夢見る怪物の騎士道精神~騎士に憧れた怪物の話~
夜月紅輝
第1話 夢を見る小さな怪物
この世界には
とある小さな
小さくて弱くて個では無力と言っても過言ではない
そう作られたのだから殺せるほどの力が無ければ今頃生きてはいない。
そんな本来憧れるべき対象とは程遠い
それは彼が持つ本当の夢の通行手段として必要だと考えていたからだ。
小さな
小さな
複数の生物を死後に切り刻み、子供がおもちゃで遊ぶように他生物同士の部品を繋ぎ合わせ、一つの新たなる生物として誕生させられた存在。
生物としてなぜ生きているかわからないが、小さな
生きていることが全ての小さな
感じても意味がないというべきか。
透明なガラスに覆われた中で小さな
人間の子供が読むような本だ。
その本は「姫と騎士」というタイトルのもので、内容としては騎士が
しかし、小さな
この絵本の騎士という存在をカッコよく感じたのだ。
だが、それは研究員達からすれば酷く汚らわしい思考であった。
******
乾いた風が吹き荒れる廃城の地下にあるとある施設では多くの研究員が忙しく働いていた。
白衣に身を包み、何かの研究資料を片手に行ったり来たり。
研究員が通り過ぎる両端には酸素カプセルのようなものに緑色の液体が満たされていて、その中には悍ましい
それは一つだけではなく、いくつも並んでおり研究員は見慣れたそれを気にすることなく、その肉片の様子を観察したり、記録をつけたりとやることを数えればキリがない。
当然そんなに忙しくしてやるには理由がある。
それは彼らにとってとても崇高なる願いであり、醜いほどの野望であった。
とある研究員の男がガラス張りの廊下を歩ていく。
その時、小さな
本を読むこと自体は問題ではない。
問題はその小さな
人間を殺すことを目的として作られた
そもそもこの小さな
他の
しかし、その
ただひたすらに強靭な体で特攻を繰り返すという頭の悪い行動をするばかり。
それは一部では有効だろう。
しかし、同じ人間である研究員達からすれば人間の最大の脅威は知脳であると理解しているために全く知能を身に付けようとしないその
その一方で、小さな
自ら率先して書物を読み、戦闘訓練においても唯一自分の体を理解している様子で複合した生物の能力を使って考えながら戦っていく。
故に、小さな
唯一欠点を挙げるとすれば
そればかりかまるで人間に憧れるかのようにどこからか持ち出した絵本を何度も何度も繰り返し読んでいくばかり。
「はぁ、またリヒトの奴は絵本を読んでいるのか」
「これで何度目だ? というか、一体いつ盗み出している? 教育に悪い。いい加減処分しろ」
「だけど、それでリヒトちゃんが機嫌を損ねたらそれこそ一大事よ」
研究員達はリヒトの扱いに酷く頭を抱えていた。
リヒトとは小さな
由来は「人の理を超えし者」から“リヒト”。
この研究施設で全てが番号で呼ばれる中、リヒトだけ唯一のネームドである。
つまりそれだけリヒトの存在は期待されていたということだ。
あの小さな
当然の話だが、当の本人であるリヒトにはそんな期待など関係ない話だ。
彼はガラスの向こう側で研究員達が何を話しているかなど目をくれることもせず、ただ両手に持つ絵本を食い入るように眺めるだけ。
研究員達は絵本を読んでいるリヒトが言語を理解しているように思っているが、実際リヒトはその絵本の内容は何も理解できていない。
言語教育されてないのだから当然だ。
どんなことを話してるかはわかる。
しかし、何が書いてあるかは読めない。
そのためその絵本を読んでいても見つめているのは専ら絵のみだ。
だが不思議とその絵だけでストーリーは想像できる。
リヒトはそれだけで十分に楽しみ、この絵本の人間という存在に興味を持った。
ウィンとドアが横に開き研究員の男が入ってくる。
その男は「訓練の時間だ」と絵本を奪い取るとリヒトの手を取って強引に訓練場へ連れて行く。
長い廊下を歩かされ辿り着くは多くの他の
その
大きい
その誰もがリヒトを睨んだように見ている。
彼らは理解しているのだ。
リヒトが特別な存在であるということを。
彼らも研究員達からの言葉をなんとなく理解している。
それだけの知能はなぜかある。
故に、リヒトだけが唯一名前で、ある程度のワガママが許されていたことに酷く嫉妬していた。
『それでは今から戦闘訓練を開始する―――』
どこからともなく男の声が聞こえてくる。
リヒトが上を見れば二階席の安全な場所から見下ろしている。
「(なぜ同じ人間なのにあの絵本の騎士とは違うんだろう......)」
