第2話 旅人の男女

 サンサンと照り付ける太陽。乾いた熱風が吹き荒れる荒野。

 まばらに見える木はどれも水分を失った様子で生きているのが不思議であった。


 そんな場所を男女がダチョウのような大きなトカゲの背に乗りながら颯爽と移動している。

 砂埃で汚れた外套を纏う青年はトカゲのたてがみを軽く引くことで御し、一方で彼に抱えられる形で少女は「やっほーい!」とテンション高く叫んでいた。


 金髪の髪をたなびかせ片手で頭にかぶる白いベレー帽を押さえながらはしゃぐ少女に―――リヒトはため息を吐く。


「お嬢、もう少し落ち着いてくれ。運転を誤っちまう」


「だってしょうがないじゃん。まさかこんな荒野をこんな形で移動できるとは思わないし。それにそれに―――」


 少女―――アルナは背後にいるリヒトの胸元に体をピッタリくっつけ甘えるように寄りかかっていく。

 そして、にそっと触れる。


「こんなに密着出来ちゃったらそりゃテンション上がるってものだよ~♡」


 まるで猫がゴロゴロと喉を鳴らして主人に甘えるようにアルナもリヒトの胸元に頬ずりしていく。


 黒に近い青く短い髪にヤンキーと思われてもおかしくないワイルドな目つき、そして黒い瞳をしているリヒトの今の姿は正しく人間の十六歳青年の姿をしていた。


 その姿に少女は正しくウットリ。

 美しい細マッチョと目つきの悪さに反比例して送られる優しい視線に愛が溢れて止まらない。

 もう少しこの時間が続けばいいとすら思ってしまう。


 しかし、アルナの願いも虚しく目的の街が見えてきてしまった。

 それはこの密着時間の終わりを意味する。


 リヒトはアルナに「もう少しで着く」と知らせるとアルナはその言葉に不満を感じた。

 アルナは甘えた声で「もう一つ先の街で良くない?」と言ってみるが、リヒトに「ダメだ」と一蹴されたので仕方なくその言葉を受け入れていく。


 荒野に佇む街。

 遠くから見てもあまり景気が良さそうな場所とは言えないが、しばらく野宿続きの二人にとってはそこはオアシスに見えた。


 街の門の近くまでやって来たがそこに門番らしき姿の人物はいない。

 どうやら好きに出入りしていいようだ。

 それは治安が良くないという意味でもあるが。


 リヒトはトカゲから降りてここまで引いてきてくれたその生物をそっと撫でて解放していく。

 トカゲはどこか名残惜しそうにしながらも再び荒れ果てた地を駆け抜けていった。


 その姿を二人は見つめていく。

 アルナは両手に持つ杖を片手に持ち替え「ありがとうー!」と言いながら大きく手を振り、リヒトは「達者でな」と声をかけながら。


 姿が豆粒ほどまで小さくなったのを確認するとリヒトは街の中へ入ろうとするが、そこに待ったをかけたのはアルナであった。


「リーちゃん、まだやるべきことがあるよ」


「......あ~、あれか」


 リヒトはそれが何か思い出すとアルナに近づいていく。

 アルナは肩から背負っているカバンからカメラを取り出していく。

 恩人から貰った古いタイプのカメラだ。


