第5話 荒くれ者の親分

 ここはとある路地裏を抜けた先にある廃屋。

 誰も使わなくなってから数年が経過したであろうその場所は荒くれ者達にとって良い隠れ家になっている。


 その場所に二人の男がいた。

 二人は酷く息を切らしていて、まるで誰かから逃げてきたような様子である。

 一人の男が埃まみれの椅子にドカッと座った。

 埃が宙に舞っていく。


 椅子に座った男はイライラしていた。

 それもそのはずせっかくカモれそうな店主を脅していたら男に邪魔されたからだ。


 最初こそ一緒に連れていた美少女に目がくらみ油断していたが、武器を抜いて襲った時はしっかりと男を殺すつもりで攻撃した。


 しかし、なんだあの野郎は。

 剣で攻撃したにも関わらず触れた場所は黒く変色して剣が通らないほど硬くなり、ましてや剣が刃こぼれする始末。やってられねぇ。


 だが、問題はそこじゃない。

 あんな風に皮膚を硬化させるってことは魔法を使っているということだ。

 それこそ親父と同じ神代魔法......チッ、襲い掛かった相手が魔法使えるとは全くツイてねぇ。


 もう一人の男が近づいて来る。

 その男は先ほどの災難を愚痴るように椅子に座る男に話しかけた。


「相手が親父と同じように魔法を使えるとは思わなかったな。

 けど、油断してくれてたおかげで助かったとも言えるが」


 その言葉に椅子に座っている男は「確かに」と同意を示した。

 というのも、彼らはその男―――リヒトから逃げてきたのだ。


 魔法を使う相手だから逃げることは出来ないと思っていたが、神代魔法のことについて知りたがってたのでそれを餌に「酒を買って来てくれたら教えてやるよ」と言うと見張りもつけず「ここで待ってろよ」とだけ返して二人で出掛けていってしまったのだ。


