第9話 アース

 木から降りて、周りの人に気づかれないよう影に隠れる。顔だけ出して集団を見てみても、黒いロングコートの人達は前方にいる人に集中しているから気づいていない。


 足音を立てないように気を付けて、祭壇の方に向かう。ハンさんは暗闇に溶け込んでしまって見えないけど、何か合図をしてくれるはずだ。どんな方法で合図を出してくれるのか想像もつかないけど。


『こんな方法はいかがかのぉ?』


 …………俺の心を読めるハンさんが、俺の脳内に直接声をかけてきた。確かにこれだと俺は話さなくてもいいし、合図も出しやすい。なんでもアリだな、本当にあの鬼。


『こっちは準備が出来たぞ。そっちはどうじゃ』


 こっちも準備完了ですと、心の中で呟く。すると、『十秒後に大きな音を出すぞ』と言い残し声が消えた。


 十、九、八……………………三、二、一



 ――――――――――ドゴン!!!



「―――――え」



 一本の大きな木が、集団目がけて、倒れた?


 広場に集まっていた人達は、いきなり倒れてきた木に驚き逃げ惑う。ギャーギャーとうるさい声が聞こえる中、俺はただただ立ち尽くすのみ。


 いや、一本の木だけなら良かったが、他の木も枝に引っかかり一緒に倒れ込みドミノ状態。祭壇はなぜか無事。


 って、茫然としている場合ではない。今の混乱に紛れ、祭壇に置かれている捧げ物を手にしてこの場からすぐ去らないと。


 周りの人達は、何故木が倒れてきたのかわからず逃げ惑い、周りを見ている余裕はない。祭壇付近にいるリーダーっぽい人も声を張り上げ混乱を諌めようとしているが、誰も聞く耳持たない。いや、声を聞く余裕すらない。


 まさか、木を倒して混乱を招くなんて誰も想像できないってこんなの。一本だけならまだしも、次々倒れるようにしているのがえげつない。絶対にわざとだもん、あの鬼なら。


『早く捧げ物をどうにかしないといけんくないか?』

「わかっていますよ」


 ひとまず、逃げまどう人達は避け、木の影を使いながらリーダーっぽい人に気づかれず祭壇に向かう。

 リーダーっぽい人も今の混乱で視野が狭くなっているみたいだな、俺の存在に気づいていない。このまま、気づかれずに捧げ物を奪えば――……


「っ、貴様!! 何をしている!!!!」

「ここでお約束はいらないって」


 何でこうもタイミングよく振り向くんだよ。ハンさん見つかりました、助けてください。


 目の前に立つ人は俺に向って手を伸ばしてくる。ここで捕まるのはさすがにまずいのはわかる。

 咄嗟に体を横にそらし回避、後ろへと咄嗟に跳び距離を取る。祭壇から少し離れてしまい、これでは捧げ物を奪い取ることが出来ない。


「まさか、この事態は貴様の差し金か」

「差し金は別にいますよ。俺は協力してあげているだけです」

「なら、その人物を私どもに捧げよ」

「断る、というかおそらく無理ですよ」


 こっちに向かってくる人の手を避ける。体を横にそらしたり、膝を折ったりして伸ばされる手を回避。

 地面をしっかり蹴り、後ろに跳ぶと背中に何かがぶつかった。


「っ、木――……」


 しまった、後ろに気を取られている隙に肩に手を伸ばされ――……



 ―――――バキッ!!



「ギャッ!!!!!」

「…………え」


 上から、誰かの足が俺を捕まえようとしていた人の顔面を蹴り飛ばした。

 上から一人の女性、長い髪を翻し地面に降り立つ。


「ハン…………さん?」

「逃げるぞ、さすがに見つかってはこちらの分が悪い」

「え、ちょ!」


 手をいきなり握られたかと思うと、そのまま森の中に走り出そうとする。だが、何故かすぐに足を止めてしまった。


「どうしたんですか?」

「安心せい、見つかっただけじゃ」

「見つかったって、誰に…………」


 ハンさんが俺の手を離し、前に手を伸ばす。すると、何もない所に透明の壁が張られているのか。何かに触れる動きを見せた。


「え、そこに何かあるんですか」

「見つかっただけじゃよ、世界の神に。童の行いが」

「…………え」


 上から淡い光が降り注ぎ始めた。上を向くと、光の中に誰かがいるように見える。なんだあれ、何がいるんだ? 光が強すぎて見えない……。


「あれが、世界の神じゃぞ。逆らえば何をされるかわからん。童もな……」


 え、嘘だろ。なんで今、世界の神が現れたんだよ。もしかして、捧げ物が渡ってしまったのか?


「あぁ、神よ。我がアース様よ、この不届き者達に罰を」


 蹴られた人が立ち上がり、鼻を抑えながら上にいる世界の神に訴えている。鼻血が出たみたいだな、鬼の蹴りだから仕方がないか。


『――――これは、なんの騒ぎだ。このアースに、何か』


 脳に直接届くような声、脳が震える感覚。高くて、綺麗。透き通るような声に体が竦む。


「この二人に罰を与えてください!! 罰当たりな、あの二人に!!」


 フードを被った男性が、俺達を指さしながらアース様に訴えている。フードの隙間から見える口元は吊り上がり、自分が一番と思い込んでいるような歪んだ笑み。


 勘違いもいい所だ。神に一番も二番もないだろ、誰のいう事を聞くなど、神次第だ。


『我に命令する気か、たかが人間如きの分際で』

「―――――え」


 アース様が言い切ると、右手を上げ始める。やばい、これは、やばいかもしれない。


『罰当たりは、どちらだ――……』


 振り上げられた手が下ろされた時、俺の隣から風が吹き通った。

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