 アルナはそれを左手に持つと右手でリヒトの左腕を絡め、小さなレンズに二人の姿と背後の街の門に薄い字で書かれている「ベレット街へようこそ」という看板を収めて撮影。


 カシャッと音が鳴ったそのカメラの下側から即座に撮った二人の写真が現像されて出てきた。

 その仕組みは二人には分からないがこれをくれた恩人の鉱人族ドワーフの人曰く魔法と科学技術の結晶らしい。


 アルナはその写真の出来栄えに満足したのかそれを日記帳に収めていく。

 そして、元気いっぱいにリヒトの手を引きながらベレット街へと入っていった。


 街の様子はまるで西部劇に出てきそうな感じであった。

 そこそこの人の数がそこに住んでいるが、その誰もがあまり仕立ての良い服を着ていない。

 また、肌色も健康的な色寄りやややくすんだ色をしていた。


 そのためか、アルナの美しい金髪は多くの人の注目を集めていく。

 その目の多くが「どこかの貴族様がどうして辺境の街へ?」といった様子で奇異な目というよりはどちらかというと珍しがっている目であった。


 二人はそんな視線を気にすることなく歩いていく。

 強い日射で喉もカラカラだ。

 どこか休める場所はないだろうか。


「リーちゃん、あの店とかどう?」


 そう指さしたのは「旅の出会い」という看板の店だ。

 リヒトが周りを見渡しているがこの街唯一の酒場のような場所なのかもしれない。

 こういう街の店というのはあまり治安が良くないとされている。


 リヒトはチラッとアルナを見てその視線に気づいた彼女が青い宝石のような瞳を返し愛おしそうにニコっと笑う。

 その顔にリヒトは「ま、自分がいれば大丈夫か」と思うことで彼女の提案に乗ることにした。


 酒場のドアを開けるとカランカランと音が響く。

 中を見てみると思ったより若い男女の客や子連れの親子の姿もあったので意外に悪くない店なのかもしれない。


「ん? 随分と珍しい客だな。この辺じゃまず見ねぇ」


 リヒト達の姿を見た酒場のマスターがコップを吹きながら声をかけてくる。


「俺達は旅人って感じだ。訳あって色々な場所を巡ってる」


「そうか。ま、お前さん達が何者であろうともこの店で問題を起こさなけりゃなにもしねぇさ」


 少しぶっきらぼうな言い草であったがリヒトはそのマスターが悪い印象には映らなかった。

 店内を見回しているとふと気づけばアルナがいない。


 ニオイを頼りに視線を向けるといつの間にかカウンター席に座っていて「リーちゃん早くー」と手招きしている。

 リヒトは急かされるままに席に着いた。


 二人はマスターに「何飲む?」と聞かれ、この世界では十五歳より成人でありお酒を飲める年齢であるが適当な果実水を注文しておいた。

 お酒を飲むとロクなことがないのだ。


 アルナの服をクイクイと誰かが引っ張る。

 彼女がふと振り返るとそこには小さな女の子がいた。

 その女の子は彼女の服を見て瞳をキラキラとさせている。

 まるでお姫様がここにいるように感じているのだろう。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん。この服どこで買ったの?」