 当然、荒くれ者の二人がその言葉を律儀に守るはずがない。

 出来ればあの少女を見張りで置いていけばついでに攫えてラッキーだったが逃げれただけでも良しとしよう。


 二人の男は改めて一息吐く。

 埃っぽい空間であるがそれでもあの場にいた時よりはよっぽど新鮮に感じる。

 その時、突然ドアがガタンと大きな音を立てた。


「待たせたな。割と良い酒貰ってよ。これでどうだ?」


「どうだー?」


 当たり前のようにリヒトとアルナがこの埃っぽい場所にやって来た。

 そのことに男達は思わず衝撃で固まり心臓がキュッと握られたような気がした。

 え、ここって俺達しか知らないはず......。


 しかし、リヒトとアルナは全く気にすることなく近くに倒れていた椅子を疲労と椅子に座る男の机を挟んだ向かい席に座っていく。


 リヒトが手に持っていた二つのワインボトルを机に置いた。

 そこそこの年代ものだ。

 普通に買うと結構金がかかるはず。

 違う、そこじゃない。


 椅子に座った男は額に冷や汗をかきながらリヒトに尋ねた。

 出来るだけ威圧をかけず慎重に。


「......どうして俺達の場所がわかった?」


「そりゃニオイで。さっき接触した時にニオイを覚えてたからそれで追ってきたってだけだ」


 その返答にもう一人の男が「犬かコイツは」と小声で呟く。

 それが聞こえていたようにリヒトは笑って「ある意味そうだな」と答えた。

 荒くれ者二人は聞こえていたことにゾッとする。

 うかつに口に出せば全部聞き取られるということを理解したからだ。


 椅子に座った男はテーブルに置かれたワインボトルを見てすぐに栓を開けてラッパ飲みしたい気分に駆られたが、それ以上に相手が不気味なのでグッと気持ちを堪える。


 それは相方も同じようで、立っている男はワインボトルを指さしながらリヒトに聞いた。


「それを律儀に持ってくるってことはさっき言ってたことを本気にしてるってことだよな?」


「あぁ、そういうことになるな。俺は神代魔法について情報を集めてんだ。

 だから、それに関して少しでも知ってることがあるなら教えてくれ」


 リヒトの目は本気だ。それぐらい二人の男にもわかる。

 二人の男は互いに目を配せすると下手に嘘をつかない方がいいと判断して自分達の知ってることを話した。


「確かに、俺達はお前に刃が通らなかったことに対して神代魔法を使ってると言った。

 だが、神代魔法について詳しく知ってるわけじゃねぇ」


「そもそもその言葉自体俺達だって親父から知ったもんだしな。だから、知りたいなら―――」


「おい、それ以上は言うな!」


 座っている男は立っている男が完全にうかつなことを言ったことに気付いて止めに入る。

 そのことにすぐには気づかなかったもう一人の男であったがすぐに自分が何をしでかしたか理解して青ざめた。


 二人の男はその部分に触れないことを祈る。

 だが、その願いも虚しくリヒトはニヤッと笑みを浮かべて二人の男に頼んだ。


「なら、その親父って奴に会わせてくれねぇか?」


***


「ふぅん、案外大きい拠点なんだね」


 アルナはガラクタをかき集めて繋ぎ合わせたような家を見てそんな感想を呟く。

 二人の男に連れられたリヒトとアルナは廃屋から少し移動して荒くれ者達の拠点にやってきていた。


 頼んでみると存外断られることはなく、道中も安全であった。

 それは断っても無駄と判断したのか、もしくは親父という存在に自信を持っているのか。


 どちらにせよ、リヒトの思惑通りに親父という存在と会うことは出来そうらしい。

 周りには荒くれ者達の仲間であろう多くの男達がリヒト達に視線を向けている。


 だが、その九割の視線はアルナの方へであった。

 彼らにとって女性という存在は貴重なのか舐めるように隅々まで見ている。

 普通ならその視線に気づいて不快に感じてもおかしくないだろうが、アルナに限ってはそうでもない。


 怯えることも緊張することもなく、そればかりかたまたま目が合った男に対してニコッと笑みを返していく。


 それだけで見ていた男達が「俺、目が合った」「いや、俺だ!」「バカか、俺に決まってんじゃねぇか」とアイドルのライブコンサートで盛り上がる男達のようになっていった。


 アルナ的にはただ普通に笑みを返しただけなのだが、女性と縁がない彼らからすればその返しだけで宝物を見つけたように嬉しいのである。


 だからこそ、その少女と一緒にいる角の男であるリヒトが憎らしくてしょうがない。

 リヒトに無数の嫉妬の目が飛んでいく。

 二人の男はその光景に呆れてため息を吐いた。

 そんな態度を取れるのもきっと今の内だ、と。


 リヒト達は荒くれ者の拠点に入っていった。

 だいぶ増築を繰り返したようで中は存外広い。

 しかし、ところどころガタも目立つ。

 当然、中にも多くの男達がいたので二人して軽く会釈して歩いていく。

