼女も夢見る乙女だけにこういった男らしい行動をされると弱いのだ。
もっとも夢見た殿方はもう既にいるのだが。
しばらくスラム街を走っていると途端に外れた方向へとニオイが続いていた。
そこまで来るともはや人の方が少ない。あるのは誰も住んでない廃屋のみ。
そこからは警戒するように歩いた。周囲に敵はいない。
しかし、人とは違うニオイがいくつもする。
どうやらそれは正面に見える大きな家から感じるようだ。
一際目立つ大きな家。ちょっとした屋敷程度のサイズがある割に誰もそこを利用していないのはどういうことか。
街の南西方面のさらに端という感じで比較的栄えている北東方面からすれば確かに悪い立地だが、人間が必要とする衣食住のうちの“住”においてこれほどいい条件はないだろう。
それでも近寄らないのはそこに“人間ではない”何かがいるからなのかもしれない。
ニオイから判断できるのはここまでだ。
「お嬢、突入するが準備はいいか?」
アルナは両手に杖を持ちながら微塵も恐怖を見せずに頷く。
「うん、大丈夫だよ。いざとなったら私も頑張るから!」
そうならないための
リヒトは「わかった」と短く返答すると自身の容姿を変形させた。
外皮を黒く染め、さらに全身を強固な鎧で覆っていく。黒騎士の出来上がりだ。両手は敢えて何もしないで無手のまま。
リヒトはアルナに「俺のそばに」と指示をしていく。
その言葉にアルナは「わかった」と返事をするとリヒトにぴったりと抱きついた。待てお嬢、それはさすがに歩きづらい。
リヒト達はその家に向かって歩いていく。家の窓からいくつもの視線を感じる。どうやら相手はこちらを警戒しているようだ。
リヒト達が中に入るとそこには何もいなかった。
残るのは使われなくなってから相当の月日を感じる家具ばかり。
しかし、所々使用した形跡を残すように埃の積もり方がおかしい箇所がある。
リヒトは人を観察する上で目聡くなっているのだ。
そのおかげか他にもいろいろとおかしな箇所を見つけることが出来た。
箪笥の僅かなズレ、手すりの汚れの跡、そう月日の流れていない食べカス......生活感がまるでないのに誰かが生活していたような形跡がある。
ということは、ここにいるものは“人間の暮らし”を知らないものだ。それはある意味では答えを言ってるようなものだが。
リヒトはアルナに「二階へ向かうぞ」と声をかけて階段を歩き始めた。
相当耐久度が落ちてるのかリヒトが一歩一歩足を踏み出すたびに大きくギシィギシィと音を立てている。
「なんか不思議な場所だね。この家に入ってからどことなく暗く感じる」
キョロキョロと見渡すアルナの言う通りボロボロな外観の割にはどこからも光が漏れていない。
それどころか段々日が傾いてきたかのように家の中に影が差す。
「お嬢、時刻を読み上げてもらっていいか」
「いいよ。ちょっと待っててね」
アルナは肩にかけているバッグを探って懐中時計を取り出した。
銀色をして狼の装飾を施された蓋をパカッと開けた瞬間、彼女は思わず眉をひそめた。
「午後十五時二十二分......日が傾くには早すぎる時間だよ」
「そうだな―――!?」
瞬間、階段途中のアルナの真横からキランと僅かに光る何かが飛んできた。
リヒトは咄嗟に右手の甲に盾を作り出し、アルナを引き寄せながら何かを防ぐ。
キンと音を立てて盾に弾かれ階段に落ちたのは鋭い針であった。
それが数本。長さは十センチほどあり、裁縫針を大きくしたような感じだ。
誰かが害意を持って攻撃したのは明らか。
アルナは突然リヒトに抱き寄せられドキドキした感情のまま顔をあげてお礼を言おうとしたところで周囲の明るさがさらに暗くなってることに気付いた。
最初はリヒトに抱き寄せられた影によって暗く感じているのかと思えば、それにしては暗すぎる。
影が差したというよりは真夜中に明かりすらつけずにいるような感じに近い。
「どうやら俺達を排除してぇみてぇだな」
リヒトは夜目で僅かに見える誰かに向かって言い放った。
*****
リヒトとアルナがいる屋敷。そこには複数の“何か”がいた。
その何か達は誰しもが怯えた様子である中、ただ一人リーダーらしき存在が一言告げる。
「気合入れろ。今度こそ俺達の居場所を守るんだ」
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