 その質問にアルナは少し渋い顔をした。


「う~ん、ごめんね~。実はこの服って貰いものなんだ。だから、どこにも売ってないものなの」


 その言葉に女の子は少しショックを受けながらも、すぐに気を取り直すと今度は「見ていい?」と聞いてきた。


 その言葉にアルナは笑顔で「いいよ」と答えると椅子から立ち上がり少し開けた場所へ。

 その場所は華奢な彼女が歩いただけでギシギシと音を立てる床の上であった。


 普通に歩けば気付くほどには音がしているにもかかわらず気づかないアルナ。

 その一方で、音に敏感なリヒトが咄嗟に声をかけようとするも束の間。


―――ガタンッ


 アルナがそこで服を見せてあげようとターンした直後、腐った床板が折れて少女の足が膝辺りまですっぽり落ちてしまった。


「あらま。折れちゃった」


「ハァ、お嬢......」


 リヒトはアルナに「せめて少しだけ警戒心とか注意深さを持ってもらいたい」と思いながらも、それも今更。

 仕方なく彼女の近くに駆け寄って彼女を引き上げていく。


「悪いな、マスター。床板壊しちゃって」


「いや、ここ最近ところどころガタ来てたのは知って直さなかったのはこっちの怠慢だ。気にしなくていい。それよりもそっちの嬢ちゃんの方は大丈夫なのか?」


 その場にいた全員がアルナに心配の目を向ける。

 しかし、当の本人は全くその不幸を気にしてない様子で「全然大丈夫だよー!」と元気に返事すると折れた床板で出来た擦り傷に手を当てていく。


 すると、彼女の手から優しく温かい光が溢れて少女の白く細い脚に出来た縦筋の切り傷が瞬く間に治癒していった。

 その光景にマスターは思わず彼女に声をかけていく。


「嬢ちゃん、もしかして“天紋”を持ってるのか?」


 天紋―――それはまだこの地に天の種族がいた時代。

 魔の種族の猛烈な侵攻に防戦一方だった彼らが何も使えない人の種と交わることで戦力を増強した際、その人の種に出来た聖なる印。


 天紋とは簡単に言えば魔法が使えるかどうかを指す印である。

 この紋がある者は天と交わった人の種の子孫とされているが、もうその時代から何百年と過ぎた今ではその程度の意味しかない。


 この紋がある者はその紋を宿す本人の資質によって使える魔法が異なる。

 それこそ人によって使える魔法の種類も数もバラバラだが、少なからずアルナは治癒も行える光魔法が使える。


 マスターの質問にアルナは「うん、持ってるよ」と返していくと自分の左手の甲を見せる。

 そこには天の輪らしきものに乙女の姿が描かれていた。その姿はさながら女神。


 ちなみに、この紋がある場所は人によってバラバラらしく、過去の人物の中にはそれはそれは恥ずかしい場所にあったとか。


 アルナは立ち上がると何事もなかったように女の子に「どうだった?」と聞いていく。

 女の子が満足そうに「奇麗だった」と答えると嬉しそうに頭を撫でてカウンター席に座った。

 リヒトも同じくしてカウンター席に座るとマスターは彼を見て質問する。


「まさかこんな場所に天紋を持った奴がいるなんてな」


「他にはいないんですか?」


 アルナの質問に答えたのはマスターではなくリヒトであった。


「お嬢、そういう強い力を持ってれば大体冒険者やらトレジャーハンターやら賞金稼ぎとかになってるさ。なんたって力があるんだ」


 リヒトの言葉にマスターは同意した。


「そういうこった。力のない俺達からすればその力は羨ましくもあり、同時に恐怖の対象でもある。

 だから、あんまむやみやたらに振るうんじゃないぞ?」


「大丈夫! そこら辺は散々リーちゃんに叩きこまれたから!」


 その言葉にマスターは意外そうな顔をする。

 先ほどからそうだがこの目つきの悪い青年はどうやら思ってるより常識人らしい。


「あ、そうそう、さっき天紋の話をしたがここらでも―――」


「お邪魔するぜー」


 少し雑に酒場のドアが開かれる。

 ドアベルがいつもよりやかましく鳴り響いた。

 そこから入ってきたのは如何にも荒くれ者といった風貌の男二人組でその腰には剣が下げらている。


 酒場の空気が一気にピリッとなった。

 その二人の近くにいる席に座っている人達は顔を合わせないようにそっぽ向けたり俯いたり。

 先ほどの小さな女の子も二人組の男の雰囲気に怯えた様子で母親に抱えられている。


 そんな空気の中で態度が変わらなかったのはリヒト、アルナ、マスターの三人だけであった。

 二人組の男は店内を軽く見渡して明らかに美少女のアルナを見つけると思わず興奮したように声を荒げた。


「や、やべぇよ、兄貴。明らかに段違いダンチの別嬪さんがいるんだけど。やべぇってこれ」


「お、おおお落ち着け弟よ。これはあれだ。夢か幻か何かだ。だって急にこんな女神みたいな女の子が現れるわけねぇって」


 先ほどまで明らかにオラオラしていた二人組の男達が途端に初心な男子中学生みたいな態度を取り始めた。

 その様子にアルナは―――


「いや~ん、リーちゃんどうしよう~。女神だって~」


 と、頬を赤く染めながら両手で頬を押さえてクネクネとしていた。

 そんなカオスな空気感とアルナの危機感のなさにリヒトはまた一つため息を吐く。

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