 社内見学でもしているかという雰囲気だ。


 男の一人が大きなドアをノックする。

 中にいるであろう親父に「親父、親父に会いたいという人を連れてきた」とその男は伝えた。


「あぁ? 俺は今虫の居所が悪いんだ。何するか分かんねぇがそれでも良いなら入ってきな」


 太くたくましい声だ。

 リヒトが聞いてきた中で誰よりも覇気がある。

 と、同時に「悪い奴じゃなさそうだ」とも思った。

 根拠はニオイだ。


 「どうなっても知らねぇぞ」とノックした男がリヒト達に言ってドアを開けた。

 広い空間のドアから正面の位置にガタいの良い男が座っている。

 その男は機嫌が悪そうな顔をしてリヒトの顔を見ては睨みつけ、アルナの顔見ては―――


「え、女の子!?」


 と、女子に免疫のない男子中学生のような反応をした。

 その態度にリヒトは思わずほっこりする。思った通りの人物だ、と。


 周りの男達に「親父、しっかり!」と声をかけられた親父はバシンと強めに頬を叩くと先ほどの威厳ある顔で椅子から立ち上がり近づいてきた。


「何の用だ?」


 百八十センチ近くあるリヒトの身長を優に超える巨体とそれに見合うほどの筋肉。

 男としてはこれほどたくましい肉体を持つものはそうはいないだろう。

 しかし、リヒトは見下ろされる視線に臆することなく返していく。


「俺はリヒト。こっちがアルナだ」


「どうも未来の確約花嫁アルナです!」


 アルナの発言に場が乱れる。

 本人は言ってやったりドヤァなのだが、親父の方は額に一本青筋が浮かんでいた。

 アルナの言葉に対しリヒトが「ただの戯言だから」と言うもののなぜか二本目の青筋が浮かんでいく。


「あんたの名は?」


「俺の名はガルバン。ここで野郎どもの長をしている。

 で、こんな所に男と可愛い嬢ちゃんが何の用だ?」


 ガルバンのリヒトに対する視線は厳しい。

 しかし、リヒトはその視線に警戒することなく温和な態度で率直に用件を述べた。


「俺は個人的な理由で神代魔法を探してんだ。

 で、俺達を連れてきた二人組があんたならそのことを知ってるんじゃないかってことで案内してもらったわけさ」


「なるほど、そういうわけか」


 ガルバンはリヒトとアルナを連れてきた二人の男を睨みつける。

 ガルバンとの間にかなりの上下関係があるのか二人の男は縮み上がってしまった。

 リヒトはそのやり取りでなんとなくの力関係を理解しながらガルバンに頼んだ。


「それじゃあ早速神代魔法について教えてくれねぇか?」


「いいだろう。だが、条件がある」


 その言葉はリヒトの想定通りだった。

 神代魔法の情報はあまりにも価値が高いと聞く。

 であれば、交渉の際になんらかの条件を付けられてもおかしくない。

 リヒトはガルバンについて条件を尋ねる。

 すると、ガルバンはアルナを指さして言った。


「俺が勝ったらその嬢ちゃんを俺にくれ」


「なっ!?」


 ガルバンは賭けの対象にアルナを指定してきた。

 それにはさすがのリヒトも動揺する。

 彼はアルナの騎士である。

 ならば、当然彼がアルナを賭けの対象として差し出すはずがない。

 しかし、ここで神代魔法の情報を手放すというのもあまりに惜しい状況だ。


「待て、その条件は―――」


 だが、それでもアルナの安全が最優先。

 背に腹は代えられない。

 「飲めない」とリヒトが言いかけた所でアルナがリヒトの裾を引っ張る。


 アルナが「私は大丈夫だよ」と伝えてきた。

 どうやらアルナからすればリヒトが負けることはありえないらしい。


 その純粋な信頼の目に、主の期待に騎士として答えないわけにはいかない。

 それがリヒトの憧れる騎士の矜持なのだから。


「......わかった。その条件で飲もう」


 リヒトは覚悟を決めた。

 これは「姫と騎士」の物語にもあった主を巡る騎士の決闘。

 ならば、真面目にやらねば相手に失礼というもの。


 リヒトは外套をアルナに持ってもらうと皮膚を黒く染めてさらにぶくぶくと膨張させながらとある形に変形していく。


 その異様な光景にその場にいた男達は全員唖然とした表情になった。

 当然の反応だ。

 目の前でしてるのだから。

 案内してきた二人の男は思う。あれは一部に過ぎなかったのか、と。


「待たせたな」


 ガシャンと重たい音が空間に響き渡った。

 そこに先ほどの人間の姿をしたリヒト容姿はどこにもない。

 いるのは全身を黒い鎧に包んだ一人の騎士。


 しかし、若干異質である。

 それもそのはずその騎士は左手の甲に盾を作り出し、右腕は肘から下がまるで剣のようになっているからだ。


「始めようぜ、決闘」


 黒騎士とも言える風貌のリヒトは力強く言い切った。

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