第4話 窃盗事件の謎

 その日の夜、リヒト達はマスターから勧められた宿に泊まっていた。

 どうやらあの酒場のマスターはこの街では顔が広いらしく、本来ならもう少し高くつく宿をマスターのおかげで比較的安価で泊ることが出来た。


 内装もそこまで悪いという感じではない。

 ダブルベッドにシャワールーム、ドライヤーまで完備してあるようだ。

 荒野にある街でそもそも人が来ること自体少なそうにも関わらずそれなりの設備がしっかりしている宿はそう多くないだろう。


 どうやらマスターは本当に良い店を紹介してくれたようだ。

 リヒトは相変わらず店に迷惑かけた印象しかなかったが先のアルナの言葉を思い出し、せっかくの好意を思う存分に受け取ることにする。


 夕食も終えて夜のプライベートタイム。

 しかし、どんな場所であろうともリヒトの取る行動は基本的に変わらない。


 リヒトの趣味は読書である。

 見た目は明らかにアウトドアのオラオラした感じなのだが、自由な時間は専ら動かずに本を読む方が好きな本の虫なのだ。


 もともとリヒトにとって読書とは“人間の常識を知る”という意味の生産的行動の一つであった。

 だが、数ある本を読んでいるうちに本の内容自体に興味を持つようになりいつしか空いてる時間さえあれば本を読んでいる。


 彼が本を読むジャンルは特に指定がない。

 神話、哲学、文化、恋愛、冒険、エッセイ、歴史などととにかく色んなものを読み漁る。

 それは彼にとってどのジャンルも縁遠いものだったからかもしれない。

 故に、飽くなき探求心が常に彼を突き動かし続けているのだ。


 そのせいか彼の知能はなまじ人間の常識を知っている一般人よりも高いかもしれない。

 例えるなら母国人よりも流暢に言葉を操る外国人という感じか。


 おおよその一般常識はすでにリヒトの中に入っているが、それでも彼は常に新しい情報を求めている。

 酒場に来た地上げ屋の兄弟についてもそうだ。


 彼が興味深そうに見ていたのは星の数ほどいる人間でどういう人間として存在しているのかに興味があったからだ。


 知識に飢えた獣はまた新たな情報を求めて本を読んでいく。

 人間というカテゴライズにおいて彼は基本的に全てを受け止めるのでその分吸収率が高いのかもしれない。


 椅子に座りながらペラペラと速読で本を読んでいくリヒトの近くのシャワールームからはシャアアアと水が流れる音が続いている。


 そこにいるのはアルナだ。

 お年頃の乙女である彼女にとって汗のニオイとは天敵そのもの。

 特にカラッとした熱さが続くこの荒野では嫌でも汗が流れてくる。


 そんな状態で好きな人と一緒に居れるわけがない。

 今にも抱きつきたい衝動に駆られているがそこを我慢。

 ただでさえニオイに敏感なリヒトに半端な状態で前に出るにはいかない。

 乙女のプライド的な意味でも!


 故に、アルナは入念に体を洗っていく。“何が”とは言わないが夜は案外長いわけだし。

 もっともそんなことが起こったことは結局一度も無いが念のため......念のための処置だ。


 アルナはキュッと水栓を閉めると体を拭いていく。

 髪はあえてタオルで軽く水分を取って終わり。

 いつもながら甘えっぱなしだがあの時間が好きなのだ。


「リーちゃん、シャワー上がったよー!」


 アルナは元気良く飛び出していく。

 ネグリジェを身に纏った彼女の姿は普通の男性ならそれこそドキッとして湧き上がる本能に大いに苦しめられることになるだろう。しかし、相手はリヒトである。


 リヒトはチラッとアルナの姿を確認すると読んでいた本に栞を挟んで机に置いていく。

 椅子から立ち上がると移動したのはベッドの方。

 近くにあった魔力充填式ドライヤーを用いて分かり切ったように手招きした。


 文句の顔一つせずに準備してくれるリヒトの姿にそれだけでアルナのすでに振り切っている愛のゲージは新記録を作り続ける。

 チョロいと思われるかもしれないがこれを感じる相手は彼だけだ。


 ルンルンな気分でアルナは移動していくとベッドに座ったリヒトの股の間に出来た僅かなスペースに座っていく。お願いします! と嬉しそうに言って。


 ブワァーとドライヤーから温風が出てアルナの髪から水分を飛ばしていく。

 リヒトが丁寧に乾かすたびにアルナの美しい金髪は輝きを取り戻していった。


「お嬢、そろそろ自分一人でやること覚えようぜ」


 リヒトはアルナが実は自分一人でも出来ることを知らない。

 色々と理由をつけられて髪を乾かすことを手伝ってるうちにこんな風になってしまった。

 彼女が求めるばかりに応えてしまっているが、いい加減自立すべきとも思っている。


 とはいえ、彼自身もそんなスキンシップが嫌いではない。

 なんだかんだで大切な主人のニオイは近くで感じていたいのかもしれない。

 リヒトはドライヤーでアルナの髪を乾かしながらふと酒場でマスターと話した内容を思い出した。

 話題は女性を狙った窃盗事件の話だ。


「そういや大体このくらいの時間帯だっけな。例の事件」


 リヒトがチラッと窓を見るとそこには真っ暗闇が広がっている。

 都会の方では夜でも街灯でそれなりに明るいらしいのだが、荒野にあるこの街では僅かな月明かりのみで夜の闇が街を覆っている。


 時刻は夜十時を過ぎた頃か。

そもそもこんな時間に動くほどこの街には何もないのだろうけど、襲われた女性にはなんらかの事情があったのだろう。


「気になってるの?」


 そうリヒトに聞いたアルナはあまり気にしていない様子だ。

 そんなアルナにリヒトはため息を吐く。


「お嬢は気になんねぇのかよ。どっちかっていうとお嬢に関係する話だぜ?