人間に憧れている。そこに嘘はない。
しかし、今目に映っている人間は本当に自分の憧れていた人間と思っていいのだろうか。
リヒトの目には悲しみの色が浮かんだ。
同時にブザーが鳴る。
いや、蟲毒と言った方が正しいのかもしれない。
二回目のブザーが鳴る。
時間としては五分も経過していない。
血みどろでいくつもの肉片が散らばっている空間で立っているのはただ一匹の小さな
そんな姿にリヒトは自分の手を見つめては悲しみに拳を作り、一方で研究員達はリヒトの強さにまるで甲子園で優勝した球児のように喜びあっていた。
再び自分の部屋に戻されればそこには当然何もない。
先ほど読んでいた絵本などあるはずもない。
ましてや返り血で濡れた体すら洗わせてもらうことはない。
ウィンとドアが開いた。
その時、リヒトの耳がピクッと反応し、自然と笑顔になりながらその方向へ目線を向ける。
「やぁ、持ってきたよ」
金髪で片目にやけどを負ったような少年が絵本を片手に入ってくる。
その少年はリヒトより二、三歳ほど上で、またリヒトが唯一“兄ちゃん”と慕う人間であった。
少年はリヒトの横に座ると絵本を渡していく。
当然、その絵本はこれまでリヒトが何度も読んできた大好きな絵本である。
リヒトはそれを受け取って嬉しそうな顔をするが同時に少しだけ不安そうな顔で少年に尋ねた。
「持ってきても大丈夫なの?」
その問いに少年は自信たっぷりな様子で答える。
「問題ない。大丈夫さ。なんたってこの研究施設の所長の息子だからね。それよりもリヒトはこれが読みたかったんでしょ?」
リヒトはコクリと頷くとまた最初のページから悔いるように絵を眺めていく。
少年はリヒトが絵本を読む姿を嬉しそうに眺める。
まるで本当の弟のように慈愛の目を向け、優しくリヒトの頭を撫でていく。
リヒトもその撫でてもらうのが好きなのか三又の尻尾がその嬉しい感情を表すかのようにゆらゆらと揺れた。
「リヒトは本当にその絵本が好きだね。騎士になりたいの?」
「うん! 後、この騎士のように強くてカッコよくなりたい!」
そう自信たっぷりに答えたリヒトだがすぐに声のトーンが下がっていく。
「だけど、そんなことは無理だってわかってる。だって、僕は人間を殺すために生まれたんだから」
現にもう生物を殺している。
人間ではないとはいえ、同じ
生きたいがために。
きっとそんな気持ちはどの
その思いを踏みにじってまで得た勝利。
しかし、そこには何の感情も生まれなかった。
生きている喜びすらも。
「それに人間にならなくちゃ騎士になれないでしょ?」
「別にそんなことは.....」
「本当は騎士にさえ成れればいいんだけど」
少年はリヒトが人間という存在に憧れてる意味をすぐに理解した。
彼は少し悲しさが含まれた笑みを浮かべる。
それはリヒトに対する同情の意味である。
少年は再びリヒトの頭を撫でると自信たっぷりに言った。
「大丈夫、リヒトならきっとなれる。
確かにリヒトはこれまでに多くの同じ
だけど、それはリヒトが、騎士に憧れている君が人間を守るために行った正義の行為なんだ」
俯きがちだったリヒトが顔を上げる。
悲しみの色が多分に含まれた表情をしていたが、その目は少年の言葉によって光を宿していた。
「正義.....なれるかな? こんな僕にも。騎士に」
「騎士になるだけじゃない。騎士の中でもさらにカッコいい騎士にだってなれるさ!」
一体少年のどこにそんな自信があるのか。
そう疑問に思う程その言葉には熱意があり、同時にリヒトの心に火を灯した。
「うん、なる! 僕は絶対に騎士になる!」
「そう来なくっちゃ!」
少年は嬉しそうに笑った。
だが、当然ながらその道はとても険しく厳しい。
この研究施設からの脱出だってそうだ。
そもそもこの研究施設を出なければそんな夢を叶えることなんて出来やしない。
リヒトは他の
そのことにも当然気づいていた。
そんなリヒトに少年はどこか寂しそうな顔で言った。
「リヒト、僕じゃ君の夢を叶えることは出来ない。だけど、夢を叶える手伝いをすることは出来る」
少年は立ち上がりガラスの向こう側に人がいないことを確認すると素早くドアに向かっていく。
そして、最後にこうも言った。
「それじゃ、僕はもう行くよ。合図はきっとそう遠くない日にある。君を檻から解放してあげる」
その数日後、研究施設は謎の大爆発が起こった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます