第8話「いざッ、謁見の間へ!!(2)」


 予想外の拒否に焦った私は食い下がる。


「でッでも! 先ほど魔王様は『何でも良いから』とおっしゃってッ――」

「確かに言うたが、『何でも叶える』とは言うとらんぞ」

「それはそうですが……というか! どうしてダメなんです? 噂によれば魔王様はこれまで甘味スイーツの褒美として“高額な秘宝”や“伝説の魔導具”をお与えになったこともあると伺いました。わたくしのアイスクリームはそれ以下だったということですか??」

「いや、美味びみであったぞっ! 今まで食ろうた“おやつ”のなかでも1、2を争うほどにのう……また献上してほしいぐらいじゃ♪」

「ならどうして――」

だからじゃ! 秘宝の場合、与えればその場かぎりで終わりじゃろ。じゃが安全の保障となると、その後もお主を守り続けろ、ということじゃ……どう考えても面倒じゃろ」

「うっ――」



 魔王の主張には一理ある。

 おそらく彼女の価値観における“安全保証”というのは、“相当なもの”として位置づけられているに違いない。


 これは裏を返せば『魔王は約束を守る誠実な人物』という証明にもなりうる。

 仮に彼女がいい加減で無責任なら、私の希望に対し「OK!」と答えるだけで、実際には何も動かずに済ませたっておかしくない。むしろ私は「それぐらいの形式的な返答と書面だけでももらえれば、十分ユベール王家へのハッタリになる」と考えていたのだ。

 だが彼女は断った。

 きっと「適当な約束はできない」的な考えなのだろう……真面目だな、この子。


 ってことは!

 もし私がうまく魔王とやり取りして、別の形でも“何らかの約束”を取り付けられれば、思った以上に有利な立場になれるんじゃ……!



 私が高速で脳を回転させていると、魔王が言葉を続けた。


「……そうじゃのう。もしお主がを追加で献上してくれるなら、考えてやらんこともないぞ」

「えッ! 本当ですか?」

わらわはウソなどつかん。お主の“あいすくりぃむ”は誠に美味びみじゃったからのう……それぐらいの機会は与えてやらんとな!」


 にかっと笑う魔王。

 一国の王として心配になるぐらい誠実だな、おい。


「ちなみに魔王様は安全保障に値する“何か”として、例えばどんなものを――」

「危ないッ!」


 質問しかけた私をかばって、無理やり後方へと移動させるゼト。

 と同時に――



 

 ズガァアァァンッ!!!


 ――天井を突き破り床へと直撃したのは

 ってかそこ、さっきまで私が立ってたところなんですけどッ?!




「……危うく丸焼きだったわね……助かったわゼト!」

「いえ……!」


 ゼトは私をチラッと見るなり、戦闘態勢のまま視線を上空へ戻した。

 高い天井にはぽっかり穴が開き、雲が渦巻く不穏な空が広がっているのが見える。


「おやおや。いつの間にやら“3時のおやつたいむ”が終わってしもうたようじゃのう……仕方ない、相手をしてやるのじゃ」


 溜息交じりに魔王が指を鳴らす――




 パチンッ!


 ――瞬間、部屋の景色が変わった。

 暖かなお花畑が消滅し、内装が黒一色に変化。

 さらに魔王の周りを黒いオーラが包んだかと思うと、純白だったドレスを“漆黒”に染め、禍々まがまがしい装飾で埋め尽くしていく。




「覚悟しろッ魔王ッ!! 今日こそ息の根とめてやるわッ!」


 遅れて天井の穴から飛び込み、凄い勢いで迫って来たのは大きなドラゴン

 私たちの顔が強張ったッ――




 ――と思うや否や、魔王が動いた。



 ドゴォンッ!


 飛び込んできたドラゴン

 ドラゴンは「ぴぎゃっ」と間抜けに叫びながら天井方向へと押し戻され、明後日の方向に吹っ飛ばされていった。


 天井にぽっかり開いた大穴からは、変わらず外の景色が見えている。

 不穏だったはずの空は、ドラゴンの退散とともに澄み渡る青空へと変わっていた。




「ったく。毎日毎日、飽きもせずようやるのじゃ」


 高い天井を見上げつつ、再び魔王は指をパチンと鳴らした。

 その魔力に呼応するかのように、床に散らばった破片が自動で上空へと戻りはじめ、みるみるうちに天井が修復されていく。


 気が付けば室内も『謁見の間』にふさわしい重厚なインテリアへと変わっていた。


 魔王はスタスタ歩いていったと思うと、一段高い椅子にドカンと座る。

 気だるげに玉座へと佇むその姿は、先までの年相応な可愛い幼女から一変。

 いかにも“”と言わんばかりのに包まれていた。



 私はおそるおそるたずねてみる。


「……ええっと魔王様? 今のドラゴンはいったい――」

「見てのとおりじゃ。わらわを倒し、自らが『次代の魔王』に成り代わらんとする、愚かな魔族の1人じゃよ……」


 と皮肉っぽく答えた魔王の瞳は、ひどく摩耗し、疲れ切っているように見えた。

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