だったら、お嬢の身を守る俺としても関係ねぇ話じゃない」


 アルナはリヒトの本心を理解している。

 本当は自分がそういう人達を助けたいということを。

 故に、ここは素直にそういうことにしておくのが正しい選択だろう。


「そうだね。それじゃあ明日辺りでも調査してみる? 私も安全に出歩けるに越したことはないからさ」


「あぁ、そうしよう。俺もマスターに何か恩を返さなきゃいけねぇしな」


―――翌日


 リヒトとアルナは街へと繰り出していた。

 目的は当然盗難事件についてだ。

 被害に遭った女性を訪ねて襲われた当時の話を聞くと共通点があることがわかった。


 まず一つ目にこれまで被害に遭ってきた女性は漏れなく襲われた時間帯は夜。

 それもかなりの遅くの時間であったということだ。


 二つ目に襲われた場所が路地裏へと続く道がすぐ近くにある通りであったこと。

 どうやらその路地裏から突然現れて襲ってきたらしい。


 三つ目に犯人の特徴が被害者によってバラバラすぎるということ。

 荒野にあるこの街には街灯なんて便利なものはない。

 よって、必然的に犯人の姿を見ることは難しくなるが、それでも共通するような特徴は聞いてもいいはずだ。


 だが、被害者からの話では毛もくじゃらであったり、二メートルもの巨漢であったり、地を這うようなにょろにょろした姿をしていたりと大きさも特徴もバラバラすぎる。


 これらの情報をもとに二人が出した結論は三つ。

 一つは変装した複数の人間による犯行。

 二つは同じ変装であっても魔法で変身した人間による行動。

 三つめは使役した魔物による犯行。


 しかし、ここからはその事件の証拠もとい犯人を見つけなければ真相には辿り着かない領域となった。


 そこから数日、リヒト達はこの街に滞在しているが窃盗事件についてめっきり聞かなかくなった。

 もともとリヒト達がこの街に来る前から起きていた事件だが、今ではその事件の話が広がり夜に出歩く人がめっきりいなくなったのでその話も無くなったのである。


 それは喜ばしい話であったが事件の犯人を追っていたリヒト達からすれば少しだけ悲しい話でもあった。


 ある日の昼頃。

 通りでは決して多くないがそれでも冒険者らしき人や住人が往来している。

 その道をリヒト達も歩いていると遠くにめんどくさそうな客に絡まれてるような声が聞こえてきた。


 通りで歩いているにも関わらず大きな声が聞こえてくるその店を覗いてみると例の地上げ屋の姿があった。


 体格やニオイから酒場に来た連中とは別らしい。

 その二人の男は自分勝手な言葉を並べて店主を脅していた。

 店主もひ弱そうでその二人に怯えて顔を青ざめさせている。


 そんな光景を見てリヒトは「まさかな」と呟きながら、その店に近づいて二人の男に声をかけていく。


「おい、あんたらその辺にしとけ。店の人に迷惑かけんじゃねぇ」


 リヒトの言葉にピクッと反応した二人は睨みつけたような目をしながら振り返る。


「誰だ、お前は?」


「邪魔するなら容赦しねぇぞ」


 前回酒場に来た連中よりも血の気が多い。

 リヒトに全く臆することなく、むしろ威圧しながら近づいてきた。


 リヒトの表情も真剣になる。

 どうやら話し合いが通じるようなタイプではなさそうだ。

 その時、一人の男がもう一人に「おい、隣見てみろ」と伝えてその男が見るとそこには美少女の姿があった。


 釣られてリヒトも見てみればアルナがいることにびっくり。

 先ほど「ここで待っていてくれ」と伝えたばかりなのに。


「高圧的な態度は良くないよ。だから、まずは深呼吸してみよう」


 アルナの助言はある意味では正しい。

 しかし、その言葉は二人の男からすればアルナという存在がある時点で響かないものとなっていた。


「おいガキ。そこの娘を置いてくなら見逃してもいい」


 一人の男がそう言った。

 もう一人の男は断った際にどうなるかということを武器を構えることで間接的に伝えている。

 このピリついた雰囲気に店主も怯えた様子だ。

 リヒトはチラッと店主を見ると申し訳なさにため息を漏らしながら返答する。


「悪りぃな。俺はお嬢の騎士だ。主人を見捨てるわけにはいかねぇ」


 その言葉は二人の男にとっては予想通りだった。

 故に、すぐさま武器を振りかざして襲ってくる。


「だったら死ねや!」


 しかし、その後の展開は二人には予想外だっただろう。

 目の前の青年より明らかに筋肉をつけた自分達があっという間に店の外へ吹き飛ばされてるのだから。


 また、青年の首筋に叩きつけた二つの刃が全く通らなかったことに驚愕している。

 叩きつけた剣の方が脆いかのようにヒビが入っている始末。


「お、お前まさか......神代魔法が使えるのか!?」


 その言葉にリヒトは思わずピクッと反応し驚いたような表情をしていた。

 まさかこんな場所でその言葉を聞くことになろうとは。


 リヒトは男達に近づくと目線を合わせるようにしゃがんで言った。


「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

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