第3話 酒場の荒くれ者

 酒場はちょっとしたカオスな空間が広がっていた。

 オラオラとした雰囲気で入ってきた二人組の男達は美少女アルナの姿を見て思春期の中学生のような態度を取っており、その反応に対してアルナもまんざらではないという表情だ。


 先ほどまでピリついていた空気は一体どこへやら。

 店内にいる他の客もその状況に困惑したような表情を浮かべている。

 その雰囲気に切り込んだのは酒場のマスターであった。


「で、何の用だ? 普通に客ならもてなしてやるがそうでもないんだろ?」


 その言葉にハッとした二人組の男はゴホンと一つ咳払いをすると先ほどの威圧感あった登場の空気を取り戻すようにキリっとした態度になる。

 そして、マスターの質問に“弟”と呼ばれる方の男が答えた。


「たりめぇだ。俺達が一体どれだけの恩情でこの土地を貸してやってると思ってんだ。なぁ、兄貴?」


「そうだ。そして、俺達がここに来たのは一つ。徴収に決まってんだろ」


 どうやら二人は地上げ屋らしい。それも悪い意味で捉えられる方の。

 二人の男の言葉にマスターは辟易としたため息を吐く。

 どうやらこの反応的に一度や二度の出来事ではないようだ。


 そんなマスターと男達のやり取りをリヒトは頬杖を突きながら興味深そうに見ていた。

 マスターは少し低い声で二人の言葉に返答する。


「てめぇらにやるもんは一つ足りともねぇ。とっとと失せろ」


 そのドスの効いた声は店内で飛び交ったどの言葉よりも迫力があった。

 ビリッと空気さえ一瞬震えるようなその言葉に二人組の男は一瞬たじろぐ。


 しかし、いつもならビビッて引く場面のこの場所で二人の男達は退かなかった。

 そのことにマスターは驚き、リヒトはその二人の男の生態を面白そうに感じて笑みを浮かべる。


 本来ならリヒトもとっくに止めている場面だ。

 しかし、その前にマスターがリヒトに一度目配せしていたこともあり、また彼自身がこの二人をあまり悪い人間じゃないと思っている故の傍観であった。


 だが、それはあくまでリヒト自身のこの状況の判断であり、隣にいる少女にとってはそうではなかった。


「ちょっと待たれよ、二人とも。

 オラオラしてちょっと積極的な部分は女の子にとって刺さるかもしれない。異論は認める。

 だけど、そういうカッコ悪いシーンで見たくなかったな~私は!」


 ガタッと席から立ちあがりビシッと手を突き出すとアルナは堂々と言い切った。

 その言葉にリヒトは「いや二人ともお嬢にカッコつけたくて言ってねぇんだけど」と思いつつも、チラッと見てみれば二人の男は意外と動揺している。あれ? 意外とそういう感じだった?


 アルナに言われた言葉が意外と響いてるのかオドオドした弟の方は兄貴に言った。


「ら、らしいですよ兄貴! やっぱりイマドキじゃこのスタイルは流行らないって」


「ば、バカ言うな! 親分がこれで行けるって言ってたんだぞ! 親分を信じろ!」


 そう言う割には兄貴の方も存外動揺している様子だ。

 なんせ若い少女直々の言葉なのだから。

 しかし、そこまで言われて信じるに値する親分とは一体......。

 リヒトはまたまたこの二人組に興味が湧いた。

 すると、兄貴の方は一つ咳払いすると勝手に折衷案を語り出す。


「ゴホン、なら仕方ねぇ。そこの別嬪な嬢ちゃんを差し出すんだったらこの場は退いてやろう」


 その言葉にマスターは当然待ったをかけようとする。

 しかし、それよりも早くアルナが返答した。


「わかった。なら、行こう!」


 思ったよりすんなり物事が運んでしまったことに案を出した兄貴の方がびっくりしている。

 そんなアルナにリヒトはまたもやため息を吐いて彼女に言った。


「お嬢、もう少し危機感を持ってくれ。明らかに危ないってわかってるだろ」


「大丈夫、リーちゃんと一緒だから」


 そんなドヤ顔で言われても......何一つドヤれる部分ないんだが。


「いや、嬢ちゃん一人だけだが」


 当然ながら兄貴の方がそう訂正する。

 その言葉に信じられない言葉を聞いたようにアルナは「え?」と言葉を漏らし、確認するように弟の方へと目線を向けられるが慌ててコクリと首を縦に振られた。


 その言葉にムッとしたアルナはリヒトの腕に抱きついてそのまま立ち上がらせると「私達ハッピーセットだから!」とリヒトも一緒に連れて行くように頼んだ。

 いや、頼んだというより条件をつけたというべきか。


 少々空気感がちんぷんかんぷんな方向に流れてしまっているような気がしなくもない。

 リヒトは仕方なくその話題に介入することにした。


「お嬢がとち狂ったこと言って悪かったな。だが、お嬢を連れていくことは俺が許可するわけにはいかねぇ。それが約束だからな」


 お嬢もといアルナが「とち狂ったとは何だー!」とぷんすかしているが無視。

 リヒトの言葉を聞いた男達はピキッと青筋を走らせた。


 男達はサッと腰から剣を抜いた。

 それによってさっきまでの和らいだ空間が一瞬にして緊張感のある空間に満たされ―――


「くっ、やっぱりこの世でモテるのはテメェのような生まれつきカッコいい顔した人間だけなんだ。

 なんだよチクショウ、ちょっと目つき悪いだけで評価されやがって」


「俺達の方が筋肉あって男らしいじゃねぇか。ふざけやがって! 世の中皆不平等だ!」


 それは男達の醜い嫉妬であった。

 割と本気で泣いている。

 再び空間は妙な空気に包まれた。

 しかし、その二人が剣を抜いて構えてることは確か。

 それに対するリヒトは無手だ。


 リヒトは「ククク、そうか」と僅かに笑った。

 その笑みが二人には本気の嫉妬をバカにされたような気分になり「笑うな!」と逆上して襲い掛かる。


 それに対し、リヒトは良い笑顔で言った。


「悪りぃな、笑って。“人間”って言われたのが嬉しかっただけだ」


 だが、それはそれ。人に剣を向けたことに対してはちゃんと罰を受けなければいけない。

 リヒトはマスターに「悪い、少し騒がしくする」と断りを入れるとそのまま男達に突っ込んだ。


 男達は嫉妬に狂ったまま同時に斬りかかる。

 対するリヒトはそのまま剣に向かって両手を差し出した。

 その場にいた誰もがリヒトの手から大量の血が流れる光景を想像をした。

 手が吹き飛ぶ光景を想像した人もいたかもしれない。


 しかし、現実としてはそうはならなかった。

 なぜなら、リヒトの黒く染まった両手がそのまま剣を掴んでいたからだ。


 この状況で黒く染まった手がどういう特性をしているのかを理解しているのは三人だけ。

 アルナと二人の男だ。

 二人の男は剣が手に接触した瞬間同時に感じた。


「「(手が硬くて刃が通らねぇ!?)」」


 リヒトの手は彼が下半身に持つスチールランスホークという魔物の特性“鋼化”によるものだ。

 スチールランスホークは名前につく通り自身の体を“鋼化スチール”に出来る。

 よって、その魔物の体を持つリヒトもまた自身の体を自在に鋼化することが出来る。

 また、それは天紋同様に魔力を使う能力である。


 リヒトは刃を掴んだまま二人を押し込んでいく。

 リヒトの肉体は細マッチョといった感じだが、それよりも明らかに筋肉も体重もありそうな二人の男を容易く酒場の入り口まで移動させていった。


 当然男達は押し負けないように足を伸ばして踏ん張っていく。

 しかし、二人がかりにも関わらずそれでも力負けしているのか後ろに伸ばした足はやがて上半身と真っ直ぐになり、さらには前へと伸びていった。


 リヒトは酒場のドアを押し壊しながらその二人を店の外へと押し出していく。

 一仕事終えたように軽く手を払いながらリヒトは二人に言葉を送った。


「もう少し人間の役に立てるように考えて行動することだな。そうすればきっとお前達の夢は届く。

 俺は誰かに嫉妬するよりそれを感じながらでも夢を追いかける奴を応援してるからな」


 リヒトは「もう迷惑かけんなよ」と背を向けて店内へ戻っていった。

 その時、足元にあった壊れたドアの破片を踏んで思わず「あっ......」となる。

 人に説教しておいて自分が店に迷惑かけてるじゃないか、と。


 思わず顔を手で覆いながら歩いてくるとドンと何かが正面からぶつかってきた。甘えた子猫アルナだった。


 店内からはたくさんの拍手が浴びせられる。

 見事荒くれ者を撃退したことに対するリヒトへの賛美の証だ。

 マスターもドアのことについては「気にしなくていい」と言ってくれた。


 少し戸惑い気味のリヒトは一先ずアルナを連れてカウンター席に戻っていく。

 すると、店の客全員が「一杯奢らせてくれ」と先ほどの感謝の意も込めて二人に飲み物を出すようマスターに注文していった。


 その好意に遠慮がちのリヒトであったがごろにゃーしてるアルナに「素直に受け取るべきだよ」と言われたので素直に受け取ることにする。


「別に大したことやっちゃいねぇのにな」


「程度の差はあれど少なくとも俺達にとってはこの店に無事に平穏が戻った。それだけで喜ばしいことなのさ」


 マスターに差し出された果実水を飲んでいく。

 カラカラとした空気のせいなのか、それとも先ほど拍手されて喜んでもらったおかげなのか。

 その果実水はいつもより美味しく感じた。


 人前にも関わらず堂々と絡みついてイチャついてくるアルナを制しながら一時の平穏を過ごしているとマスターが一つだけ懸念することを二人に伝えた。


「にしても、もしかしたら目をつけられたかもしれねぇな」


「目をつけられたって誰に?」


「あいつらが言ってた親分って奴だよ。見た所お前さんは使しあの二人の男に対して純粋な力のぶつかり合いで勝てるぐらいだから心配はあんまねぇけどよ」


 そういう割には憂いた顔をしている。

 そういう表情されたのなら気になるというもの。

 リヒトはマスターに「教えてくれ」と頼んだ。


「どうやらその親分という奴も魔法を使うみたいなんだ。それも結構強力な魔法らしくてな。

 それで何人もの女性が夜中に襲われてるらしい」


「女性が?」


「あぁ、だが不思議なことに襲われた女性には誰一人として外傷を負っていない。

 単に持っていたものを奪われるってことがザラらしい。

 だから、気を付けなって話さ。ちゃんと守ってやれよ」


「そういうことか。忠告ありがとな」


 リヒトはマスターの言葉を素直に受け入れると再び果実水の入ったコップに口をつけていく。

 その隣には未だにごろにゃーしているアルナの姿が。

 一番注意してほしい人物が全く気にしてないのはいつものことである。


 リヒトは再びため息を吐いてしばらくマスターと談笑した後、アルナと一緒に店を出た。

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